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spiral  作者: 本城千聖
9/20

spiral~one~9

「下りていいよ」

と言われ、下りた場所はホームセンター。

「買い物?」

「あぁ、たくさん買うものがあるんだ」

早足で大きなカートを取りに行くお兄ちゃんに、まだ首をかしげて付いていく。

「ほら、早く来いって」

伊東さんがあたしの横に来て、歩調を合わせてくれてる。それは、嫌じゃなかった。一緒に歩くだけなのに、くすぐったくて嬉しく思えた。

初めてきた場所。広いんだな。

「迷いそう」と呟くと、二人が笑う。

「大丈夫。ちゃんとそばから離れないから」

迷子にならないっていうための言葉なんだろうと思うのに、意味を履き違えたくなる。

過剰反応しちゃってるのかな、一人の生活が本当に嫌だったんだって気づかされる。

「はい、コレ」

横にいた伊東さんから、可愛い飾りのついたカギを手渡される。

「なんですか、コレ」

少し高く掲げてブラブラさせていると、お兄ちゃんが同じくカギをブラブラさせていた。

「え?」

驚くと、「俺とお揃いだぞ」と笑う。

意味がわからない。伊東さんがお兄ちゃんの横に立ち、お兄ちゃんの肩にポンと手を置く。

「マナちゃん」

「はい」

不思議に思って見ていると、「ナオと、一緒に暮さないかい」と伊東さんが言いだす。

「は?」

「そうそう。俺と一緒に暮らそうぜ。マナ」

上手く愛想笑いも出来ない。

「冗談、だ……よね」

男の子と同居? そんなのありえない。

「冗談でこんな話、出来っかよ」

笑ってた二人は真面目な顔つきになって、もう一度ハッキリ言った。

「俺と暮らそう、マナ」

「ナオと暮らしてみて。マナちゃん」

って。

一歩後ずさる。

「……あたし、何かしたの?」

さっきまであった安心感が薄れていく。

自殺しかかったところを助けてくれたってだけで、信じかけてた。安心してた。きっとパパやママより。

何かの罰?

お兄ちゃんと一緒に暮らすって、急すぎる。

「何もしてないよ、マナちゃんは」

「じゃ、どうして?」

ホームセンターの通路で固まったままのあたし。

「あっちにレストコーナーあるから、そこで少し話してもいいかな」

あたしの混乱にも伊東さんの笑顔は変わらないまま。

先に歩いていく二人に遅れて、レストコーナーに向かった。お兄ちゃんが手招きしてる。

行っていいのか、まだ迷ってた。

 まっ白い備え付けのベンチに腰かけて、二人の話を聞く。

ちょっと距離を置いて座ったのに、お兄ちゃんがすぐに距離を詰めてくる。

「や……っ」

話をちゃんと聞くまでは怖い。

「ナオ」

静かに伊東さんが名を呼ぶと、「悪かったよ」といいながら、すこし距離を置いてくれた。

「あのね、マナちゃん」

切り出したのは伊東さん。

「マナちゃん、この後、あの部屋に戻ろうとしたの?」

不意に聞かれて、さっきまでのことを思い出す。

少し躊躇ってから、首を左右に振る。

「じゃあ、逃げてどこに行こうとしてたの」

その質問にも首を振った。実際親戚の居場所も知らないから、どこにも助けを求められない。

学校で友達もいないから、相談も出来ない。そう考えると、ママに置いていかれるまでもなく、あたしは常に独りだったんだなって苦笑いをした。

「女の子が。ましてや、縁あって家族になった子が、たった一人でどこかにいるのかと思うと、気が気じゃないよ」

伊東さんがあたしをみながら、ゆっくりと話してくれる。

「……」

「僕ね、香代さんの携帯を見てしまったんだ。マナちゃんに送られたメールをね」

ドクンと心臓が大きく脈打つ。脳裏に焼き付いて離れない、あのメール画面。

不要よと書かれただけの短いメール。

「着信があってね。お客さんからだから名前を見てほしいと言われて、香代さんの携帯を操作してたんだ。そうして閉じようと思った携帯をね、どうしてか閉じられなかった」

「……はい」

「マナちゃんとちゃんと話せなくなってただろ? 親子なんだから、何か連絡してるのかなって思ったんだ。一緒に暮らしていなくても、多少はってどこかで思ってたんだ。僕は」

「……はい」

必要な時以外、そんなものなかった。思い出すと胸が痛い。

「まさかってね。これでも僕が守りたいと思った女性だったから」

そういう伊東さんが、すこし辛そうに見えた。

「香代さんと守りたいと思った。彼女の抱えてるものを軽くしてあげたいと」

(ママが抱えてるもの?)

「でもね、マナちゃんを守りたいと思うのもあるんだ。だって……僕の子供だから」

伊東さんがそこまで話したところで、お兄ちゃんが口をはさむ。

「で、お前を守るのに俺が力を貸そうって」

「……お兄ちゃん?」

首をかしげながらみつめると、うんうんと頷く。

「オヤジはオヤジで店のこともあるし、新しい母さんのこともある。全部は無理だからな」

「悪かったな、全部出来ない親で」

苦笑いでお兄ちゃんに話す伊東さんは、どこか嬉しそうにも見える。

「俺はさっきオヤジが言ってた、新しい母さんが抱えてるってーのはよく知らねぇ。それに子供がなにか出来るとも思ってない」

「……うん」

そうだ、ママが何を抱えてるのかあたしも知らないんだ。

「あの、ママが抱えてるものって?」

伊東さんに聞いても柔らかく微笑むだけで、「今は言えないんだ」しかいってくれない。

これ以上は聞けないってことかな、あたしのママのことなのに。

「あの場所に帰すわけにはいかない。香代さんには新しい住所は教えない。今通ってる学校も、受験直前だけど転校しよう。事実上、僕はマナちゃんの父親だ。手続きは僕がする」

リアルな話が、伊東さんの口から語られていく。

「もう一人でいるのは止めよう。ナオもこっちの学校に転校させるから」

その言葉を聞いて、自分のために誰かが犠牲になるのは嫌って思った瞬間、勝手に体が動いてた。

「ダメ!」

ベンチから立ち上がって、伊東さんに向かって叫んでた。

「マナ……ちゃん?」

「だって、お兄ちゃんまで転校だなんて」

高校っていうことは、自分で行きたくて行った学校だよね。

あたしのせいで行けなくなるなんてダメだ。

「いいんだって、学校くらい」

焦るあたしとは対照的に、お兄ちゃんは淡々とそういった。

「勉強はどこででも出来る。いいじゃん、別によ。家族なんだし」

今のあたしには、言っちゃダメな言葉まで。

「違うよ。だって、あたしはママに新しい家族って言われてないんだし」

認められていない関係。それを勝手に進めたら、きっともっと怒られる。

「僕が認める。それだけでいい。香代さんには時間が必要なんだ」

「時間って……どれだけ離れていれば、ママに認めてもらえるの? あたし」

寂しかった思いがこぼれていく。

「ママは一人で新しい家族を作ろうとした。それは事実でしょ?」

あたしは要らない。だから置いて行った。

「だから、不要だってあたしに……あん、な、メールして」

上手くしゃべれない。

「ママに許可されてないこと、勝手に出来ない」

首にそっと触れる。あの感触がまだここにあるようだ。

(また……あんなことされたら)

呼吸が乱れてくる。

殺される。次は消すって言ってたママ。

「嫌! いい、あの場所に帰るから」

差し出された手を、素直に掴めたらきっと楽。

「このままでいい。関わらなくていい。そうしたら、ママに叱られることも、嫌われることも、これ以上はないでしょ?」

ママもあたしが下手なことをしなきゃ怒らないはず。

「波風を立てないで。いいの! このまま独りで」

そう言った刹那、頭の中でいろんな声がする。

本当にいいの? 寂しいんでしょ? っていう声。

ママにいつかは好かれるよきっと、なんて慰めめいた誘惑の声。

楽な方に行けば誰だっていいに越したことがない。

「いいの!」

それでも楽したいと思った瞬間に、ママがやってきそうで怖いんだ。

恐怖感の方が勝ってしまったら、それ以外を選べない。

レストコーナーから逃げようとすると、すぐに腕が引っ張られた。

「マナ」

「お兄ちゃん、離して」

何度も掴まれた手。温かな手だ。

「お前、何かされたのか?」

その言葉に反射的に首を抑えた。

「……首? なんかあるのか」

今までとは違うまなざし。

話したことがバレるのが怖い。殺されかけた事実は、誰にも言っちゃダメだもん。

「何もない!」

言えば言うほど、疑われるっていうことをあたしは知らなかった。

「俺らから逃げるな、マナ」

「逃げてなんか」

そういい、手を振り払おうとしたのに、そこにかぶせるように、

「今、お前が逃げてないって言いきれるのか!」

睨むようにしてそう言われる。

「一人で抱えるな。……独りに、なんなよ」

そうはいわれても、脳裏に焼きついて離れないあの時のママ。

「何があった? なぁ、マナ」

触れると首に心臓があるんじゃないかと思うほどに、そこだけが脈打つ感覚。

「ない! “言えない”!」

俯き、お兄ちゃんを見ないようにする。

「最初から信用しろだなんて言わねぇよ。ゆっくりでいい。お前のこと教えろよ。俺らのこと、知ろうとしてほしいんだって」

そう言った。

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