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spiral  作者: 本城千聖
6/20

spiral~one~6

 暗い場所から明るい場所へ。明るさにまだ目が慣れない。

数歩歩いたところで、やっと目を開けられた。

「お腹空いただろ」

目の前にいたのは、伊東さんと知らない男の子で。

「どうして」

慌てて二つの手を同時に振り払う。

「なんで?」

そして、叫んだ。

「なんでいるの?」

迎えに来た人。他人。再婚したっていっても、あたしは家族じゃない。他人が迎えに来たんだ。

関わりを避けていただけに、どうしていいのかわからなくなる。

「伊東さんなんて、他人じゃない! それに」

男の子を横目で見る。

「……他人、ばっかり。他人しか、いないじゃ……ない」

涙が目の幅に溢れだした。手の甲で拭っても拭っても、いつまでも溢れて止まらない涙。

やっぱり来てほしいってどこかで思ってたんだ。願ってたんだ。

もしかしたらって縋りたかったあたしが、愚かだったんだよ。

どうしようもないほどに、ママに依存してたことに気づいた。ここが限界だった、きっと。

不要だっていっておきながら、後悔して探してくれるなんて夢みたいなこと。あるはずない。あるんだったら、もっと早い段階であった。

ママの言葉通り、あたしは不要な子なんだよ。

「あたしなんか、ほっといていいのに! 要らない子なのに」

廊下でペタンと腰を落とし、手のひらで顔を覆った。指の隙間から止めどなくこぼれていく涙。太ももに大きなシミが出来ていく。

声をあげて子供みたいに泣ければ、どんなにスッキリするだろう。一人でいるうちに、静かに泣く泣き方を身につけてしまっていた。

それに、大きな声で泣いたところで、一番気づいてほしい人には届かない。

フッと影が出来て、目の前に膝をつき、伊東さんが微笑んでいた。

「ちょっと止血しようか」

まだ滲んでいた、手首の血。ポケットからハンカチを出し、巻き始めた。

「?」

何かぎこちなくて、その困った表情に涙がすこしずつ引っ込んでいく。

「なんか、上手くいかないな」

巻いてくれるものの、血が止まる気配がない。

「貸せって。俺の方が上手いから」

そういったかと思うと、簡単に止血してくれた。

「ほら、こうやってここを絞めるんだっての」

「あー」

和やかに談笑する二人の姿が、胸を締めつけるだけ。苦しささえ感じる。

胸を抑えていると、心配げに覗きこむ二人。その姿から目をそむけた。

「独りにして……よかったのに」

呟けたのは、そんな言葉だった。本音なのかわかんない。なのに、勝手に出てきちゃった。

すべての感覚がマヒしてる感じ。混乱するしか出来ないでいた。

「そんなこと出来ないよ」

伊東さんはそういったかと思うと、フワリと絵本で見たことがある抱き方で抱きあげた。

「え? え?」

あんなの絵本の中だけだって思ってたのやら、優しさに戸惑うばかり。

「あの、ちょっと……その、下ろして」

至近距離に伊東さんの顔。身を捩ると、伊東さんの腕に力がこもったのがわかる。

「危ないよ? もうすぐ階段だし、動いたら落ちちゃうけど」

その言葉に体が固まった。

「マナちゃんは優しいね。僕が一緒に落ちちゃうって思ってくれたのかな?」

そういいながら、本当にあたしを抱きかかえながら階段を下りていく。何段もある、長い階段を。

後ろからさっきの男の子が付いてきている。二つの足音が階段に響いてる。とても静かだ。

その静寂を、男の子が破った。

「あー、腹減った」

って。

「それじゃ何か食べに行くか」

「外食? うっわ、ラッキー。何食おう、俺」

楽しげな会話にどんな顔をしていいのかわからずに、視線を落とす。

「マナちゃんは、何か食べたいものあるかい?」

不意に聞かれたものの、食べたい物を聞かれたなんて初めて。

ママはとにかく出したものを食べなさいだったし。それ以前に、

「あたしは、いいです」

一緒に食べていい立場って気がしなかった。そう感じた二人の空気。

「いいです、じゃないよ。美味しいものは、みんなで食べた方が楽しいんだから。わかったかな?」

きっとね、遠い昔だったらそれが当たり前だって知ってた。

パパがいてママがいて、あたしとアキがいて。

どんな食事だって、みんながいるというだけで笑顔になれた。

あの頃の食事は特別だった。

最近の自分の食事風景を思えば、尚のこと。そんな当たり前は、あたしには二度と訪れないと諦めてたから。

「おそば、ハンバーグ。んー、迷うなぁ」

「だったらいっそのこと、バイキングとかに行きゃあいいじゃん」

「あー」

二人の会話を聞いてたら、なんでだろ。また涙が滲んできて、勝手に体が動いてた。

「お父さ……ん」

伊東さんの首に腕を回し、ギュッと抱きついた。涙があたしと伊東さんの服を一緒に濡らしていく。

「……うん。一緒にご飯食べに行こうね。まずはそれからだよ」

「ごめ、な……さ」

声が出ない。言葉にならない。切ない。苦しいよ。

「うん、いいよ」

優しい声が胸に入り込む。温かくて、安心できる声。

「オヤジ、カギよこせよ」

その言葉に、伊東さんの鎖骨あたりにくっつけてた顔を上げる。

「息子だよ。マナちゃんのお兄ちゃん」

「え」

一階に下り、暗がりに走ってく人影が叫んだ。

「カギ開けたぞ」

「あの人が、あたしの」

「そう、お兄ちゃん。マナちゃんは妹になったんだよ」

ジャリジャリと石を鳴らしながら、車へと近づく。後部座席に、そっとあたしを下ろしてくれる。

「いっぱい食べて、痩せちゃった分、取り戻そうね」

頭を優しく撫でられて、どんな顔をしていいのかわからない。暗くてよかったって思った。

 暗い道を抜け、しばらく走ると光が一気に視界に入りこむ。さっき非常階段からみた景色の中に、今いるんだって気づく。

流れていく車の川。人がたくさん歩いてる。途中にママの勤務先の店が見えて、顔を伏せる。

(もうあの生活に戻りたくない。でもどうしたらいいのかなんて)

先の見えない不安が頭を支配していく。

と同時に思ったのは「独りは嫌だ」ということ。

 ゆっくりと車が停まる。

「さぁ、着いたよ」

窓からのぞくと、光が溢れだす店が見える。中にはたくさんの人。

緊張して、唾を飲み込む。

(本当のいいのかな、一緒に行っても)

それと、自分とは違って楽しそうな雰囲気の場所なのも緊張の原因だった。

「行くぞ」の声に、ドアに置いてる自分の手をみる。

袖にはまだ血の跡。服にもところどころ血がシミになってる。

「あたし、やっぱり」

こんな恰好じゃいけないからと言いかけた時、助手席から大きな塊が飛んでくる。

「うぶっ」

顔に当たって、変な声が出た。

「マナ」

男の子があたしの名前を呼ぶ。

「それ、着ろ」

よくみると服だ。大きめのパーカー。

「袖まくってけば、着れないこともないだろ?結構長いから、下の方も隠れるし」

着ろと言われても、いちいち「いいの?」って気持ちになる。

黙ってパーカーとにらめっこしてると、手の上からその重みが消え、

「中学生なんだろ? 自分で着れるよな?」

ズボッと頭にかぶせられた。

「袖くらいは自分で通せ」

「あ、う、うん」

袖を通す。ものすごく余ってる。

(おっきいなぁ)

汗の匂いがする。初めて嗅いだ匂い。

「さあ、行こう」

おそるおそる車を降り、二人の後に付いて行った。


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