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spiral  作者: 本城千聖
7/20

spiral~one~7

 店内に入り、禁煙席に場所を取った。賑わう店内は、外から見た時よりまぶしい。窓際の席に、腰かけた。

「はーっ、腹減りすぎ! もう取ってきていいか。オヤジ」

座る間もなく、行ってしまったお兄ちゃんだという人。どこを見てたらいいのかな。

(どうしよう)

こんな場所来たことないし。

「あの」

やっぱり悪い気がしてきた。親子の団欒を邪魔するのはよくないよね。

「あ、マナちゃんも取りに行ってみるかい? 病み上がりみたいなもんだからね、何から食べたらいいかな」

「や、そうじゃなくて……あたし」

口に出しかけた言葉が吐き出せないまま。その言葉を伝えれば傷つけちゃうのかもと思ったのが半分。

残りは、漠然とだけど、団欒の邪魔をするとしても、この場にいたいと思い始めてるあたしも見え隠れしてて。

「あの」

立ち上がって、伊東さんに言おうとする。

「うん? 何かな?」

ニコニコしてる伊東さんに、言葉を失ったままで混乱していく。

(言って、じゃあ帰っていいよと言われて、その後……また独りになるの?)

体がブルッと震え、顔を歪めた。こぶしを握って、何か言葉にしようとした瞬間。

「親子で見つめあってんじゃねぇよ」という声に顔を横に向ける。

「ほら、お前の分も持ってきた」

トレイにたくさんのお皿。そして食べ物。

「ほら、そっちに詰めろ。俺は肉! で、オヤジは寿司だろ?」

喉まで出かかった言葉を飲み込み、言われるがままに窓の方にずれた。

「お前にしちゃ、ずいぶんと優しいな」

「そっちの物言いの方が、ずいぶんだっての」

話しながら、肉を焼き始める。久しぶりの匂い。

「ん? どうかしたか」

肉をまじまじと見てたからか、不思議そうに尋ねられる。焼ける肉の匂いが珍しいだなんて、答えられるはずがない。

「あ、お前のそれ。そばだったら麺モノだしよ、胃に負担かからないかなってよ。食ってみろよ」

「あ、はい」

器に入った緑色の麺。

「茶そばだってよ」

うんうんと頷き、箸先でつつく。

本当に食べていいのかなって今でも思ってる。

「早く食えって、遊んでないで。お前軽すぎなんだから、しっかり食え」

「え?」

「さっき、ちょっと腕引っ張っただけで吹っ飛んできたから、マジでビビった。俺」

わずかな時間だけど、男の子の腕の中にいたんだという事実を思い出し真っ赤になる。

「ナオ!」

「あ、悪い意味じゃなくてよ。……ごめん」

悪意のない言葉だってわかってたのに、困らせるような反応をしてしまった。

実際、この人は優しいんだと思う。だって、体のことを考えた食べ物の選択。それでも十分に優しいと思えた。

ただ、素直に受け入れられないだけ。

「いただきます」

器に手を添え、ゆっくりとそばをすする。

噛むと麺の味。麺つゆの味。それが混ざって、ちゃんと食べ物になってた。

「あぁ……。おそばって、こんな味だったっけ」

噛みしめながら心で呟いてたはずの言葉は、無意識で表に出てしまった。

「ん?」

もう一口と思い、箸をつけようとした時、視線を感じた。

驚きの表情。それから、困った顔。そのうち哀しげな表情へと変化していく。

その二人の表情に戸惑っていたら、お兄ちゃんという人の手が頭に乗っかった。

「他に思い出したい食い物あるか?」

伊東さんに似た笑顔が、そういった。

こういう時は、なんていえばいいの? ママは何も教えてくれなかった。どういえば今の気持ちが伝えられるだろう。

「食べ物、まだあるから。……その、もったいないし」

頭に浮かんだ部屋での食事。無駄に出来る食べ物がなかった生活。

「そっか。じゃ、なくなったら持ってきてやるからな」

その言葉に、「すいません」と返すと、不機嫌そうに言った。

「そういう時は、ありがとうでいいんだっつーの」って。

コクコク頷くと満足そうに笑い、また頭を撫でてくれた。

まるで、『よくできました』って保育所で先生が撫でてくれた時みたい。

自然と顔が緩んでたのに、あたしだけが気づいていなかった。

2時間たっぷり使って、ゆっくりと食事をする。

 最初の茶そばから始まって、中華がゆ、その後は少しずつ固形物を口にした。噛むといろんな味がして、とても楽しい。

「ほら、パイン」

「あ、じゃ、お返しにバナナ」

チョコファウンテンとかいう、4段ある噴水みたいなモノ。

チョコが上から下に流れ落ちていく。

そこに長いフォークに刺した食べ物をくぐらせ、食べるというものだとか。ある程度食事をすませた時、男一人だと行きにくいからと連れてこられた。

「どれもこれも、チョコ通すとデザートってよか、ただのお菓子じゃん」

うんうんと頷くと、「だろ?」と嬉しそうな笑顔が返ってくる。

気づけば普通に会話してて、思い出したこと。お腹が満たされれば、自然体になるっていうこと。

実際荒んでた生活。食事だけじゃない。何もかもだ。

マシュマロをくぐらせ、ぱくりと食べる。

「それ美味いか?」

頷くと、真似してマシュマロをくぐらせ食べた。美味しそうに食べるその顔を見て、ため息が出そうだ。

 もうすぐこの時間が終わる。時間になれば、あの場所に戻るしかない。他に行き場がない。

不要と言われたのに、あの場所に戻る。ママはなんて思うだろう。

マンゴーをくぐらせたものの、口に運ぶ気にならなくなった。

「どうした?」

黙ってお皿を持って突っ立ってるあたしに、耳打ちする。

「つけたのに、食べる気が起きなくて」

正直もったいない。残しちゃダメなのに、たった一個が口に運べない。

「あー、だったらさ。……オヤジにやれば?」

「あ、うん」

言われるがままに。チョコつきのマンゴーを持っていく。

「どうかしたか?」

コーヒーを飲んでいた伊東さんに、「これ」とお皿を渡す。

「つけたのに、入っていかなくて」

そういうと、「いいよ。食べてあげるね」と笑って口に運ぶ。

その瞬間、「マジかよ」と背後から声がした。

(え? 何が?)

そう思っていたら、目の前の伊東さんが激しくむせた。

「ゲホッ……! ゲホン、こほっ」

「え? え? 大丈夫ですか?」

お冷を手渡すと、涙目のまま一気に飲み干す。

「バッカじゃねぇ? オヤジ」

呆れた口調でそういい、続けてこういった。

「甘いもの一切食えないくせして」

(えぇ?)

「だ、だって、伊東さんに食べさせろって。あたしてっきり食べられるんだとばかり」

こっちも涙目だ。

「オヤジがどんな反応するのか見たかったんだ」

バツ悪そうに頭を掻きながらそういい、「ごめん」と謝った。

まだ咳きこみつつ、ニッコリ笑う。

「平気だからね、マナちゃん」

あたしがしたことを許してくれる。

オロオロしたままでいると、大きなため息と声がした。

「オヤジ、マナに甘すぎんだよ」

そんなセリフ。

「そっか? 普通だろ」

「甘い、甘すぎ。激甘だね」

照れる伊東さんにつられて真っ赤になる。

「……バカみたいな親子だな。ったく」

言葉自体はよくないけど、顔は笑ってる。

「ほら、残ってる分食べてしまえよ」

「おー」

「……はい」

その何気ない会話が嬉しくって、くすぐったい。

楽しい。あたたかい感覚。自然とまた顔が緩んでたことに、今度は気づけた。

けど、笑った後に、脳裏に浮かぶこと。

(あの場所に帰るんだよね)

いろんな自分を思い出した楽しい時間が、もうすぐ終わろうとしていた。


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