spiral~one~7
店内に入り、禁煙席に場所を取った。賑わう店内は、外から見た時よりまぶしい。窓際の席に、腰かけた。
「はーっ、腹減りすぎ! もう取ってきていいか。オヤジ」
座る間もなく、行ってしまったお兄ちゃんだという人。どこを見てたらいいのかな。
(どうしよう)
こんな場所来たことないし。
「あの」
やっぱり悪い気がしてきた。親子の団欒を邪魔するのはよくないよね。
「あ、マナちゃんも取りに行ってみるかい? 病み上がりみたいなもんだからね、何から食べたらいいかな」
「や、そうじゃなくて……あたし」
口に出しかけた言葉が吐き出せないまま。その言葉を伝えれば傷つけちゃうのかもと思ったのが半分。
残りは、漠然とだけど、団欒の邪魔をするとしても、この場にいたいと思い始めてるあたしも見え隠れしてて。
「あの」
立ち上がって、伊東さんに言おうとする。
「うん? 何かな?」
ニコニコしてる伊東さんに、言葉を失ったままで混乱していく。
(言って、じゃあ帰っていいよと言われて、その後……また独りになるの?)
体がブルッと震え、顔を歪めた。こぶしを握って、何か言葉にしようとした瞬間。
「親子で見つめあってんじゃねぇよ」という声に顔を横に向ける。
「ほら、お前の分も持ってきた」
トレイにたくさんのお皿。そして食べ物。
「ほら、そっちに詰めろ。俺は肉! で、オヤジは寿司だろ?」
喉まで出かかった言葉を飲み込み、言われるがままに窓の方にずれた。
「お前にしちゃ、ずいぶんと優しいな」
「そっちの物言いの方が、ずいぶんだっての」
話しながら、肉を焼き始める。久しぶりの匂い。
「ん? どうかしたか」
肉をまじまじと見てたからか、不思議そうに尋ねられる。焼ける肉の匂いが珍しいだなんて、答えられるはずがない。
「あ、お前のそれ。そばだったら麺モノだしよ、胃に負担かからないかなってよ。食ってみろよ」
「あ、はい」
器に入った緑色の麺。
「茶そばだってよ」
うんうんと頷き、箸先でつつく。
本当に食べていいのかなって今でも思ってる。
「早く食えって、遊んでないで。お前軽すぎなんだから、しっかり食え」
「え?」
「さっき、ちょっと腕引っ張っただけで吹っ飛んできたから、マジでビビった。俺」
わずかな時間だけど、男の子の腕の中にいたんだという事実を思い出し真っ赤になる。
「ナオ!」
「あ、悪い意味じゃなくてよ。……ごめん」
悪意のない言葉だってわかってたのに、困らせるような反応をしてしまった。
実際、この人は優しいんだと思う。だって、体のことを考えた食べ物の選択。それでも十分に優しいと思えた。
ただ、素直に受け入れられないだけ。
「いただきます」
器に手を添え、ゆっくりとそばをすする。
噛むと麺の味。麺つゆの味。それが混ざって、ちゃんと食べ物になってた。
「あぁ……。おそばって、こんな味だったっけ」
噛みしめながら心で呟いてたはずの言葉は、無意識で表に出てしまった。
「ん?」
もう一口と思い、箸をつけようとした時、視線を感じた。
驚きの表情。それから、困った顔。そのうち哀しげな表情へと変化していく。
その二人の表情に戸惑っていたら、お兄ちゃんという人の手が頭に乗っかった。
「他に思い出したい食い物あるか?」
伊東さんに似た笑顔が、そういった。
こういう時は、なんていえばいいの? ママは何も教えてくれなかった。どういえば今の気持ちが伝えられるだろう。
「食べ物、まだあるから。……その、もったいないし」
頭に浮かんだ部屋での食事。無駄に出来る食べ物がなかった生活。
「そっか。じゃ、なくなったら持ってきてやるからな」
その言葉に、「すいません」と返すと、不機嫌そうに言った。
「そういう時は、ありがとうでいいんだっつーの」って。
コクコク頷くと満足そうに笑い、また頭を撫でてくれた。
まるで、『よくできました』って保育所で先生が撫でてくれた時みたい。
自然と顔が緩んでたのに、あたしだけが気づいていなかった。
2時間たっぷり使って、ゆっくりと食事をする。
最初の茶そばから始まって、中華がゆ、その後は少しずつ固形物を口にした。噛むといろんな味がして、とても楽しい。
「ほら、パイン」
「あ、じゃ、お返しにバナナ」
チョコファウンテンとかいう、4段ある噴水みたいなモノ。
チョコが上から下に流れ落ちていく。
そこに長いフォークに刺した食べ物をくぐらせ、食べるというものだとか。ある程度食事をすませた時、男一人だと行きにくいからと連れてこられた。
「どれもこれも、チョコ通すとデザートってよか、ただのお菓子じゃん」
うんうんと頷くと、「だろ?」と嬉しそうな笑顔が返ってくる。
気づけば普通に会話してて、思い出したこと。お腹が満たされれば、自然体になるっていうこと。
実際荒んでた生活。食事だけじゃない。何もかもだ。
マシュマロをくぐらせ、ぱくりと食べる。
「それ美味いか?」
頷くと、真似してマシュマロをくぐらせ食べた。美味しそうに食べるその顔を見て、ため息が出そうだ。
もうすぐこの時間が終わる。時間になれば、あの場所に戻るしかない。他に行き場がない。
不要と言われたのに、あの場所に戻る。ママはなんて思うだろう。
マンゴーをくぐらせたものの、口に運ぶ気にならなくなった。
「どうした?」
黙ってお皿を持って突っ立ってるあたしに、耳打ちする。
「つけたのに、食べる気が起きなくて」
正直もったいない。残しちゃダメなのに、たった一個が口に運べない。
「あー、だったらさ。……オヤジにやれば?」
「あ、うん」
言われるがままに。チョコつきのマンゴーを持っていく。
「どうかしたか?」
コーヒーを飲んでいた伊東さんに、「これ」とお皿を渡す。
「つけたのに、入っていかなくて」
そういうと、「いいよ。食べてあげるね」と笑って口に運ぶ。
その瞬間、「マジかよ」と背後から声がした。
(え? 何が?)
そう思っていたら、目の前の伊東さんが激しくむせた。
「ゲホッ……! ゲホン、こほっ」
「え? え? 大丈夫ですか?」
お冷を手渡すと、涙目のまま一気に飲み干す。
「バッカじゃねぇ? オヤジ」
呆れた口調でそういい、続けてこういった。
「甘いもの一切食えないくせして」
(えぇ?)
「だ、だって、伊東さんに食べさせろって。あたしてっきり食べられるんだとばかり」
こっちも涙目だ。
「オヤジがどんな反応するのか見たかったんだ」
バツ悪そうに頭を掻きながらそういい、「ごめん」と謝った。
まだ咳きこみつつ、ニッコリ笑う。
「平気だからね、マナちゃん」
あたしがしたことを許してくれる。
オロオロしたままでいると、大きなため息と声がした。
「オヤジ、マナに甘すぎんだよ」
そんなセリフ。
「そっか? 普通だろ」
「甘い、甘すぎ。激甘だね」
照れる伊東さんにつられて真っ赤になる。
「……バカみたいな親子だな。ったく」
言葉自体はよくないけど、顔は笑ってる。
「ほら、残ってる分食べてしまえよ」
「おー」
「……はい」
その何気ない会話が嬉しくって、くすぐったい。
楽しい。あたたかい感覚。自然とまた顔が緩んでたことに、今度は気づけた。
けど、笑った後に、脳裏に浮かぶこと。
(あの場所に帰るんだよね)
いろんな自分を思い出した楽しい時間が、もうすぐ終わろうとしていた。