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spiral  作者: 本城千聖
20/20

spiral~pain~9

「マナ、俺さ」

あたしの顔を拭きながら話しかけてくる。

「う、うん」

なんだかいつもの空気じゃないお兄ちゃん。ものすごく緊張してきた。

「あのさ、やっぱ順番守らなきゃダメだよな。俺のが先だったんだ、きっと」

とか話し出した。

また首をかしげてしまう言葉を口にした。

順番って、何のことを言ってるんだろう。

顔を拭き終え、ソファーを指される。おずおずと腰かければ、お兄ちゃんが隣に腰かけてきた。

真面目な顔で、どこか悲しげなお兄ちゃん。

「また……なにか、したかな?」

前髪の隙間から覗きこむように聞けば、「何もない」と薄く笑って首を振る。

この空気を変えるにはどうすればいいのかだけ考える。

けど、お兄ちゃんの様子がおかしい原因が自分じゃないなら、変える術が見つけられない。

「もうやめろ、そういうの。俺にはナシでいい」

静かな口調。すこし大人びた表情。

いつもはどこかおどけていたり、伊東さんと喧嘩してたりの姿しか知らない。

あとは、お兄ちゃんぶるところとか。

「俺、お前にまだ話してなかったよな。俺の兄貴と母ちゃんの話」

法事って言ってた今日。それはお兄ちゃんにとって大事な二人の命日。

「どうやって二人が俺の前からいなくなったのか、ずっと話さないできたもんな」

お兄ちゃんが横からあたしに手を重ねてくる。

ドキドキするけど、その手を拒むことができない。

「上手く話せるか自信ない。けど、話す。マナに俺たちを信じてほしいって思う前にさ」

そこまで言って、大きく息を吐いてから、

「うん。……俺たちの方が、お前にまだどこかで壁を作ってたら、お前が近づいてくれるわけないんだ」

まるで言い聞かせるようにそう呟くお兄ちゃんは、もう泣きだしそうになってる。

お兄ちゃんが話そうとしているのは、遠い昔の悲しい思い出なんだよね。

こんなに悲しい表情になってしまうなら、話すのは辛いはず。人の死を語るのは、簡単じゃない。

勇気がなきゃ無理だ。

「お前のそばにもっと近づかなきゃ、お前はこれから先も距離を置くだろ?」

「そんなことは」

その場しのぎをしようとした言葉を言えなかった。

いえばよかったのにと思うのに、逃したタイミング。

「怖がられないようにするには、同じ痛みを抱えられなきゃダメ……だろ?」

そういったお兄ちゃんの目尻から、涙がひとつ流れる。

「俺の兄貴、それと母ちゃん。二人とも、俺の目の前で死んだんだ」

お兄ちゃんの口が、ゆっくりと過去を語り出す。

そのたった一言はとても重くて、辛くて。

聞いた瞬間、ドクンと心臓が強く跳ねるように脈打った。

「出かけた帰り。迎えに来てくれた公園の入り口。そこにトラックが突っ込んできたんだ」

ドクドク、心臓がうるさい。これは、この話は、本当にあたしが聞いてもいい話なの?

「公園の入り口に停まってた母ちゃんの車に、後ろから突っ込んだトラック。飛ばされた母ちゃんの車に撥ねられた兄貴」

光景が見えそうで、目をつぶりたい。なのに、お兄ちゃんから目が離せない。

「兄貴が、俺の目の前に吹っ飛んできて。……そんで、目を見開いたまま、首が曲がってた。血まみれの兄貴が俺を……見て、た。焦点、合ってない目で」

頭の中いっぱいに、お兄ちゃんの悲しい思い出が広がっていく。

空いてる片方の手を、口に当てて声を堪えた。

泣きたいのはあたしじゃない。お兄ちゃんなんだもの。

「鼻につくオイルの臭いと、血の臭い。それがいつまでも体から離れてくんなかった」

お兄ちゃんの手が、重ねたあたしの手をギュッと握る。

「それから、何年か。オヤジは俺を責め続けたんだ。そっからは、俺もオヤジも地獄の毎日の繰り返しだったんだ」

震える手が、その辛さや悲しさを物語ってた。

「それでもさ、俺思った。何年もかかったけど、俺もオヤジも前に進めた。あの出来事が悲しい事実だってこと何だとしても、そのまま立ち止まってたら死んだ二人に顔向けできないし」

そう思えるまでに何年、何日かかったのかな。

あたしがアキの死を受け入れて、ママやパパから距離を置かれ。それを頭の中で仕方がないと諦めるまでもずいぶんかかった。

「あの女にどんな過去があろうがさ、それは一人の問題だろ。それを自分の子供に押しつけて、距離を置くためにしていいことじゃない。俺もまだガキだけど、それくらいはわかる」

お兄ちゃんの目が、悲しみの目から変わっていく。

なにか強い決意みたいなものを秘めているような。気のせいなのかな。

「……わかるの? ママがしたこと」

誰にも分かってもらえないって思ってたのに。

「わかるさ。善悪ってほどじゃないんだろうけど、あの女がしたことは善じゃないってこと程度は」

首をかしげる。

ママがしたことを善悪なら善ではないという。

けど、お父さんと再婚したママは、お兄ちゃんの家族だ。

善じゃないだなんて言っても大丈夫なのかな。いいのかな。

「お兄ちゃん」

空いてた手を、あたしの手に重ねてるお兄ちゃんの手に重ね。

「伊東さんが、ママに教えたって聞いたの。あたしの新しい生活のこと、色々」

その言葉を黙って聞いてくれるお兄ちゃん。

「伊東さんとお兄ちゃんは親子。だから、お兄ちゃんも同じだってあたし」

そういったあたしの言葉に、お兄ちゃんは微笑みながら首を左右に振った。

「え? だって」

親子だったら親に従うもの、だよね?

「オヤジはオヤジ。俺は俺。本当にオヤジがそうしたのか俺は知らない。けど、俺は違う」

お兄ちゃんは意志の強い目であたしを見つめて、はっきりとそう言う。

「だって、親子だよ? だから、もしも伊東さんがママの方を選べって言ったら選ぶでしょ? ママを」

あたしにしては珍しく、浮かぶ疑問をポンポン口にしてる。

いつもなら何か聞けば怒られるんじゃないかとか、顔色窺うのに。

「もう十分にいろいろ考えられるデカさに育ってるのに? 俺の気持ち無視するような親なんか、こっちから願い下げだな」

不思議そうに見つめているあたしに、そういいながら笑いかけるお兄ちゃん。

その優しい笑みは、何度もみた伊東さんの笑顔に重なる。

「オヤジだけを信じるんでもないし、あの女だけを疑うんでもないし。真実は自分で確かめてからでもいいんじゃねぇか?」

真実と言われ、眉間にシワを寄せた。

確かめるっていうことは、会うという事だもの。

「オヤジに聞いてみればいい。それが真実なのかって」

「……聞く?」

聞いて、本当にちゃんと答えてくれるんだろうか。

そこも不安だったけど、本当に怖いのはもう一つの方。

「や、だ」

即答するくらい、怖かった。体がブルッと震える。一瞬で思い出せる記憶。

「……すぐじゃなくてもいいって」

苦笑いをしてから、宙をみながらお兄ちゃんがため息まじりに呟いた。

「自己完結すんな」

まるで自分に言い聞かせてるようにも聞こえた。

「勝手にこうなんじゃないか、ああなんじゃないかって。それは本人の意思を、無視してるだけだろ」

確かにそうなんだけど、本人に聞くって勇気がいるんだよ?

「俺と話してみて、どう思った?」

「え」

「俺に聞けただろ、色々。まぁ、本当に聞きたいことの半分も聞けてないかもだけどな」

そういってから、重ねていた手を外す。

「お兄……」

言葉を失った。

気づけばふわりと包み込むように、お兄ちゃんがあたしを抱きしめていたから。

「断言してやる。お前は、独りにはならない」

独りという言葉。それは苦しい言葉。

「お前に聞く勇気がないってんなら、俺が分けてやる」

もっと強く抱きしめてくれる。

ポロポロ、拭いてきれいにしてくれた頬に、涙が伝う。

「だからお前から独りになろうとするのは、もうやめろ」

その言葉に、お兄ちゃんの背中に腕を回し抱きしめ返す。

「お兄ちゃん……。本当に? ならない? ……ひと、り」

子供のようにたどたどしく聞き返す。

「させねぇよ」

短くもハッキリした、強い言葉。

「……うん」

どうしてだろう。

伊東さんよりも早く、お兄ちゃんと呼べたこと。

不思議だよ。お兄ちゃんを疑って悲しんでたのに。

今語られた話ももしかしたら嘘かも知れないのに、どうしても信じたくなった。

「護る。お前のこと、ずっと」

「うん」

体だけじゃなく、心も丸ごと包まれている錯覚。それはとても気持ちのいい錯覚。

「話、終わった?」

その声にハッとして、振り返る。

物音もさせず、いつからか凌平さんが入り口に立ってた。


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