spiral~one~8
「さ、帰ろうか」
時間になってしまった。
のろのろと動き、二人の後を追う。
帰る場所があそこしかないなら、公園で寝泊まりとかはどうかな。今時期なら、そんなに寒くないよね。
学校は、どうしよう。きっと受験だってさせてくれるはずない。
(受験、か)
さっきまで死のうとしてたあたし。生きてしまったばかりに、ある意味呑な悩みを考えている。
たとえ何かの形で合格しても、行かせてくれるはずがない。
なんで今まで気がつかなかったのか。考えることからにげてたのかな。それとも、どこか期待してた?
(期待したかったんだろうな)
バカだって思った。哀しいほどに、バカだ。置いて行かれた時点で、そんなことありえな
いのに。
「……くん」
パーカーに顔を埋めて、息を吸う。さっきかすかにした匂いが残ってた。
「はぁ」
外に出ると、二人が先に歩いて行ってしまった。アレコレなにか話しながら。
「お金、きっともう振り込まれないよね」
今まではあのお金があったから、生きることだけは可能だった。
「どうしよう」
生かされてしまったあたし。あたしを生かした二人が目の前にいる。
「マーナー? 行くぞー」
「あ、はい」
どうしたいんだろう、あたしのことを。ううん。どうすることもなく、ただ生かしただけだったら?
「はぁ」
ため息しか出ない。どうしようと思っても、答えなんか導き出せない。
足を止め、振り返る。まぶしい店内が見えた。さっきあたしは、確かにあの中にいた。楽しい時間だった。
だから、あたしは、
「……寒い」
その場所から離れた今、寂しさがより一層濃くなって震えた。
あまりにも遅いからと、連れに来たお兄ちゃん。
「ったく。手のかかる妹だよな」
といいながらも怒っていないのは、声色でなんとなく感じた。でも、行けない。
嫌だ。この時間が終わってしまう。
「もう帰るの? ねぇ」
車に近付けない。
「やだよ。帰りたくないよ」
子供だ。中学生なんかじゃない。
「ヤダァ……」
泣きじゃくってこんなわがまま言って。楽しい時間をくれた二人を困らせて。自分がなにをしているのか分かってる。でも、嫌なんだ。
「嫌……っ」
掴まれていた腕を振りほどき、走り出す。
「帰りたくない!」
どこへ行くともなしに、ひたすら走っていく。遠く後ろから名前を呼ぶ声がする。
追いつかれたらおしまいだ。まっすぐ走るんじゃなく、アチコチ曲がっては道を戻ったり。逃げるしかないって必死に走る。
本当に逃げてどうにかなるあてもないのに。
無駄かもしれなくても、走るしか選択肢が浮かばないんだもの。
この胸いっぱいの寂しさを、どう話せばママに伝わる?
聞いてほしい、独りの時間がどんなに寂しくて寒かったかを。
こんな時になっても思い出すのは、ママに対しての一方通行の気持ち。永遠の片思いだ。
裏道を抜けて、大通りにもうすぐといった場所で、さっきと同じように体が後ろに引っ張られた。
「きゃあっ」
「ってぇー」
その声は同時だった。後頭部に鈍い痛み。
「アゴぶつけちまっただろ!」
片腕であたしを抱きしめながら、反対の手でアゴをさすっている。
「……やっ」
離れなきゃ。あの場所から逃げたいんだ。
「帰りたくない! 離して!」
ジタバタ暴れる。
もがいても、腕の力はとても強い。
「マナ」
あたしを呼ぶ声は、怖さなんかない。でもそれでも、逃げなきゃダメだって言い聞かせる。
「離して!」
グイグイと抱きしめられた腕を押すけど、ビクともしない。
「マナ」
何度も呼ばれる、優しい声。その声に胸が痛くなる。
離してほしい。
離さないで。
ふたつの気持ちが交差する。
「お兄ちゃん」
勇気を出してそう呼ぶと、「んー?」と短く返った声に、こんなにも安心してしまう。
こんなに甘えん坊だったんだ、あたし。
甘えられる場所に餓えてたの? 震えながら、お兄ちゃんの腕をギュッと掴む。
しゃくりあげながら泣くあたしの髪を、そっと撫でる大きな手。
「泣いちまえ」
泣くことを許される言葉に、もっと溢れる涙。
背中にお兄ちゃんの体温。人のぬくもりって気持ちいい。震えがゆっくりと収まっていく。不思議だな。
……他人なのに。
どれくらいの時間が経ったのか、お兄ちゃんがあたしを呼んで。
「オヤジのとこに戻るぞ」
そういった。
気持ちは落ち着いたけど、帰りたくないのは変わってない。
「でもあたし」
顔だけ振り向いた瞬間、「ん?」と言ったお兄ちゃんと顔がぶつかりそうになった。
「きゃっ」
「ご、ごめん」
顔が熱くなる。振り向けないよ、もう。
「あ、あのさ」
「うん」
「お前、さ」
「うん」
腕にそえた手に力をこめると、反対の手をあたしの手に重ねてくる。
「もう心配いらないから」
耳の裏から、囁く声。
「だからオヤジのとこ、戻ろうな」
真意がわからない。だけど、なんでか頷いてた。不思議だな。
……他人なのに。
抱きしめた格好のままで、あたしを立たせる。
立ち上がった瞬間、離された腕。離れてしまった温かさが、やけに寂しく感じられた。
盗み見るように振り向きざまお兄ちゃんをみると、なんでか目が合ってしまった。盗み見るって出来ないのかな、あたし。
「ほら、行くぞ」
肩に回された腕。戻った温もりに、自然と一緒に足が出ていた。単純なんだな、結構。
こんなに簡単に安心しちゃってて大丈夫なのかとか、疑うことがなくていいの?って、頭の端で思う。
けど思うだけで、それ以上どうでもよくなる。
(変なの)
パパやママに対してはなかったと思う。怖いとか、怒られないようにしなきゃとか思わなくてもいい。
今はまだ……なのかもしれないけど。
「そう。んで、大通りの」
横ではお兄ちゃんが携帯で現在地を知らせている。
「わかった。もうすぐ着くから」
パチンと携帯を閉じ、「急ぐぞ」って笑うお兄ちゃん。
黙ってついていく。2~3分歩くと大通りに出て、お兄ちゃんが指さす先には伊東さん。
今度はお兄ちゃんも一緒に後部座席に乗り込んだ。
「さて行こうか」
静かに走り出す車。
「どこに行くの?」と二人に聞いても、「着いてからのお楽しみ」としか言ってくれない。
座ってる間も、お兄ちゃんはずっと手を握ってくれている。
二人がやけにご機嫌で、あたしはそんな二人をみながら首をかしげてた。