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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第二章 ドラゴンサーカス
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 空が白み始める。空のあの悪夢が消えてしまう。やっと手に入れた安住の地だった。

 恐怖に怯え逃げ回り、いつしか殺す側になっていた。しかし、殺すのにも疲れた。殺す側になれば、怯えなくてすむと思っていたが・・・敵が増える。強者がここまで臆病なものか?罠に毒物、裏切りを始めとした姦計。相手の数に応じて態度を変えるのもそうだ。それをしなければまた死んでしまう。

 いつか果てを目指して―――


 ―――そこは寒かった。


 凍えるほどに。凍えた所で死にはしない。空腹でも死にはしない。どんな痛みも死にはしない。

 それでも感じない訳ではないのだ。

 空腹を満たせばあっという間に枯れ果てる。暖かい場所に席はない。寂しさの毒が回る。苛立ちをぶつければ世界がもたない。

 彼は傍観者になった。

 死に怯え、目指すものをくし、行くあてどない傍観者になった。


 そんな彼に救済の日々は訪れる。

 なんて事はない。同じ境遇きょうぐうの存在に会ったのだ。

 一人が二人、二人が三人。仔細は違えど似たような境遇らしい。しかし、数が増えれば、世界は急速に死に至る。多少の我慢と距離が必要だ。会話の出来ないものもいたが、説得は容易かった。

 ―――どうだろうか?本当に意思の疎通が出来ていたのか?今となっては知るすべがない。


 その場に彼が帰った。彼らは居なかった。

 ―――いつもの事だ。暖かい場所は長くもたない。別れの時が来たのだ。

 ひどく残念だったが落胆らくたんにはれていた。また彷徨さまよおう。いつか彼らに再会を願って・・・

 ここでうらんではダメだ。

 さびしさに泣いてはダメだ。

 再会の喜びに水を差す。


 それだけが温もりに。これから訪れる長い放浪ほうろうを耐えるには、それにすがほか―――すべはない。



 そう思った矢先だった。

 本当の悪夢が夜空に浮かぶ。

 見たくはなかった。

 そんな真実は知りたくなかった。

 次々と殺される彼ら、自分達を殺す脅威きょういが存在する事に愕然がくぜんとしたが、それ以上に、彼らにはもう会えない事実なんて知りたくなかった。


 再会の喜びは朝露のように消えた。


 ―――もうダメだ。何もかもがダメなんだ。









「君にディクセンポリスライン仮設支部を任せたいと思う」

「へっ?」


 オーメルの先刻をマティは間抜けな声で受け止める。ハトが豆鉄砲とはこの事だ。


「君は旅団を離れたが、ポリスラインの一員なのは変わらない。支部長に任命するのは当然だろう?」

「自分はペーペーですよ?もっと適任の人はいるはずでは?」


 ムシュフシュの予言通りの展開にマティは憮然と答えた。


「ふむ。大体のカラクリに察しはついている様だね?」

「おかげさまで」

 オーメルは暫し思案する。基本的にはWINWINな関係だ。渋る方が間違っているが、人情的な問題がある。大人になるべきなのだろうとマティ本人も思っているが、態度は裏腹だ。


 オーメルは自分の整った顎を撫ぜる。

 確かに、戮丸が問題に到着するまでの時間稼ぎの立板に過ぎない役職だ。個人の能というよりマティの人間関係の方が重視された采配だ。不満を漏らすのは当然と言うところか?


「トンちゃん私はね・・・」

「マティです」

「ああそうだったなマティ君」

 微妙な空気が流れた。


「私は君に期待しているんだよ。君は何故と思うだろう。能力的にも前途有望だ。実際切るのは惜しい。とは言って今回の役職が少々荷が勝ちすぎている自覚はある」

 まさにそれだ。マティは茶を啜った。


「私は間違ったのかもしれない」

 マティはその言葉の真意を測りかねた。少なくともオーメルの選択に間違いはない。一番正解を選択してきた人物だ。では何処を間違えたというのだ?


「ポリスラインや旅団のシステムが現実の世界を模しているのは知っているだろう」

「はい」

「アイツならこう言う。『世界が違うなら正解も違う筈だ』」

 その一言に何故か衝撃を受けた。その一言は正しいのだろう。


「だから、私は間違ったのかもしれない(・・・・・・)。そこから世界が溶けていく、だが、それを見越して実績の無い秩序を構築するわけには行かなかった。だからだろう。旅団は閉塞へいそく的な膠着こうちゃく状態にある。階級が全ての見慣れた世界だ」

 その雰囲気ふんいきは確かにある。格差かくさ社会の弊害へいがいもあるが、安心感もある。自分の手に余るものは上に丸投げするのが正解だ。下っ端の安心感とでも言うのだろう。

 そう、その弊害が端的に死に繋がらなければ、格差社会は歓迎すべきものなのだ。その際の死というものが経済的、社会的を含んだ意味のものだが。

 豚小屋の管理と一緒だ。苦情に真剣に考慮するものなど居ない。それを取り上げ話題にしてやれば大抵の場合は落ち着く。対処自体必要ではないのだ。先に言ったように死に至るシステムではないのだ。これが大前提。

 苦情に対応して本来の機能に支障を来たしては本末転倒だ。

 真に管理人が危惧する事態とは、苦情が一切上がら無くなった場合だけだ。


「そう。ちゃんと理解している。『俺はこっちで、お前はそっち』そんな言葉で片付ける。―――許してくれるんだ。ただね、私はアイツに許されるのというのが―――覿面に―――ダメなんだ。何様だ?と思ってしまってね。君と大吟醸君の関係に似てるかな?昔の僕らは」

 マティはありえないと顔を歪ませた。


「意外かい?そう見えるなら私の虐め(教育)賜物たまものだ」


「では、格差社会の出島を私に任せたいと言う事ですね」

「面白い事を言うね。だから君なんだ」

「?」

「私には失敗は許されないだろう?」


 オーメルはサラリと当然の事のように言ってのけた。確かにその通りだ。その通りなのだが・・・


 戮丸の慧眼がどうやって鍛えられたかをマティは理解した。

 大吟醸が戮丸に育つまでオーメルからの自衛の為に身につけたのだ。

 マティは大きく溜息をついて、要請を承った。







「ログアウトはしないのか?」

 ムシュフシュがしろがね素朴そぼくな疑問を投げかけた。戮丸は肉体的な負荷からログアウト(半ば強制)し、シャロンも同様に去った。他の面々にはまだやる事があるのだが、二人は取り残される形になった。

「ああ、そういうあなたは?」

「そうだな」

 時は深夜、これから[一狩り行こうぜ]という気分にはなれない。だが、離れ難い気もする。

「飲んでから上がるよ」

「なら、お供します」



 銀がカウンター越しに腕を振るう。酒場とは言え朝までやっているものではない。ただ、冒険者相手という事から厨房をは利用できる。セルフサービスだ。

 本来ならNPCが腕を振るう。彼らも当然調理をするのだ。ガルドのようにストレージから直接商品を引っこ抜くというのは異例の事なのだ。

 その店主が居ないので自然と銀が酒のお供を作る事になった。


「慣れたもんだな」

「この位はね」

 銀は事も無げに言ってのける。出てきたものは普通だ。極端に不味まずいものでもなく、しかし、美味うまいものでもない。酒のつまみには合格といった所だ。

 作ったつまみをひょいっとつまみ、そのまま酒で流し込む。


「そんな事まで把握してたのか?」

 ムシュの言葉だ。本来ならここでグラスの氷がカランと音を立てる場面なのだが、木製のコップで氷など嗜好品は無い。

「まあね。実際じっさい持ちつ持たれつだよ。依頼にはそういう裏も出てくる」

「ふむ」


 実際はそこまで危険な付き合いではない。勢力拡大を狙っていたり、極端な場合は珍味ちんみのレシピ集めなんて事もある。そのレベルでは殆ど隠しても居ない。こっちで商売を始めたい。その裏が企業だったりしただけで、それをとがめる事はないし、咎めるつもりも無い。

「フライドポテトなんてもう流通に乗ってるだろ?」

「あれもか!」

「結構有名メーカーがしのぎを削ってるよ」

「著作権や、利権云々も無いだろ?何の為に?」

「あっちも手探り状態だろうね。ただ言えるのは消費者層の獲得ぐらいじゃないかな。戦果は」

「ああ、NPCにその習慣は無いか・・・それが利益に繋がるとも思えないが」

「ん~。広告の代わりって、確かにまだチョロチョロだね。製造法をワザとリークして、試作させたり、試作品を作ったりとか」

「こっちで出来ても、リアルで出来るとは限らないだろ?」

「でもさ、こっちで席巻するようなものなら、現実に再現して見せれば多少見劣りしても売れるだろ?」

「なるほど。人数の問題か・・・」

「シバルリ支援もその辺から金が出ているはずなんだけどね」

「マジか?」

「そのはず、そうじゃなきゃ、あの村があそこまで好意的に迎えられないよ」

 実際に最初期にサクラを何人も用意した。銀自体はRMT(リアルマネートレード)を持ち掛けなかったが、殆ど二つ返事だった。時間差を置くものがほとんど居なかった。それはRMTを受け取ったというより、その関係者だったのだろう。当然銀のほうでも人を選んだが、考えてみればそこそこ実力も持っていて、初心者に好意的となれば、そういう人員だったのかもしれない。

 ムシュのほうは複雑な気分だ。単純にこのアタンドットが気に入っていついてきたのだ。商業的な考えは持ち合わせていない。そして、荒らしたのも組織なら、そのブレーキに力を貸すのも組織だ。


「プラスもマイナスも大きい方が良いってのが組織の考え方だよ」

「しかし」

「それだって、同一組織とは限らないし・・・」


 そうかも知れないがやはり釈然しゃくぜんとしない。むしろ、戮丸やグレゴリオの方がよほど好感が持てる。彼らは必死だ。


「それじゃ、金剛は金を貰っているのか?」

「どうだろう?その話自体はクラン内では出てたし、『足を取られるのは嫌だ』って言っていたから、金剛自体は受け取ってないはずだけど・・・」


 その言葉はムシュフシュを更に悩ませた。既に大手クランの上層部では公然の秘密になっている。砂の冠(サンドクラウン)は元より旅団《赤の旅団》、精霊雨アルブズレインでも同様だろう。ダグワッツは更に頭が痛い。

 ただ、クラン単位の協力まで話は進んでないらしい。個人こじん間だろう。そうなると大手クラン・・・善性ぜんせいが高い旅団でも全面的に信頼は難しい。


 ただ朗報が有るとすれば、それらを既に上層部は知っているという現実だ。


「スレみたいなもんさ、ほとんどの人は遊びに来ているだけなのに一部の人間の私利私欲で流れをコントロールされて、それすら知らない人間が後押しして炎上」

「良くある話だな」

「何処もかしこもみんなそう。馬鹿ばっかしだ」

「それで片付けられるレベルを超えているな」

「この程度で?」


 二人は酒をあおる。

 銀は「この程度で?」と評した。確かにこの程度かも知れない。一方それをがたいと評するムシュフシュの気持ちは判る。いやな気分がこみ上げる。傍観者ぼうかんしゃの席に二人はいた。そのこと自体が不快なのだ。

 戮丸もオーメルも損害度外視そんがいどがいしで対応に当たっている。違う方法でだ。ノッツや大吟醸、マティまでも動いている。足掻いている。

 しかしムシュフシュは席が無い。立ち位置たちいち的に居場所が無い。どちらかと言えばそういった問題からは逃げて来た。意思いし無き者に居場所が無いの当然の事だ。

 ただ、その事が劣等感を誘う。

 銀も似たようなものだが、彼は背負った看板が大きすぎて、その看板の意思に得心とくしんが行かない。結果として身動きが取れない。

 現場に居ながら応援してやる事しかできないのだ。

 ・・・酷く歯がゆい。



『あの・・・』

 二人はハモッた。

「・・・いや、話が変わるからそちらからどうぞ」

「そう言われてもな。俺も話が変わるんだが・・・」


 ・・・意外といいコンビかもしれない。


『戮丸が作ったクランについてか?』



 そう戮丸は、クランを作ってからログアウトしたのだ。

 クラン員1名。

 クラン【錆びた9番(ラスティ・ナイン)


「愛称はマルキュウ」

 その一言を残して戮丸は消えた。

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