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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第二章 ドラゴンサーカス
106/162

130

「で実際はどうよ?」

 洗物をする銀に隠れるようにムシュフシュが訊いた。


「どうって?」

 正直信じられないが緩みきった戮丸の顔は新鮮だった。ムシュフシュはバーサーカーとしての戮丸しか知らない。


「身内を使い捨てに出来るって所に腹が立ったんじゃないのか?」

「そりゃ、しゃーあんめーよ大手クランなら仲好し子好しじゃ勤まらんだろ?」

「そんな物か」「そんな物だ」


「ただな。「それぐらいの使い捨てなんて僕のコミュ力の前ならどうとでもなる」と思ってるところが・・・捥げればいいのにと思っただけだ」

 戮丸は骨付き腿肉を食いちぎりクチャラーの本領とばかりに咀嚼する。

 ムシュフシュも其れに習う。


「キタネぇよ。二人とも」ジト目の銀に二人はサーセンと謝る。


「嫌いなんだよ。クチャラー」

「奇遇だね僕もだよ」

「じゃあ、やるなよ!気持ち悪い」

 サーセン。


 こんなやり取りは枯山水とも変わらない。戮丸の性格を見誤っていたがコレはコレでいいものだ。何よりもリーダーではないというのが気安い。流石にムシュフシュにも面子が有る。それに逆らう行為は出来ない。周りが気にしなくとも本人が気にするのだ。

「米が欲しいな」

「それは思うな」

「米の話はチョロチョロ出てるけど・・・」

「金に糸目はあんまりつけない。ギンシャリダ。ワレギンシャリヲショモウスル」

「無いよねって話だよ」


「パンは作らせてるから揚げ物は出来ると思うが・・・」

「そんな事もしてるのか?」

「闘うだけが脳じゃねぇよ」

「あんたが言うな」

 銀が戮丸の言葉に突っ込む。今までは他クランという遠慮もあったが今はずいぶんと楽だ。

「揚げ物か・・・いいな。しかし、塩だけというのも味気ないな」

「ソースなら多分出来る」

「デミグラスとか?」

「どっちかというとデリシャスの方」

「ホントかよ?そりゃ作れるもんなんだろうが、自家製ソースなんて聞かねぇからな」


「昔、ポトフ作ったんだよ。野菜をマルッと入れるやつ。それにも飽きて皮剥いたトマト放り込んで」

「トマトの皮なんてどうやって剥くんだ?」

「切れ込みいれてお湯かけると向ける。割とメジャーな方法だよね」


「皮って結構残るんだ。種ってどうやるんだ?あれも結構残る」

「裏漉しじゃないかな?入れないのが一番だろうけど」

「だよな。潰したり、野菜を追加投入したりして、半ば維持になって煮込んだんだよ」


「それで?」

「不確定名:ソースの様な物が練成されました」

「そりゃ大発見だ」

「ソースの酸味はトマト系か・・・言われてみればそうかも知れない」


「で俺は帰って試してみたい。トマトは手に入れた。種だがな」

「・・・気がなげぇな」

「多分セロリなんかも有りだと思う」

「げぇ嘘だろ?」

「煮込むんだろ。案外アリかも・・・」

「だろ?」


「で、その試食を・・・」

「自分でやるよ。マンガじゃあるまいし自分の作った物の味って大体想像が付くもンだぜ」

「それ判る。口に入れた瞬間倒れるのはマンガの中だけだって・・・」

「そんなもンだな。ジワッと来るんだよ。気持ち悪さが」

「勘弁願いたい。そんなんじゃ俺のカツサンドは何時になることやら・・・」

「何時の間にそんな話になってるんだ?」

「マジかよ」

 ムシュフシュは自分の口に手を当て摩り。

「この口いっぱいにカツサンドを頬張ってみたいんだが・・・」

「やっべ。多分出来る」

「ビックベアの釜なら出来るよな。それに肉も鍋もドワーフに協力してもらえば・・・」

「肝心の肉は?」

「自前で取って来いよ。得意分野だろ?」

「奴ら噛みつくんだよ。雑食だから、普通の牛は逃げちまう」

「まあ、枯山水の面々で逃げる牛に追いつけって無理だよな」

「おいこみゃいいじゃん」

「メンドクサイ」

「ざけんな」

「そんなに味が違うか?」

「あんまり違わないだろ?」

「そうか、肉は筋張って硬いし・・・」

「そりゃ育成過程の問題だ。日本の牛肉の味を想像すると落胆するぞ」

「そりゃ無いぜ・・・」

「ってお前コンビニのカツサンドの巨大版を考えてないか?」

「当然だろ?」

「無茶言うなよ。おにぎりだってコンビニの味は出せないんだぜ」

「出来るやつは要るだろうが、普通に美味いものを作ったほうが早いな」

「どういう意味だ?」

「焼きたてパンに揚げたてのカツ。間髪おかずに切り裂いてレタスとレモン挟んで思いっきり齧り付けば・・・」


 タリ・・・×3

「遺憾。喰いたくなった」

「さっき腿肉焼いたばかりだろうが?」

「まっ、素人に出来るのはその辺までだろな」

「玄人とかあるのか?」

「コンビニなんてその最たるものなんだがな。俺がガキの頃はコンビニなんて近所に無かった。おにぎりに100円出すなんて信じられなかった。腹が減ってるなら兎も角ってな」

「確かにコンビニおでんとか違うよな。妙に美味い」

「その辺の理屈がわかんないんだ。違いは判るが、どこがどう違うとは言いづらい」

「牛丼屋のケンチンなんかもそうだよな。筋張った肉に只管ひたすら舌を焼く熱さしかイメージ無かったのにちゃんと美味い」

「え?そういうもんじゃねぇの?」

「今度頼んでみなよ。ケンチンでもトン汁でも値段の通りに美味いぞ」

「知らない事にびっくりだよ。パン屋の焼きたてパンも美味いよな。パンの焼きあがり時間が書いてあるけど、その時間のパンは別格だよ。こんなのも常識なんだけどな」


 ムシュは知らなかったようだ。

「ムシュ・・・どんだけ浮世離れしてるんだ?」


「大体ファミレスとかだな。牛丼屋とかは殆ど行かない」

「定食屋とかは?」

「行かない。なんかキタネェじゃん」

「俺も行かないな」

「お前はな、言及はしないが女の子説が出てるんだ。想像できる」

 Oh・・・

「小奇麗な店って想像以上に美味いって事はまず無い。ありえないほど不味い事は稀に有るけどな。中年男性がひたすら飯を食うドラマあったけどあれはどう思うんだ?」

「あ、あれ?ファンタジーだろ?」

 Oh・・・

「ムシュ。それは幾らなんでも暴言だ」

「ラーメン屋はどうだ?結構グルメブームで本も結構出てるし、店は汚いが美味い店も結構紹介されてるぞ?」

「ああ、たまにあるよな」

「定食屋もそんな感じだ」

「いいよな戮丸は、店選ばず入れるんだろ?」

「まぁな、ガイドブックは見た事が無い」

「そんな所まで冒険者かよ」


「否定はしない。印象に残った店は・・・美味い店とまずい店どっちがいい?」

「まずい店なんか記憶から消してしまえ」

「いやでもさ、ラーメン屋で味噌ラーメン頼んで喰ったら味噌の味がしないんだ。話としては美味しいだろ?」


「聞く分には笑えるが遭遇したくない。話、作ってないか?」

「いやマジ」

 oh・・・


「びっくりするぞ」

「・・・そりゃな」

「あと、水餃子頼んで、全く味がしなかった。で後日店主に謝られた。」

「なんで?」

「常連の店で基本的にスープも全部飲むんだ。俺は、昔は、の話だが・・・そこは流石にスープを残したんだ。それでおかしいと思った店主がソープを味を確かめたら味付け忘れてたって発覚してな」


「何そのファンタジー?」

「凄い経験だな?」

「その店、普段は美味いんだよ。殆どのメニュー喰ってるくらいだしな」

「そんな店行くの止めればいいじゃねぇか?」

「試作品だってただで料理が出てくる事もあるんだぞ。一番すごかったのがレバ差し一本マルッと出てきた。いい肉入ったって」


「なんだそれ?」

「クレームかけた事なんかねぇよ。不味い物が出た時はめぐり合わせが悪かったと、諦めて完食するくらいだ。度し難いなら黙って次から行かなきゃいい」

「凄すぎる」

「美味い店は?」

「食パンがプレーンで食える店とか・・・」

「それ罰ゲーム!」

「いや、プレーンで食ってくれって店じゃなくて、腹が減ってかじりついたら美味くて完食しちまったって事」

「訳が判らないよ」

「戮丸の思考回路が理解できない」


「後はカツカレー完成版を食わせてくれる店とか・・・」

「カツカレーの完成品ってなんだよ?」

「いや、カツカレーって基本的に未完成だと思ってるんだ。カレーってカツのソースの代わりにならないだろ?有れば俺はソースをかける。だけど、やっぱり味がボケるし、カツカレーが置いてある店ってソースが無い事が多いんだよ。昔は・・・」

「戮丸の食遍歴に勝てる気がしない」

「言ってる意味は判るがまさか・・・」

「そう、そこのカレー屋にはソースが置いてなくて、カレーがソースの変わりになりえて尚且つ普通にカレーとして食えたんだ」

「想像できない」

「チェーン店の甘辛に近い味だった。更に酸味を増した感じだったよ」

「ソースを普通に混ぜる人いるよなアレの極端版か?」

「それで、バランスが取れてたってヤツだ。ちょっと感動したぜ」

「なんでそんな事するんだよ?」

「いや楽しいし、だからガイドブックに手が伸びてもページをめくる前に戻しちまうんだ。パン屋にしろカレー屋にしろフラッと寄った店だぞ。結構脳汁が出るんだ。料理の美味い友人なんて素人のスマッシュヒットでしかない。そういう店は職人のクリティカルヒットだぞ?素人じゃ絶対に叶わないって実感できるってのもいいもんだ」

「重傷だな」

「安心しろ自覚はしてる手遅れだ」

「そういうの楽しむコツってある?」

「系統を見るんだ。簡単なのはラーメン屋。酢豚がメニューにあるラーメン屋は中華料理屋なんだ。中華料理屋のラーメンは難しい。まずいとは言えないがシナ蕎麦なんだ。あっさり味が好きじゃないとその美味さが判らない。だから俺はその時点で野菜炒めを頼む。その肉が旨みを出し切った抜け殻だったらもう行かない。大抵はジューシーに出来ている。それで美味いと感じたら他の料理を頼む。後日だったりするけどな」

「それで?」

「そうやってると判って来るんだ。ジューシーに出来てるって事は技術的に問題は無い、物足りなければ店主の味覚と俺がずれてるんだ。諦めるさ。野菜炒めの出来は見極められる。後になってあの店は美味かったんだって思う事もあるしな」

「ふむ」

「自分の好みも自覚できる。美味いと思った店はもう一回行く当然だろ?その時にどの料理に手を出すか大体出来上がってる。肉の処理がやはり上手いのであれば酢豚とか、味付けがってなれば八宝菜とか、それで酷いはずれを引く事はまず無い。ラーメンに手を出してしょっぱくて喰えなかった事はあったけど、前情報があったんだこっちのミスだ。逆にラーメン屋であれば俺は餃子を頼む。チャーハンが基本らしいが俺には違いがよく判らない。餃子の完成度の高い店は少ない。正確には餃子とラーメンの完成度だ。大体が餃子の味に物足りなさを感じる。単品として上手くても満足感が無いのはバランスが悪いと思ってる。というよりもラーメンと餃子を頼んで両方満足できればそれだけでいいんだ。おれは、そこを基準点にしてる。自分の味覚に絶対の自信は無いが、自分が満足する味くらいは把握してる。後は雰囲気でわかる様になるさ。それでも絶対とはいえないからギャンブルなんだがな」


「じゃあ、基本的にマズイのは上手く感じるセンスが無かったって事で片付けるのか?」

「そだよ。それでもありえない店はあるけどな。ただ、そのレベルの店は話の種になる」

「もうちょっとこうだったらって店とかあるんじゃない?」

「そりゃあるさ。でもそれが正しいと、なんで言い切れるんだ?俺の言うとおりに変えて、不味くなったと感じる人が必ずいる。それが絶対少ないといえる自信は無いよ。自分が不味くて食えないと思ったものを周りの人間が美味い美味いと食ってた経験ないか?俺にはある。全く無いのであれば、それこそガイドブックに従えば間違いはない。俺はつまらないし、やる気も無い。正直に言えば出した金額分満足感が得られれば豚の餌だっていい。それが美味いんだからしょうがない」

「あいっかわらず極まってるな・・・」

「自分が食うものに誰かの意見を気にする必要があるのか?」


「まぁ、マッパーの心理だな。空白が許せないって感じで美味いものを探しているんだが、自分の行動半径内の店の味を知っておきたいってそんな感じ、近所にある店なのに入った事が無いって、案外あるだろ?」

「・・・ああ、あるな。そのくせ妙に潰れない」

「散歩がてらに寄ればいいんだが、そんな日は絶対来ない。いくって決めないとな」

「あるあるだねぇ。今度やってみよう」


「おい女性疑惑は何処行った?」

「近所なら女性のソロプレイも珍しくないぜ。店にもよるが、飲み屋じゃないんだ。ボッタクリでもたかが知れてる」

「ソロプレイってなんか卑猥だな」

「ボッチ飯がお好みか?」

「・・・・・・戮丸?」

「サーセン」


「話は代わるけど俺どうしたらいいかな?」

「お好みでって言ったろ?」

「職業の事じゃないか?」

「ああ、なるほど。うちのメンツには女は結構いるが隠してたってのがネックか?」

「ならクランチャットの方がいいんじゃないか?流石に情報垂れ流しはまずい」

「ああ、そうだね」

「・・・?もしかしてそれなら外部に言葉が漏れないのか?」

「まあね。完璧じゃないけど・・・」

「例外なんて知らないぞ?」

「こっから先はチャットルーム開いて・・・戮丸」

「あ、ああ俺か・・・どうやるの?」

「ってまだクランに入れても居ないじゃないか!」

「おいっ!」

「新人なもんでスマンね」

「・・・この野郎。スクロール開いて、そう、そこを・・・それでドラッグ。ムシュも脱退して」

「ああそうだな」

「大丈夫なのか説明しないで?」

「事後承諾で言いと話は付いてるンだ。俺も迷惑かけてるからな」

「銀は?」

「僕は特別製だから大丈夫」

「・・・お前・・・まさか!」

「そこから先はルームで話そう」


 その後三人の言葉だけが酒場から消えた。




◆【変装について】




「コレで声は遮断できてるのか・・・」

 当人には自覚が出来ない。耳を澄ませば代わらず虫の音が聞こえる。外の音も普通に聞こえる。

「慣れてとしかいえないけど・・・」

「・・・俺達は普通に見えてるんだよな。そうなると読唇術は有効か・・・」

「って、そんなもの使え・・・」

 戮丸は親指を立てる。


「愚問だねぇ。ムシュ」

「この化け物め」

 テヘっ

 イラっ


 バキッ!

「クロスカウンターは止めて、あんたらは洒落にならないんだから」

「思いっきり殴れる仲間いいと思います」

「避けないと流石に9割持ってかれるな。いてーよ」

 いてーで済む問題じゃないのだが・・・


「鍛え方が足りないな」

「いうてろ!」


「他のメンツに接し方とそれと今後のクラン員はどうするんだ?」

「それは聞いておきたい」

 新規クラン【錆びた9番(ラスティ・ナイン)】の人員構成は聞いておきたいと思うのは当然の事だ。


「その前にしろがねはクランに重複ちょうふく所属が可能なのか?」

「実はね・・・」

「疑いだしたら、きりが無いな」

「スゲーじゃねぇか。ただ、逆に信頼の証明が出来ないだろ?」

「・・・なんだよね」


 極端な話【砂の冠(サンドクラウン)】所属の銀という姿すら疑えるのだ。能力に隙が無さ過ぎる。実にきりが無い。それは銀自身にとっても弱点ではある。

「俺にも変装できるのか?」

 銀の姿は戮丸の姿に変わる。二人の戮丸は恐る恐る片手同士を合わせる。残った掌もあわせ動かしあう、その様はまるで何かの儀式のようで・・・


『鏡か・・・』

 ムシュが堪らず噴出す。鉄板過ぎる漫才芸。

 銀は元の姿に戻る。見慣れた姿だ。


「どうなっているんだ?」

 戮丸の疑問は変身原理だ。わざわざ元の姿に変身したのかという意味だ。元の姿もほぼ変装だと目算が付いている。それ自体が間違いであれば、ここでもとの姿に戻るのは逆効果だ。


「間者の能力には2種類の変装があるんです」

 一つは技術の変装。リアルのスパイ映画であるような自分の身体を粘土細工のように弄くって変装する技。基本的に時間制限は無い。

「性別なんかはどうしてるんだ?」

「キャラメイクみたいにやるんだろ?」

 その想像にムシュフシュは納得した。そうなると・・・

「時間がかかるな」

「それにイメージどおりに作るのも難しい」


 先のオーダーは【戮丸の変装】だ。自由度が高いこのゲームのキャラメイクで特定の個人を模すのは至難の技だ。白紙の紙に適当なキャラクターは誰でも作れるが、模写となるとそこに腕の差が出てくる。現に戮丸の容姿はかなり手を加えてある。それを模写するのはほぼ不可能。


「もしかしてレベル低下も出来るのか?」

「それは答えないでおいておくよ。ご想像にお任せします。戮丸はただオーダーを寄越してくれればいい」

 その言葉には最低でもその代替案は持ち合わせているのだ。

 地味に二人は戦慄を覚えた。

 初心者部屋には戮丸はもう既に入れない。ただ、銀は別なのだ。


「後一つはスキルか・・・」

 先に見せた戮丸の姿はスキルによる転写だ。

「時間制限とかは無いのか?」

「それもご想像に任せるよ」


「このメンツだ。華が欲しい」

 ムシュの言うとおり、カウンターを挟んで男三人の絵面はよい物ではない。

「じゃあこれでどうかな?」

 現れたのは黒髪に黒衣の美女ベイネスだった。


「おおベイネス!凄いな!久しぶりだ」

「・・・こう言ってはなんなんだが、特定の個人は止めないか?」

「何で?」

「いや、ベイネスに悪いし・・・なぁ・・・」

 ベイネスと戮丸の面識どころか繋がりがある。そのつながりを考えれば不快に思うとも思えないが戮丸の言い分は尤【もっと】もだ。

 これでシャロンに変装したら逆鱗に触れかねない。

「じゃあコレでいいかな?」

 黒髪と言えばベイネス、ミシャラダ、ガレットだ。ミシャラダとガレットは似てる。ミシャラダは細身だが、ガレットはそれ以上に細身で折れてしまいそうな。ビスクドールという形容が相応しいくらいの美少女だ。

 銀はその髪のゆるいウェーブは消えストレートのショートボブ・・・というのか、そんな髪型に変わる。年の頃はベイネスより少し若いくらいで、体のボリュームはやや控えめになる。それでも蠱惑的な肢体に変わりなく。その目は流し目といった感のベイネスというより凛としたミシャラダに近い。


「なかなかの美人だ」

「ひっさしぶりだったのに・・・」

「ベイネスはシバルリで会えるよ」

「嘘だろ?何で?」

「そこの御大が開通させたからね。初心者部屋のNPCはこっちに来てるんだよ」

「アリューシャは知っていたが・・・」

「シバルリは出れないらしいが、酒場に普通にいる」

「俺の事、覚えてるかな・・・」

「残念だが、記憶は多分消えてる。乱暴を受けて発狂に至ったらしい」

「なんだそりゃ?」

 ムシュにとってベイネスは初心者時代に世話になった美人の店員的な立場だった。そりゃ懸想するものも出るだろう。ムシュ自身はどうなんだと問われても否とはいえない。だからといって乱暴されて当然とは思って居ない。


「お前らだから話すが、現状彼女らは俺の所有物だ」

「その辺が契約だね。チラチラ聞いていたけど・・・聞かせてよ」

 戮丸は事の顛末を掻い摘んで話した。


「なるほどね。だからお前をガルドが特別扱いしてるのか・・・」

「俺だって細かい事をグダグダ言う気は無いんだが・・・色々箍が外れすぎている」

「情報生命体って・・・」

 SFだ。

「中の人は居ないのか!?」

「24時間インしっぱなしって死ぬわ!俺も細かい事は流したが、この辺が他社では再現できないメンコン社のブラックボックスだ。暴く気はねぇよ」

「いあや、あそこのメンツくらいは・・・居そうなものだと思ったんだがな」


 結局人間はDNAの羅列に過ぎない。相手が0と1の羅列だとしても戮丸にとって関係は無い。その辺が戮丸の行動原理の背骨だ。

 ムシュフシュはその考えを全面的に肯定する気は無い。だが、由と出来る。だから身を寄せた。その理屈のは【錆びた9番】の背骨でもある。

 

 特に言及するものは居ないが、【錆びた9番】はその差を盾に蹂躙するものに対しての最前線であり、最終防衛線である。その覚悟だけは決めていた。


「そうなるとメンツは?」

「ここの三人とシャロンもな。多分廻りは俺の弱点だと思ってしまっている」

「それは事実だな」

「見捨てる事もできるんだ。ただ、したくないだけでな」

 狂鬼がチラリチラリと顔を覗く。実際にシャロンを殺している。もっとひどい事も多分出来る。周りは信じなくともそれは出来る。

 出来るからこそ、戮丸は現実から逃げる。這い回るように死に物狂いで逃げる。

 その様を見てしまっているからこそ、周りは出来ないと信じてしまう。

 そして、それをやらせようとするものを絶対に許さない。


「あとは二人か」

「ノッツと大吟醸か?あの二人は見捨てられるからな。確定枠だ」

 戮丸は二人の経緯を明かした。


「それだけ?」

 やはり、銀は女性なのか。そういった仕草が様になる。

「ホントは目が離せないって所だな。何を勘違いしたのかやばいほうにまっしぐらに突っ込んじまう。だから警告もしたし、泣いて嫌がれば無理強いはしない」

「喜ぶだろ?あの二人は」

「だから困ってるんだ」

「マティを忘れたら可愛そうだろ?」

「彼なら他でもやっていけるだろ?まぁ、事情も知ってるし本人次第だな」

「うちのメンツは?」

「勘違いするなよムシュ。技術供与はクラン関係なく行う。クランに所属するメリットは無い。むしろデメリットだらけだ。【錆びた9番(このクラン)】は道連れなんだ。いざという時にヤバイ物は溜め込むが、それだけの箱だ。要らなくなったらそのまま捨てる」

「そうやって世界を守るだろ?」

「ちげぇよ」

 ―――?

 戮丸の言葉に二人は疑問に思う。戮丸はどう足掻いてもヒーローだ。それも安っぽい日曜の朝、男の子が欠かさず見るような物の出来の悪い模造品だ。

「このクランの名前さ。うちの物置に仕舞ってあった9番アイアンなんだ」

 二人はそのまま戮丸の言葉を待った。


「ゴルフなんてやらなくなったのに、錆び付いたそれだけは必ず手の届くところに置いてあるんだ」

「ヘッドなんか欠けて、グリップはひび割れが走ってる。シャフトなんて当然曲がってる。何処の倉庫にも似た様な物はあるはずだ」

「なんて事はねぇ、火掻き、防犯、朝顔の蔓でも支えましょう。シャッターを引っ掛け下ろすのはお得意です。穴だって掘りましょう。ネコの屍骸も退かしましょう。汚い排水溝も通りがよくなります。邪魔なら首でも捥ぎましょう。そんなものが物置や倉庫に転がってるだろ?必ず」

「そこに美学なんて介在しない。その褒美なんて無い。使い捨てられるからこそ定位置に鎮座し続ける。最後はマイナスドライバーぐらいの大きさになって土の中に忘れられる」

「そんなものに人を誘ってどうすんだ?飾って修理してどうすんだ?ただの馬鹿だ。かわいそう?そう思われる事が侮辱だ。褒美は最後に土の中に忘れられて「ああ、人殺しに使われなくて良かった」と眠る。ぐらいだぞ」


「だから人避けに間抜けな名前を掲げた。だから、世界平和とか利権奪取とかは大手クラン(完品共)に任せておけ。褒美はここに居る権利だけだ」

「グランドを使うスポーツはやる前に整備するだろ?小石があったら退かすし、芝が荒れていれば補修もする。気にいらねぇからだろ?ゲームを楽しむのに邪魔なものは排除する。足が取られるなら若葉だって摘むし、埋める」

「結果的に世界が救えたとしても俺がやってるのは石拾いだ。スポーツ選手がそんなことを嘆くか?石をたくさん拾いましたとか、丹精に並べた芝芽が美しいとか、馬鹿らしい!」

「俺はゲームをするんだ。屈辱的な、歴史的な大敗かもしれない。それがしたくて石拾いやってたのかって人は嗤うだろう。その通りさ。それがゲームだ。だから辛勝でも一生忘れれない結果になる。楽勝なんてもう飽きた」

「世界がキタネェと文句を言うより、やったほうが百倍早い・・・業者に文句を言いながら待てるほど暢気者ねぇんだよ。俺は・・・」


 ―――時間も少ない。


「そんな訳で、俺のクランはそんなみっともない。得の無いクランです。辞めるなら何時いつでもどうぞ」




「どうぞって言われてもな・・・」

「そうね。何ていったらいいのかな?知ってた?」

 知っていた。言葉にしてもらって始めてその事が理解できた。酷く彼らしい理由だった。そうでなくてはあの巨人に挑んだ姿は理由が付かない。


「おれはマスターと呼ばせてもらうって言ったぞ。拒否権を認めた覚えは無い」

「なんだそりゃ詭弁じゃねぇか?」

「お前にだけは言われたくない!」

 ニコッ

 イラッ


 バ・・・

「流石にもう止めて」

 仲裁に入ったのは銀だった。こんななりでもレベル49プレーヤーなのだ。流石にクランマスターがレベル9の事態は避けたい。それひっくり返す技量は戮丸には有るが、そうなるとムシュがもたない。

「流石にいい男ね。兎も角濃いわ。ホント濃厚で比べたら金剛が可愛そうなくらい」

 戮丸は銀の言葉の意味が判らないのか、困った子犬のような視線を送る。


「ぷっ・・・一応褒め言葉。それと信じてくれなくてもいい。一応宣言しとくわね。私は女です」


 ・・・?

 戮丸は更に首を傾げる。影で地味に安堵するムシュフシュ。

「自称女?」

 ・・・バッ

「まずい、幾らなんでもマズイって」

 今度はムシュフシュが仲裁に入る。戮丸は怯えている。


「自称女にシャロンは任せられないぞ?」

「銀ッ、押さえろ!それに戮丸も挑発するな!」

 ムシュフシュが押さえるが銀の瞬発的な力はムシュフシュを持ってしても危険なレベルだ。


 銀とムシュフシュは荒い息を整える。

「ああ、それとな銀。うちは売春禁止だから憶えておいて」

 ―――またコイツはッ


 と思ったが、銀の抵抗は感じない。

「やりづらくなるかも知れないが、了解してくれ。もちろん、それを用いた取引も禁止だ。恋人が出来たのなら自己判断でお願いね」

「―――戮丸」

「俺はお前が何て宣言しようとお前の性別は知らない。―――つらいぞ」

「望むところだ」

「男だからって止めてくれ。ンな物には頼らない。気持ち悪いしな」

「そうだな。俺達には有り得ないな」


「ほんとに止める気無いのかよ」

『くどい』

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