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AT&D.-アタンドット-  作者: そとま ぎすけ
第二章 ドラゴンサーカス
101/162

125 謳う歌



 ―――あれが答えだったんだ。


 それは戮丸の権能を必要としない行為。彼に居場所は無い。


 皆、武器を下ろした。それは少し残念そうで、しかし、戮丸の執念が爆発したらひとたまりも無い事実に、安堵の溜息を溢さずに居られない。



「あ、あの・・・」

 女王ヘルガが口を開いた。初対面のものも多い。

女王というには平凡な女性という感が否めない。服装も高級な素材を使っているのだろうが、悪く言えば地味だ。三十半ばの気の弱い女性。生活に疲れきった雰囲気だ。

 美醜を問えば、整った顔立ちだが人目を引くのだが花が無い。

 「穏やかといえば聞こえがいい。」そんな言葉が脳裏を過ぎる。


 女王は言葉を捜す。見つからないのだろう。

 『ご愁傷様』がこの場では相応しいのかもしれないが、相手の気分害する。

 『お悔やみ申し上げます』では悔やむなら何をしていた?


 となる。どれもふさわしくは無い。

 

 『ご心痛をお察しします。』これが多少はマシかもしれないが・・・




「その子は可愛かったのですか?」


 ―――ギッ!!

 激発されたのは大吟醸だった。だがそれを戮丸が無言で制する。

 こういう時の戮丸の反応は本当に速い。


 ―――戮丸は怖い。そういう反応が出来てしまうところが不気味で気持ち悪い。人はそこまで善性をもてない。戮丸だってそうだ。そう感じる。当人の言うとおり普通だ。


 だが削れてしまった。

 つまづいた石をよけるように、普通に学習した結果が今の行動だ。多分、大吟醸のように怒鳴って暴れて、めちゃくちゃにした経験が有るからの行動で想像もしたくない。気持ち悪い。


「―――見るかい?」

 そう言って戮丸は少年の身体を抱き上げ、生まれたての赤子の顔を見せるように、ヘルガに見せた。

 自分の失言に気付きはしたが、代えの言葉を持ち合わせず覗きこむヘルガ。そこには子供らしい福々しい頬に、うっすらと微笑を浮かべ幸せそうに眠る姿があった。


「よく眠ってますね」

 当たり前の間違え。まだ体温が残り赤みの差す顔はそうとしか見えなかった。

 低いトーンでヘルガは反射的にそう応えてしまった。起こさぬように・・・


 その言葉に責があったのだろうか?その姿を見て微笑んだ彼女こそが真実の姿だ。少年が特に秀でた容姿をしていた訳ではない。ただ、子供の寝姿に無条件に慈しみを感じてしまう。

 それだけ少年の寝姿は自然だった。


 


「・・・落ち着いて・・・」


 戮丸はやんわりと手で制した。その手は優しく怒りを押しつぶした。


「・・・この子が起きる事はもう無いんだ」


 ―――死神の宣告。


 彼女は死に遠すぎるところで生きてきた。多分現代人と同じくらいに、その反応は失礼極まりないが、ごく普通の反応だと戮丸は知っていた。



 遠くから子供達の泣き声が聞こえた。


 旅団の人間が蘇生不可能な事を伝えたのだろう。オーメルの指示だ。その辺は抜かりの無い男だ。子供達の状況は、この子と差ほど変わりない。枯死の可能性は依然変わらずにある。それを避ける方法は戮丸は当然として、オーメルも察しがついている。


 ヘルガの目から大粒の涙が毀れた。

 戮丸はその姿を見ていた。その顔は少し寂しげで―――




 ◆ 歌さえもなくした



 ―――鎮魂歌レクイエムを謡ってくれ。


 戮丸はそう求めたが、それに応えられるものは居なかった。ヘルガ率いるディクセン王宮側ならそれ専用の聖歌隊を用意できるが、それが相応しい行為と思えず自重した。

 プレイヤー側もレクイエムとタイトルがついている物は知っているが、それをこの場で披露できる気にはなれず―――


 本人も自分の失言に気付き撤回した。


『そんな文化も忘れてきてしまったんだな』

 戮丸の言葉は聞くものの胸に深く響いた。


 喪に服す。と言う訳でもない。

 ―――広場を借りたい。少し穴を掘るが―――

 墓を掘るつもりだろう。町の広場に埋めるのは住民の嫌悪の対象になりかねない。ただ、戮丸の働きをかんがみれば最大限応えたい。


 ―――消えるまでの間、少しでも深い場所に。

 それが戮丸側の譲歩案だった。言われてみれば町の広場の真ん中に墓を建立するのは彼の自己満足すぎない。好奇の対象に晒される。それを故人が望むべくも無く。


 地面を掘るならと、協力を申し出た面々も居たが、「生き残った子供の方が大事だ」と言われては返す言葉も無い。


 見送る一同に深々と頭を下げ、二人を連れて彼は去った。





 男は穴を掘る。調子はずれな歌を歌いながら。

 横には毛布の上に横たわる二つの死体。


 歌の調子は非常に明るい。それを無感動に歌い続け、掘り続ける。石畳は剥かれ、硬くなった地面を打ち、岩にあたってはそれを退かす。

 歌は続く。


 それは奇妙な光景で、住民は怯えながら様子を伺う。

 子供の泣き声が聞こえる。その行為が不気味で恐ろしいものに思えたのだろう。


 住民が耐えかねて苦情を漏らさないのは、旅団の首魁がその情景を黙ってみていたからだろう。


 作業は一端の終了を迎えた。

 穴は幅50センチ位で深さ1メートルにはとても満たない。その底に新しい毛布を敷くと二人を寝かした。

 空いた毛布を畳みクッションにして二人の横にドッかと座り、寝顔を見つめる。


「鎮魂歌ってそれか?」

「変な歌だろ?」

「・・・いや、お前らしい。確か・・・」

 彼が歌っていたのは流行歌ポップスである。


「―――の涙だよ。知らないだろ?マイナーだし」

「いや、カラオケでお前が歌ってたろ?知ってたよ。自虐か?」

 彼はこんな歌ばかり好んで歌う。聞く側には退屈極まりないが、その歌は上手く。害は無い。

 その理由は今、理解した。


 ―――彼は涙が出ない。


「いや、それは考えてなかった。この歌が相応しいと思ってな」

「この歌じゃ、喪主に殴られても文句は言えないな」

「それも含めてだ。誰かの葬式で歌う気にはなれねぇよ。まさか歌う日が来るなんてな」

 この歌を葬式で歌えたらある意味勇者だ。そして殴るべきものも居ない。


「聞かせろよ。最初から・・・ちゃんとな」

「・・・わかった」


 彼は朗々と歌いだした。やはりその声に感情は見つけられず。

 確かに鎮魂歌だ。その歌詞の意味だけはそれを歌っていた。


 泣こうが喚こうがただ純粋に死者の冥福だけを祈った歌が響く。

 不思議と子供達の泣き声は悲鳴のようにボルテージを上げて、それでも彼は残酷に歌い続ける。


 泣くのは生者せいじゃだけでいい。死者には唯、祝福を―――




 ◆ 嫌な話




「断る」

 戮丸の言葉が謁見の間に響いた。はなはだ場違いといっていい。高い天井と広い空間に王宮側の人間は二人。衛兵も今は旅団の人間に代わっている。ガランとした空洞は今のディクセンを如実に現す。


 旅団といってもプレイヤーばかりではない。NPCも多く所属している。

 シバルリのように救出され、そのまま居ついた者もいる。クランはそのまま国家に等しいく、また国とは別の区分けだ。宗教がその思想に領地を求めたように、クランはその血に領土を拓く。

 別段珍しい物でもない。親族会社のようなつながりは現代社会でも確かに息づいている。


 プレイヤーとNPCでは生きてる時間が違う。一日が現実時間で9時間のライフサイクル。それを埋める緩衝材は旅団にとっても不可欠、つまり需要はあるのだ。


 貴族側にしてみれば、多くのNPCを雇用する行為は裏切り者とそしりもうけるが、時代の流れ、大勢を占める勢いに鳴りを潜める。


 戮丸側はいつもの面々だ。人数的にはそれなりにいるが、それでもガランとした空間は埋まらない。女王も壇上をおり、戮丸側も膝をつくいわれが無い。謁見というよりもただっぴろい室内での立ち話と言った風である。その事が一掃の寂寞感に拍車をかける。


 貴族側の人員が足らないのだ。あれだけいた貴族は全て捕縛された。まさしく芋蔓式に検挙され、リーゼが残ったのは大きな組織を持っておらず、アイドルとして無自覚に利用されていただけであったからで、貴族にとっては便利なスピーカーであったが、大なり小なりの組織を束ねる資質がない事は、貴族側の方が熟知していた。

 皮肉な話だ。


 枯木も山の賑わい。毒でしかなかったが、それでも大勢の安心感はあったのだろう。それが今はない。


 ディクセン側は戮丸に騎士位を授けるといってきた。事実上の懇願だ。仮にも軍隊に匹敵する戦力を示した戮丸だ。実際、彼一人を戦力に戦争は出来ないが、彼がいれば戦争の前の交渉の場では有利に運べる。

 その事だけはリーゼでも理解できた。そこで、餌をやるから働けと言うのである。いや、ご褒美に使ってやると言った所だ。




「和みますね」

「何処がだ?」

 小声のグレゴリオの感想に大吟醸が突っ込む。この光景に怒りを覚えるより、あの弩がつくお人よしが、無理難題を背負い込まなくてホッとしていた所だ。理解できない。


「子供の小遣いで大人は動かないでしょう?可愛いですね」

 なるほど、グレゴリオにはそう見えるのか・・・リーゼの姿がチワワが重なる。あの犬種は意外に気が強くよく吼える。確かにリーゼの外見は気の強いお姫様で満点だ。そう思えば確かに微笑ましくもある?かも知れない。


 赤くなって『なぜ?』と怒鳴り散らすリーゼとは対照的にヘルガは真っ青だ。見ていて痛々しいほどに、ヘルガは常識人なのだ。

 普段の大吟醸であれば『萌えwww』と騒げるのだが、今までの経過からそういう気分ではない。



 話はオーメルを交え、実務的な事へと移った。

 現状は、京に上洛したといった所だろう。支配権は旅団に移ったが、公には女王を立てる形だ。治安の見直しと流通経路の確保。その件については戮丸は確約した。ただ、プレイヤーマーケットを頼る方法は急場しのぎの手法だともいった。

 プレイヤーマーケットは金さえ積めば幾らでも物資を出す魔法の鞄。そんな都合の良いものは現実にはなく、その事をかんがみればいつGM規制が入るか判らない。

 出来ればこの制度は失いたくない。そこで流通経路が見直される。砂の冠の窓口である銀では確約には至れないが話は通してくれるとの事。旅団にしても状況みれば、ボランティアの域を出ない。双方に利がない以上成立は難しい。

 戮丸にしてもそうだ。人肉商売で裏支えされたディクセン経済は貴族に限った範囲で豪遊が可能な豊かなものだった。その経済基盤を失った今、残金ではいつまで持つか?枠組みもディクセン市全体へと移っている。早晩、国庫は空になる。

 産業がないのだ。


 産業がなくても運営できる国は幾らでもある。観光地化や傭兵産業など運営の難易度は跳ね上がるが打開は出来る。それにはキーマンが必要になる。ヘルガはそここそを戮丸に期待した。

 戦争をやっている場合ではないのだ。産業も無く自国民すら持て余し、難民を輩出し続けるディクセンは、いわば野盗の群れだ。単純に飢えたら奪えばいいと言う理論もあるが、よしんば勝ったとしてもその大地を統治できるかの問題が発生する。


 戦争は破壊だ。豊かな大地も無傷では済むまい。さらに、それを運営してきた組織は確実に消し飛ぶ。そこを運営できるか?と問えば、答えは否だ。

 飢えたらまた奪えばいい。その論旨で一度行動を始めた人間は行いを改められない。一人二人なら可能でも組織となるとそうはならない。

 それがわかっているからこそ、ヘルガは戮丸の必要性を訴えた。

 

 さらに、報酬が無い。

 今思えば、オーメルが用意した会談の場が唯一の好機だったのだ。


 話し合いの内容は旅団が用意したルールを戮丸が遵守させると言ったていで、ルール自体に問題があれば即時に疑問が飛んだ。

 端的に言えば中身スカスカで現状維持。組織同士の衝突は避ける。国を富ませるのはヘルガとリーゼでお好きにどうぞ。と言ったところだ。


 むしろ占領されたほうがいいんじゃないか?そうとさえ思えたが、旅団も砂の冠も事情がある。

 精霊雨は占領してくださいといっても来てはくれないだろうし、第四勢力ダグワッツのクランを招き入れるのは危険だ。ダグワッツはクランの戦国地帯だ。その混乱をディクセンにまで持ち込むのは、他のクランにとっても危険で看過できない。


「お前が居残るんじゃないのか?」

「ふむん。―――お前・・・頭でも打ったのか?」

 戮丸の質問にオーメルが返す。オーメルに残留の選択肢は無い。それは戮丸にもわかっているはずだ。意趣返しで言ったのだろう。理解できないのは大吟醸くらいだった。


「・・・何でだ?」

 正気かよ。と呟いて、マティが説明する。旅団があるケイネシアでは確かに旅団排斥の動きはある。しかし、正確にはオーメルの排斥であって、旅団自体が消えることは望んでいない。

 軍隊が目障りでも消えてしまえば障りになる。【自由通商同盟】という判り易い敵もいるのだ。更に旅団はケイネシア内のクラン関係も良好だ。旅団以外は旅団予備軍と思って間違いない。

 【赤の旅団】がディクセンに移籍したら、ケイネシアは壊滅的な打撃を受ける。オーメルはそれを見過ごせる性格でもない。


「お前がピンで来るってのはどうだ?」

「非常に魅力的な意見だな。阿呆。同じ事だ」

「なるほど」


「・・・どういうことですか?マティ先生」

 大吟醸が恐る恐る訊く。

「戮丸が旅団入りしたら君らついていくだろ?・・・そういうこと」

「あ、ああ。・・・せやな」


 実際、クラン単位の入団試験が採用されている旅団だ。ソロになった聴けば、むしろ殺到するだろう。


「ま、話は後々つめるとして・・・ディグニス呼んでくれ。奴さんにも用事があるだろう」

 戮丸の要請を受け衛兵が向かう。

「そういや、オーメルがディグニスを守っていたってどういうことだ?」

「そりゃ、人死にはまずいだろ?」

 ―――?

 このゲームで死亡は日常茶飯事だ。今だって死なせたくない人間を亡くした。それぐらいは彼の行動に対しての罰として当然の報いだ。


「いや・・・おまえさ・・・」そう言い掛けて面々を見回す。NPCは何のことか判らない感じだ。そして、戮丸の言葉の意味に見当がついているのがオーメルと銀だけだった。


「ムシュ、おまえもかよ?」

「何の事だ?」見当がつかない。

「だから、このゲームを切っ掛けに殺人事件が起こったら困るって話だよ」



「高確率で消されるな・・・」

「戮丸にか!」

「んなヤツのために手を汚すか!・・・実際どうよ?消されたケースはどのくらい把握してる?」


「きいたら後戻りできないぞ」

「俺なら愚問だ。シャロンは迎撃した方が話が早いと思う。悪いな。大吟醸とノッツは・・・頑張れ。ムシュとレビンは・・・今更だがどうする?」

「問題ない言ってくれ。内容を知らなければ対応が出来ないし、訊いた人間には多少なりとも対策を講じてくれるのだろう」

「・・・同じく」

 レビンは君子危うきに近寄らずといった表情だったが、『対策を』のくだりで二人が了承したのを見て不承不承頷いた。


『頑張れってなんだよ!』

 ノッツと大吟醸の悲鳴が謁見の間に響いた。


 ―――アキラメレ



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