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二連投なのでお気をつけて
「あれは無しだろう?」
「だよな」
理由は言わずもがな。・・・超判る。
「そのボケのおかげであの二人の・・・」
「・・・断末魔だったな」
もう気持ちが良いまでの絶叫を残した二人は大吟醸とノッツだ。
端的には、請求先を作ってくれという要望に戮丸が応じる形だった。彼の性格なら架空会社のような書類上存在するだけのクランという形も当然ありうる。
人付き合いを嫌った人間が自分だけのクランを立ち上げ、勧誘よけにするケースもある。
ただ、当面は何処のクランにも属さない確証を得られた。
銀にとってはその情報だけでも価値が有るのだが・・・
「移籍か?」
「そっちも?」
考える事は同じらしい。
「クランって何処だっけ?」
「タイニーデビル。在籍させてもらっているだけなんだが・・・」
当然、ムシュフシュレベルでも勧誘競争は起こる。タイニーデビルと枯山水を比べれば、圧倒的に枯山水の方がでかい。レベル維持も難しいこのアタンドットで枯山水のリーダーをはって置きながら、最高レベルを維持できているムシュフシュの能力は驚嘆に値する。
「最近は脅迫じみた真似までしてきてな。クラマスには迷惑をかけている」
「・・・それだけ」
ムシュフシュの言い分は尤もだ。だが、彼の組織力なら、ソロでもその圧力を跳ね飛ばせる。面倒ごとが増えるのは確かだが・・・
「アレなら納得が行くと思ったまでだ。尤も入れるとも思えんがね」
ムシュフシュの移籍はちょっとしたニュースになる。その面倒ごとを戮丸が嫌う可能性も無くは無いのだ。
「そっちは?」
「金剛が信じられなくなった・・・」
「あの性格は昔からだろ?」
「と、言うより戮丸が居なかったからね。戮丸なら、死ンでも仕方ないと思えるんだ」
「実際死ンだしな」
「そう、納得できるんだよ。戮丸はもっと酷い状態だった。それでも。それを抜きにしても納得できるんだ。仕方が無いって」
「溜まった膿が化膿したって所だな」
おかしな言い回しだが端的にはその通りだ。
「それだけじゃない。僕はシバルリと旅団を主に調べている。折衝役もそうだ。あの二人はガチだ。信念を持っている。その間に立つのに僕には信じられる背骨が無いんだ。・・・無理だ。あの二人の間でイエスマンに徹しろって言うのは拷問だ」
信念があれば、大掛かりな賭けにも出られる。実際に金剛に全幅の信頼を寄せていれば銀はもっとアクティブに動けた。その事が悔しい。
実際にディクセンの第一会談の際に金剛が居れば話が違っただろう。実際良い方向に変わらなくとも、銀は胸を張って砂の冠でいられた。
これにはムシュフシュも同情的に成らざる終えない。巨人が屯してたから何とかしてきた。といって実は殲滅していた。なんてのは常人の発想ではない。
「まぁ、そうは言っても問題は入れるかだ?」
「ですよね」
漠然と軽く入れる気がする。グレゴリオとのやり取りを見てそう感じる。
「戮丸は道連れを嫌いますし・・・」
「そんな事はないだろ?ただし、敵に限るって付くが」
「ははっ違いない」
「何か好きなものは無いか?」
「女」
「弱みは?」
「女」
「ダメじゃねぇか?」
「君はね」
「銀さんよwwwwww」
首を絞めるムシュ。笑う銀と戮丸。
・・・戮丸?
「ドッから湧いた!?」
「ゲートからって虫じゃないんだから・・・」
「絶対蟲だよな」
「ひでぇな。俺の目は青から赤には変わりませんことよ」
作者注:困る事を言わないでs下さい。お願いします。
「で、どうしたんだよ。寝たんじゃないのか?」
「ああ、寝たよ。ぐっすりと寝た筈なんだが時間がそれほど経ってなくてね。三十分ぐらいだろう。これを何度か繰り返せば次は12時間くらい起きない。やな予感がしたんで見回りして寝ようって思ってさ」
「何か食う?」
「ああ、食う食う。酒も頂こう」
戮丸はカウンターに座り、ムシュフシュのつまみを口に放り込む。それを咎めると「すまん。胃がおかしくなっててな」と言い訳を述べる。
リアルでも食糧を補給したのだろう。ただ状態が懸け離れすぎるのは決まりが悪い。どちらかが満腹で片方が空腹というのは嫌な気分だ。実際はそれに輪をかけて先の戦闘が尾を引いているのだろう。あの戦場では全てが即死攻撃に等しい。それをかわし、防御してこそ辛うじて戦えていたのだ。胃など一瞬でヤラレル。
それに頓着するような性格でもない。謝罪があるなら怒る様な事でもない。
「マルキュウに入りたいんだって?」
「それ流行らせるつもりか?」
「ダメ?」「ダメ」とのやり取り。
「ン?いいよ。ムシュなら申し分ない」
「そう言ってくれると思ったぜ!」
「サンドバックに・・・」
「おいぃいいいいっ!」
「いや、ガチるでしょ?下手な遠慮は邪魔なだけ。殺す気でカモンだ」
「なるほど、判りやすい」
「俺は!?」
「いいけど?はっきりさせとこう・・・君、間者様だろ?」
「は?」
「いやいや、俺の長年のカンでピーンと来た。君は間者様だ」
「どう言う事だ?」とムシュ。
「いやね、闘い方が遊撃手のそれと違うのよ。遊撃手なら罠を作って誘導みたいな事をするんだが、あの戦場で自ら斥候に出ていた」
「遊撃手なら斥候も当然だろ?」
「他にシーフがいたのに?上級職でアンロックされているはずの遊撃手、自ら斥候?違うだろ?」
確かに上級職で遊撃手など聞いた事が無いが、それに相応しい能力を持っているのであればまず罠だ。上位者であれば、シーフ系の人員を操って戦場を操作するほうが得策である。それをしなかった。
「確かに遊撃手じゃないのはわかるが間者・・・様ってのは?」
歩調を合わせた大人な対応だ。
「そんな高レベル間者様を見間違う訳無いじゃないか?」
「・・・訳が判らない」
「シーフ系で職業詐称能力があるとしたら間者様だけだろ?もちろん、怪盗とかもあるだろうが、そういう毛色じゃねぇしな」
ムシュフシュがむしろ議題にしているのは【様】についてなのだが・・・戮丸はあっさりスルーして本題を答えた。
アタンドットはMMOには珍しく西洋文化で統一されている。当然文化の違いはあるがヨーロッパを中心とした文化の違いに見える。つまり、漢字こそ使っているが、侍とか倭とかそういった文化圏は無い。もちろん、西洋風であって現実の模倣ではない。そうなると間者となる。怪盗が毛色が違うといったのは、【派手好き】【一匹狼】といった印象を受けなかったからだ。
「つまり、スパイの代名詞は【変装】。職業を偽る能力じゃない。マルッと偽っているんじゃないか?」
銀の顔色が真っ青に変わる。
「裏切っていたのか!」
「今の時点で裏切るも何もねぇよ。俺って間者様リスペクトだから、職業で人を見分けるつもりもねぇ。そんな事言ったら盗賊なんてどうなっちゃうんだよ?」
―――セヤネ。
「まぁ、正直、正体を隠してたってのが裏目に出たってとこだろう?安心して多分オーメルも気付いてる」
「何故そう言い切れるんだ?」
「アイツとは結構組んでたし、遊撃者も間者様も俺がやってる。そのプレイングの違いはアイツも肌で知ってるし。な。本気で遊撃手なら遅滞戦闘のプロのはず、ゲリラ戦のプロだ。一人で時間稼ぎやって来いって言うんだよ」
―――経験者は語る。
「それじゃあ正体を見せろって・・・」
「当然だな」
「いや、いらんよ」
ムシュフシュには戮丸の言葉が判らない。
「別にスキルで看破した訳じゃない。変身解いたって言って別の姿に変身されればこっちは判らないんだ。単純に経験談でさ、確証を得ようなんて言い出したらきりが無いし話が進まない。変身能力持ちって事でおkだろ?間者様でなくてもいい。それだけは答えて、使えないから・・・」
「・・・間者です。【変装】は持ってます」
「仕事柄裏切るのは当然なんだが、証言能力も無いんだ。間者様じゃないかもしれない。それはどうでもいいただ、【変装】してくれと言うよ。ミエやブラフでしくじったら困る。出来ないなら出来ないって言ってね」
「・・・ハイ・・・変装解きましょうか?」
「いや、いらんだろ?誰が見てるか判らんし、信用なんていらない。出来る事を話して、何がどう転ぶかなんて判らないしね」
全く信用できない。と言っておきながらの安心感。これだから戮丸と敵対するのは嫌なのだ。
「でも、流石にな。正体ぐらいは明かして欲しいのが人情だ」
「そう言うな。変装の初心者は無駄に変えすぎる。極端な話真逆な姿じゃねぇのかな?顎の輪郭と耳の形を変えられれば変装は事足りるんだ」
「何で?」
「その二つが同一人物じゃない証拠になるからね。似てるけど違う人なんて思わせれば理想なんだ。真っ先に除外される」
「まさか、出来合いの顔だぞ?」
「でも全部違うよ。耳は」
・・・何だ。この化け物スキル・・・
「ま、文字通り銀なんじゃないか?丁度色々正反対だし」
「そりゃ無いだろ・・・ってまさか・・・」
滝汗の銀。
「性別も変えられるのか?・・・いや言わなくていい」
「・・・何でだ?」
「うちには大吟醸がいるんだ!俺は知りたくない!」
「判った。俺も何も知らない」
・・・戮丸は遠い目で思案する。銀はスパイに憧れてなったのではなく、変装ばかりしていたら間者になってしまった。という事らしい。その経緯は何故か想像が付いた。
大変だったんだな。
「確認しておきたいってその事か?」
「い~や。多分銀の心変わりは意図的な物だ。リアルで面識だあるんだろう。友人だか恋人だかは知らんけど、そこから情報を引き出すのが金剛の狙いだろう?究極のスパイは自覚が無いとか、ニワカの好きそうな台詞だ」
「マジか?」
「軽い妄想入ってるがな。俺は隠し事は嫌いなんだ。メンドクサイ。情報欲しければ駐在所でも置けばいい。さほど変わらん情報を流しているのは知っているだろう?」
事実戮丸は包み隠さず話す方だ。情報レベルという観点で漏らせないものは有るだろうが、金剛が教えてほしいと言えば包み隠さず話すだろう。それでも戮丸は普通に騙すし・・・
「それで、如何しろと?」
「いや、任せるよ。やりたいようにやればいい。たださ、怪盗なり間者なりって魅力的だよな。成りたくてなった職業じゃないんだろうけど・・・」
「楽しんでくれよ。精一杯。この事を金剛に伝えてもいい。むしろ黙って誘導してもいい。二重スパイでも三重スパイでも好きにすりゃあいい」
「幾らなんでも・・・」
「知った事か、これはゲームだぞ。安全率に怯えてるって言うなら、うちには来ないでくれ。ツマラン。むしろ現状を金剛に一泡吹かせる為だけに使うとかなら大いに結構。クラン崩壊の憂き目に会うかも知れんが構わないよな?」
「誘発されるは納得がいかんがな。たしかに面白い。たださ、自分がスパイになっている自覚が無いってのは尤もじゃないか?どこがニワカなんだ?」
そこがムシュフシュには引っかかっていた。端的にニワカというのは簡単だ。それを理屈を知らずよしとするのはディグニスとなんら変わらない。
「あのさ、それは使用者の理屈なんだ。ここで言ってるのは職業の話。誰かをスパイに仕立て上げるなら無自覚の天然がいいって話さ、スパイ本職に言っていい台詞じゃねぇぞ?トーシロであればあるほどいいってどんな戯言だ?それに感覚論だがそれは使い捨てなんだ。論理的におかしいだろ?一回やってそれでも無自覚で居ろってのは?使い捨てなんて考えが最高にクールに見えて、論理矛盾が無いから金剛様最高。ってのならうちには来るなって言ってるの。最高の間者は無自覚なんてのはどう考えても俺には理解できない。間者をそんな風に仕立て上げるなんてのもな。ただそれは俺の理屈だから「お好きにどうぞ」といってるんだよ」
間者リスペクター戮丸は地味に怒っている。そう感じた。
「じゃあ、戮丸にとって究極の間者ってなんなんだ?」
「職人芸」
―――マスターと呼ばせて貰おう。
銀、ムシュフシュの共通見解と相成った。