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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第二章 ドラゴンサーカス
109/162

133


 未明の闇の中人影がよろける。

 低音の咆哮、立ち並ぶ木々は無い。

 人影の足元に蛍火ほどの無数の明かりが遠巻きながら囲む。


 光の輪の中の漆黒の舞台で無様な踊りを披露する。


 ・・・悔しいのだろう。

 ・・・憎いのだろう。

 ・・・信じられない現実に歯噛みと苛立ち。

 やり切れない思いをぶつけても、足は嘲笑うかのように地につかない。

 自分の巨大な怒りが、あまりに軽い現実。


 ・・・悔しいのだろう。




「なってないっ!もっと考えろ!足が開きすぎている!」


 人影には意味を成さない叱責が飛ぶ。

 人影は巨大な鉄棒を振り上げ、併走する青白い二つの光点に叩きつける。


「さっきと同じだ!力任せは通用しない!それじゃ仇は討てない!」

 二つの光点は絡まるように動くと渾身の一撃を跳ね返す。

 力比べであればまだいい。そうではないのだ。


 人影は苛立ちに光点を足蹴にするが・・・


 重低音を響かせながら人影は転倒した。

 木々が折れひしぎ、岩が砕かれる。

 人影は巨人だった。


 それでも人影に見えたのは、苛立ちに溺れ、酒に溺れたような動きがどうしようもなく悲しかったからだろう。





「ひでぇ・・・」

 群集からそんな言葉が毀れる。

 虐めだ。どっからどう見ても弱い者虐めだ。そうにしか見えない。ただ、巨人を虐めているのはドワーフなのだ。親子ほどの差ならばいい、人形と大人の差が有る二人だ。

 そんな事は起こらない。だがその非常識が目の前で繰り広げられた。

 ドワーフが殺す気なら既に巨人は死んでいる。それをドワーフは行わない。

 嬲っているのだ。


 英雄的力量と言えなくも無いが・・・ドワーフの行いはあまりに非人道的に過ぎた。そして、戦士としてあまりに力の差がありすぎた。巨人の動きは落ち着いてみれば児戯に等しい。さらに、ドワーフのアイテムの力で、未体験の力が作用する。加撃の瞬間重量が霧散するのだ。反作用で吹き飛ばされるが大きすぎる巨体が動き切る前に効果が切れる。

 グルグルと振り回し放り投げれば空の彼方に飛んでいくだろう。

 それでいい筈なのだ。

 それが致死の一撃である事は誰の目にも明らかだ。


 それをしないから、残酷なまでの醜態を巨人は晒す。


「殺してやれよ・・・」

 誰かが言った。

 それは、見守る物の総意と言って過言では無い。

 巨人は泣きじゃくり、胸を引き裂かんばかりの咆哮をあげ襲い掛かる。

 喧嘩の仕方も知らない子供のように、ただしゃにむに。


 それを戮丸は叱責し、罵倒しているのだ。


『貴様の怒りはそんな物か!あの世で仲間が笑い転げているぞ!』

『そんなザマじゃ恨み言も腹が痛くて言えんな!』

『寂しいだけなら胸を突いて後を追え!邪魔だ!』


 巨人が人語を理解しない事は知っているはずなのに戮丸の挑発は続く。


「悪魔だな・・・最低だ戮丸って野郎は・・・」

 人間の中からもそんな声があがった。戦いともいえない醜悪な様に誰もが嫌気がさしていた。



「なら、戮丸を殺せばいい。巨人に加勢してな」

 オーメルは淡々と感情の無い声で言った。それは恫喝ではない。

「オーメル・・・」

 旅団の幹部連は首魁の意外な発言に真意を疑う。戮丸は強襲してきた巨人に対抗するように前線に立った。

 それは本人の強い希望だったからだ。今までの顛末は皆判っている。戮丸が立役者なのだ。

 その労をねぎらい。見物していてもらおうと、旅団は元より多くの冒険者が集った。


 旅団が本気を出せば魔法の雨で焼け野原に出来る。さらに相手は単騎だ。肉弾戦でも勝利は硬い。戮丸の装備が最も効率的であることは自明の理ではあるが・・・そこまで犠牲は払わせないというのが戦士達の意思だった。


「そうなった時は・・・」

 グレゴリオが重々しく問いかけた。

「覚悟はもう決まっている。いや、そういうことをしているんだ。・・・そういう奴だ」


 戮丸の叱責と爆砂の雨を背景に言った言葉にしては、みなの耳に届いた。


「なんだってこんな事になるんだよ・・・」

 大吟醸が苛立たしい言葉を口にした。

「・・・わかんないのか?」

 ノッツの言葉だ。マティは渋面を作る。


 包囲網を作ったときそこに集まった者はみな・・・笑っていた・・・

 夜空に映し出された戮丸の勇姿に感化され、自分もと思うのは戦士の性であろう。ただ、戮丸はそれがたまらなく嫌なんだ。だから、それらを退け戦場にたった。


 原風景を守りたいといった戮丸。その戮丸に原風景を奪われた巨人。互いに引けない勝負であった。

 戮丸は侵略者なのだ。それに報復するのは奪われた者の当然の権利。

 そんな理屈を是とするほど子供ではない。


 旅団が布陣を敷き、鉄壁の構えで断罪の刃を振るうのであれば彼は黙って見守っただろう。


「判るけどさぁ・・・」

 大吟醸にもそれは判っている。しかし・・・


「あんな事をしなくても・・・もっと融通を利かせたほうがいいんじゃない」

「銀よ。おんしには親ビンが遊んでいるように見えるのかの・・・命がけじゃ」


 そう戮丸の武器の特性で弾き返せてはいるが、最高速で飛び込んでくる新幹線をバットで打ち返しているのと同じだ。ほんの少しでも振り送れれば戮丸の身体は欠片も残らない。それに巻き上がる土砂と砕け散った岩塊・・・どれも致死性の攻撃だ。

 それをかわし、耐えながら・・・針の穴を通すような集中力でこなしている。

 目などでは到底追いつかない速度で飛来する。救いは長すぎるストローク、タイミングは山勘に支えられた予測でしか可能にならない。


「真剣勝負なら早く決めればいい」

 ムシュフシュは苛立ち吐露する。目の前の参上が静止に耐えないのもあるが、こんな神業は長くは続かない。神経はあっという間に磨り減るし、ダメージを受けていない訳ではないのだ。

 巨人は子供のように砂を蹴りかける。巨人にとって砂でも戮丸にとっては土砂だ。それも飛来する物の速度が全部同じなら・・・砕けた岩と砂では速度が違いすぎる。戮丸の身体は削られている。


 それでも、戮丸の挑発は続く。さらに叱責。言葉が通じていないはずの巨人の動きは目に見えて良くなっている。そうなるように誘導したのだろう。

 怒りは彼のものである。


 しかし巨人は幼すぎた。その力量も心も・・・

 逃げてくれればいい。戮丸はそれを望んでいる。

 しかし、戮丸を恨んではくれないだろう。人間を恨むだろう。

 人が巨人に味方するのも悪くない。だが、戮丸の次は巨人だ。それではダメなのに人はそれに気付こうとしない。

 答えが見当たらない。いや、難しく考えないでいい。納得できる答えなど無いのだと妥協できれば答えは簡単だ。

 戮丸が自分を馬鹿だというのはこういう幼さを持っているからだ。


 巨人が逃げ出せないのは怒りが大きすぎるから、そしてその最果てにまで戮丸は行った。

 身体は治癒不可能な傷を負った。そこまで行ったから、行ってしまったからこそ学べばいいのに、結果だけが胸に刻まれている。


 あそこまでは行ける。


 まだ奇跡を信じている。


「ヤバイな・・・魔法準備!レイドレベル3!三正射!」

 オーメルが指示を飛ばす。

 レイドレベル3とは大規模戦闘での攻撃パターンである。単純に爆炎系統を集中させると着弾確認も出来ないし、その余熱で近寄れなくもなる。爆炎、流水、冷却、電撃単純な順番であるが範囲魔法、単体魔法の混成順位で効果は劇的に違う。そのレベル3は上位竜種相手の構成を意味する。その三正射となれば欠片も残らない。それこそ、【染み】相手にも通用しそうなレベルだ。


 レイドレベル3の掃射準備に不満を漏らさなければ、戮丸は結果を粛々と受け止めた。

 オーメルは苛立ちに歯噛みする。


 旅団は戸惑いながらも準備を始める。陣形が変容する。こんな物を喰らったら欠片どころか地形が変わる。

「砲撃のタイミングは遵守!」

 三正射と宣言したが準備があるそれですぐに撃てる訳ではない。陣形を整えなければいけないのだ。単純に三回とは行かない。加熱でも溶解、気化、プラズマ化の順序が有る。プラズマ化した物体に流水を投げ込んだら大規模な水蒸気爆発を起こす。呪文の構成を見直さなければいけないのだ。


 大規模魔法は準備に時間がかかりそれを効率よく詠唱する陣形が重要なのだ。

 噂では、レベル4も旅団にはあるという。一説には呪文詠唱によって魔方陣を形成するという物らしい。ただ、実証例は無い。核兵器規模だというのだ。

 レベル3三正射でもオーバーキルである。多分使用すれば、全員の心にトラウマを残すレベルだ。


 旅団を始めとした冒険者全員が事の深刻さを理解する。

 ここまでの大魔法となると普段のレイドでは使えない。陣形が維持できないのだ。乱戦で流動する陣形で辛うじて実射経験が有るというもので、逆にこれだけ余裕を持って準備に入れる事はまず無い。


 ―――キンッ


「―――やりやがったッ!」

 オーメルが悔しげに言い放つ。


 戮丸が巨人のモールを斬り飛ばしたのだ。


 地が爆ぜる。

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