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spiral  作者: 本城千聖
4/20

spiral~one~4

 なかなか引かない腫れ。このまま学校に行くわけにもいかず、熱が出ましたと嘘をつき休み続けた。

休んだ初日、担任からは弛んでるからだと言われた。胸がぎゅっと痛んだ。悲しくなった。

三日目あたりの電話の時には、副担任が、大事な時期だから無理をしちゃダメだぞって言ってもらえた。それがひどく嬉しかった。

「あー、お腹空いたな」

今日、何度目だろう。買い出しに行けないんだから、しょうがないか。

湯ざましをコクンと飲み、冷凍していたいつもの味気ないパンを焼く。香ばしい香りにお腹が鳴った。

伊東さんも変わらず来ていたけど、ドアノブにかけられるレジ袋を放っておくと、来なくなった。

万が一を考えて、受験勉強を進めていく。けど、空腹は集中力を奪っていく。そのスピードはとても早い。

「食べてるそばから、お腹減っちゃうな」

なにかを噛みたくて、指を噛む癖がついた。軋む音がするほど噛むと、肉の味がするんじゃないかって。

赤ちゃんの指しゃぶりみたい。かっこ悪いってわかってる。

「誰も見てないしね」

とか言い訳つけて、寝転がって指をしゃぶり続けた。

勉強をして、お腹が空いたらパンと湯ざまし。そして、指しゃぶり。それを繰り返し、腫れが引くのを待つ。

腫れが引けば、学校に行ける。学校に行けるということは、お金を下ろせるということだもん。

「あー、まだ紫のまんまだ」

鏡をのぞいては、ため息を洩らした。

 そうして数日経ったある夜、携帯電話が鳴った。

画面には公衆電話と出ている。

「はい、もしもし」

出ると、切れる。

「誰だったんだろ」

眠い目をこすって、またウトウトする。わずかな時間を置かず、また鳴る。次は非通知。

「眠たいのに」

イラつきつつも出ると、また切れた。

「……なんだろ」

大きくため息をつき、また眠る。結局この夜は眠ることを許されなかった。4日もこういう夜が続いた。

起きることができず、学校への連絡を忘れ眠っていた。聞き覚えのある、ママの好きな歌が流れる。ママ専用の着うた。

「ママ!」

慌て出ると、怒鳴り声で、

「あんたね、学校休むなら連絡してよ。恥かいちゃったじゃない」

と言われただけで、こっちの言い訳もなしに切られた。

電話が鳴った瞬間、ちょっとだけ期待してたみたい。あの時はごめんねって、大丈夫? って言ってくれるのかって。

数秒で終わった電話の後に、ものすごく落ち込む。もうママはママじゃなくなったんだって、また痛感した瞬間だった。

 夢見の悪い夜を過ごし、朝になって嬉しいこととガッカリすることが起きた。

腫れが引いてた。学校に行ける。買い物が出来る。でも、体が動き出さない。

「……眠い」

体が重たい。限界の上を越えた気がした。それでも行かなきゃダメだ。本気で空腹でどうにかなってしまう。

「はぁ」

ため息をつき、自分を奮い立たせてゆっくりと準備を進めた。

玄関にある鏡に映る、自分の姿。首にそっと手をあてると、息が苦しくなる。

「やっぱまだダメ」

こぶしを握って、唇を噛む。あの時の感覚は、目を閉じずともよみがえる。

ズルズルと足を引きずるように歩き、やっとコンビニに着く。お金を下ろし、財布にお金を入れて店を出た。

「あ」

せっかくお金を下ろしたのに、買い物を忘れてた。

踵を返すと、会いたくない人が立っている。

「おはよう」

その声に返す言葉がない。返せるはずがない。

「ダメだよ。他のコンビニ使っちゃ」

いつものように笑って、レジ袋を渡してきた。

「はい、お弁当。今日のも美味しいよ」

あの電話の夜がなかったかのような笑顔。無視し続けたレジ袋。

「来ないでって、あたし」

そこまでいいかけて、話してること自体もダメだと口を噤む。顔が歪んでいく。笑うことも出来なければ、怒ることも出来ない。

苦しい。辛い。

(どういえば、伊東さんに分かってもらえるの?)

伝えられない真実に、頭痛と吐き気が襲った。自然と首に手が行ってしまう。

ママのあの声。手の感触。もう嫌だ、あんなのは二度と味わいたくない。

学校に向かえばいいだけなのに、足が動かない。じんわりと張りつくような汗がにじんでくる。

かばんを抱きしめた格好のあたしの手に、伊東さんの手が触れた。

レジ袋を腕に通し、

「また来るよ」

とだけ言い、車に乗って去って行った。

ジュースとお弁当。それと、菓子パン。レジ袋を抱きしめ、呟いた。

「ごめんなさい」

食べ物を捨てるという罪悪感。それは伊東さんの気持ちも捨てるということ。それでもママに消される恐怖感の方が勝ってた。

コンビニのゴミ箱に捨てると、レジ袋の先が見えた。チクチク痛む胸と頭。何も買わずに学校へと足を向けた。

久しぶりの授業は眠たいだけだった。ウトウトしながら思った。

生きたいという執着心は、時々誰かを傷つけてしまうのかななんて。

そうしてまた過ごす数日。その間、伊東さんは毎朝学校の近くのコンビニ前で待ってる。

「おはよう。今日はいい天気だね」

他愛ない挨拶。それすら、慣れないこと。

それを思えば、あたしとママはどんな親子だったんだろうって疑問に思う。

横目で見つつ、通り過ぎる。

「お弁当。手作りじゃなくて申し訳ないけどさ」

追いかけてくる靴音。逃げるようにスピードを上げる。先生に、昨日聞かれた。一体誰で、何をしてるんだって。

ママが離婚したことは届け出てあっても、再婚したことは知らされていない。だから言えない、新しい父ですだなんて。

後ろに腕が引っ張られた。

「マナちゃん! ちゃんと食べなきゃダメだよ」

その声にあたしも、今いえる精いっぱいの言葉を返す。

「お腹いっぱいだからいらない!」

幼稚な嘘しか言えないあたし。

「そんなに青白い顔してて、ちゃんと食べてないんだろう?」

レジ袋を手に握らせようとしたのがわかった瞬間、腕を大きく振った。

地面に落ちたレジ袋。それを見つめたままのあたしにもう一度レジ袋を握らせて、伊東さんはこういった。

「また来るからね」

何てことない一言なのに、今は一番言わないでほしかった。

 学校に行っても、今日もまた睡魔と闘いながらの勉強。

あの電話以降、少しずつ変化があった。郵便受けから、ゴミが入れられていることがある。

ドアを開けると、玄関に散乱するひどい臭いのするもの。ドアを開け放したまま、片付けをする。

何度も消臭剤を撒き、それを済ませてからじゃなきゃ勉強が出来ない。

睡眠を削るいたずら電話に、ゴミ。電話だけでも滅入ってたのに、とどめを刺された気分で。

学校に来たら気が緩むのか、限界なのか。とにかく眠い。

そこに来て、伊東さんのこと。

もう嫌だと口から出かかるのを、何度も飲み込んでいた。

そんな繰り返しを経て、その日が来ていた。


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