126 二人のお馬鹿のお馬鹿な作戦
大吟醸とノッツは暗い廊下を歩く。アニメや漫画では夜間の光量はほどほどに申し分が無いが、このアタンドットでは違う。酷く暗い。城の内部なのにダンジョンを歩いている錯覚に陥る。
ただ、窓・・・といっても窓ガラスが無い為、ただの穴なのだがそれは随所に見られる。
順序が逆なのだ。夜間の、いや昼間も光源になるものが無い。それを補う形というよりも外から差し込む光こそが主たる光源なのだ。
昼間からランタンを持ち歩くのは不経済である。
その窓が唯一ダンジョンと違う所だ。
虫の音が響く回廊を行く二人。戮丸が語った真実は衝撃的だった。
戮丸は懇切丁寧に推論を披露し、それが概ねの真実だと、オーメルが裏付ける。
暗鬱たる気分だ。二人はどちらともつかず溜息を吐いた。
ディグニスが召喚を嫌がったのと、戮丸が落ちたのが原因だ。
「相当やばかったな」
「・・・まぁ普通じゃなかったのは判るけど」
戮丸の疲労が極地を通り過ぎているのはわかっていた。おおむね、飄々とした性格の彼が、挙動不審になっていると感じていた。
それでも彼ならと縋ってしまう。
その戒めに二人は立候補した。内容は理解できた。嫌というほど・・・このゲームを続けている限り―――
―――死の危険は免れない。
―――それがリアルの死でもだ。
犯人が死ぬのは因果応報だ。良しとして見捨てられる。極論暴論だが―――
二人はその対岸に居る。
対岸の火事と笑えない。状況は同じなのだ。
いまだに実感は無いのだろう。こうして歩いている。今なら走って逃げ出せる。それは判る。全て放り出して現実に帰ればいい。戮丸に任せよう。そう思うが何の根拠か歩みが止められない。
馬鹿な行為だと思う。その考えに至った時。
―――馬鹿は死んでも治らない。
皮肉な言葉だが、その意味が判った気がした。
だからだろう、二人の顔に不適な笑みが浮かんでいるのは―――
◆
「拉致監禁だよ。判る?出る所出るよ?」
ディグニスの言葉は二人の感情を逆撫でした。諸悪の根源が何を言うのか?
「―――今日の気分は実にサディスティックだ」
誰の真似だろう?
「―――奇遇だね。僕もだよ」
誰の真似だろう?
―――容赦は要らない。
それにつけても戮丸に任せなくてよかった。ああ見えて結構人情派だ。現に二人は殺されていない。死が日常のアタンドットで非殺は桁外れの温情派だ。
ノッツはディグニスの視覚を奪う。【明かり】を睫毛に設置した。グレゴリオ戦で見せた技だ。今度は【明かり】。光は容赦なくディグニスの網膜を焼き視界を奪う。
グレゴリオ相手には接触で設置したが、ディグニス相手には必要が無い。相手が違いすぎる。
「うぉっ、まぶしッ!」
―――大吟醸直撃。
「我慢しろよ」
「って、話しづれぇよ消せ消せ」
顔面が光り続けるディグニスを直視できないのは大吟醸にしてもやりづらい。
「判ったよ―――効果的。メモメモ」
「って、アタッカーの視界まで奪ってどうすんだ?サングラス必須だな」
「要検討―――っと取調べには基本だろ?」
「後はカツ丼か?恵んでやる気にならねぇwww」
「警察ってマジ天使なんだなwww」
「遊んでんじゃねぇ!―――がぁっ!」
ディグニスの右目が飛んだ。
「口の利き方に気をつけたほうがいいよー。僕ら優しいから遠慮が無いんだ」
タネは簡単【小回復】の反転魔法【小傷】だ。しかし、現状ではノッツにしかできない事だが―――
「てめぇ!何しやがった!?魔法か!?これだからチーターは!」
「アホだな」
「僧侶がスクロールで魔法を憶える訳無いじゃないか?おおよちよち痛かったでチュネ。今治すよ」
瞬時にディグニスの右目の血が止まる。しかし、失われた眼球は戻らない。【四肢再生】が必要なのだ。
―――相ッ変わらずエグイな。
ノッツの技術は一レベル魔法でも驚異的な威力を発揮する。腱でも動脈でも自由自在に寸断できる。何しろ、戦闘中の大吟醸の患部をスナイピングできるのだ。確実に腕が上がっている。
実際、戦闘能力では大きく凌駕している大吟醸だが、ノッツとのタイマンは正直怖い。戮丸打倒にはこいつが一番近い所にいるんじゃないのか?
「左目いっとく?」
―――シュンッ!
ディグニスの眼前に大吟醸の切っ先が添えられる。
「こっちの方が早くね?」
―――ヒッ!
「どっちでもいいよ。僕の魔法は回復するし―――」
―――魔法が回復!?ありえない!
「そういやそうだっけか?俺らも遊んでいる場合じゃねぇんだよ。話し聴くか?」
「魔法が回復ってどういう事だ!?」
「―――そんな事より大事な話なんだ。それともHP1調整してみる?多分僕とコイツなら出来るよ。時間はたっぷり有るし」
HP1調整。多分、ディグニスのHPを削って1にして放置するのだろう。ダメージは調整が利かない。乱数だ。それを見越して打撃と回復を延々と続け、死なないように1にするチャレンジ。
普通に拷問だ。二人は知らないが、拷問を加速するのは治癒術の発展だ。
仮に、死んだとしても―――ノッツは蘇生が使える。プレイヤーに行う蘇生は一瞬の勝負だが、その一瞬を見逃さないだろう。実際に蘇生を受けている。それはとりもなおさず、永遠の拷問が約束された事を意味する。
「―――聴く」
「はぁ?」
「まぁいいよ。君は殺されます。そう遠くないうちにね」
大吟醸は不満そうだったが、何時までもこんな事をしてる訳にもいかないし、何より、ディグニスは二人を戮丸傘下の人間だと思っている。
彼がどう思おうと勝手だが、戮丸の名代で拷問はしたくない。
「んなの判ってるよ。やるなら早くやってくれ。リアルに用事があるんだ」
リアルに用事。見え透いた嘘だ。
「わかってねぇな。そのリアルで殺されるって言ってるんだよ」
「はぁ?たかがゲームだろ?」
「わかってないね」「だな」
二人は嘆息をもらす。
「何で俺が殺されなきゃいけないんだ?」
「なあ、どう考えれば殺されないって思えるんだ?」
「さぁ、まぁぼくら無関係だし、警告したよ。もぉ旅団もこれ以上の庇い立てできないし、うちの大将にも首突っ込ませたくないから・・・自分の人生は自己責任で」
「ご利用は計画的に確信犯で」
二人は気のないサムズアップ・・・親指を立ててみせる。
「ど、ど、どういう事だよ?」
殺されても仕方ない。その理屈は理解できる。たかがゲームのキャラクターを殺しただけだが・・・直接的なPKはしていない。PKして恨みを買うならわかるが・・・何よりゲームの隠匿性。ゲームでこうして話はしているが、何処の誰だかはわかりえない。
殺意を抱いたとしても、その人物が自分を割り出す方法が無い。それでは殺しようが無いのだ。殺意を抱いても、ここで死ぬのは日常。よほどの事をしていない限り、殺意は摩滅してしまう。
何よりここで殺されたのなら、ここで殺し返せばいい。痛みは等倍だ。
「NPCの敵討ちか?」
「・・・どんだけファンタジーだよ?」
「・・・ああ、それ。そうだよ。うちの大将激怒してたから、それにうちの大将は特別製でリアルでああいうことが出来るから、あっちでも強いんだ。勝ってるっかな?熊殺しどころじゃないね。巨人殺し・・・頑張って」
「お、おい?」
大吟醸はノッツの言葉に疑問をもらす。まさか見捨てたのか?
「・・・ジョッ・・・冗談だろ?」
「僕の名前は何ていうんだったっけ?君が名付けてくれたよね」
ノッツは立てた親指をゆっくり下に向け。
「タイムだっけ?賢者タイム。素敵な名前を、ど・お・も・ありがとう」
―――死亡確定。
「ああ、こりゃ不味いわ。完全に怒らせたよ。まぁ、殺す理由にはならないけど、助けない理由にはなるな。ま、自業自得だから諦めて―――」
「―――死ンで」
大吟醸も指を下に向けた。
二人そろってディグニスを殺す理由に足らない事は無い。
グレゴリオ戦もそうだし、オーガ襲来の件もそうだ。結果としては助けられる形になったが、勝負を邪魔し、嘲嗤われた事には変わりない。思い出すと沸々と殺意が込み上げてくる。
『地獄に落ちろ』
どちらからとも無く二人の言葉は重なった。