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spiral  作者: 本城千聖
2/20

spiral~one~2

 残暑。今日は週に一回の洗濯日。

あれからママが振り込んでくれたお金で学校に着ていくシャツを買い、着回して、土曜に洗濯をするようにした。

光熱費の節約のために、だ。

ママが振り込んでくれた金額で、どの程度生活できるのかわからない。だったら、やれるだけやって余ったら喜べばいい。

「んー、よく乾いてる」

まだ暑いだけあって、あっという間に洗濯物は乾いていた。洗濯物を手に、ほうっと息を吐く。

ママはまだ、あたしを一緒に連れて行ってくれないのかなって考えてしまう。

聞くに聞けない。聞けば、それなら最初から連れて行ってるでしょ? とか怒鳴られそうだ。

大きくため息をつきながら洗濯物を取り込んでいると、声がした。

「こんにちは」って。

自分にだなんて思ってなくて、ほっといた。

「マナちゃん」

階下をのぞくと、眼鏡をかけた男の人が頬笑みながら小さく手を振っている。

「こんにちは」

もう一度言われ、頭をちょこんと下げた。誰だろう、見たことない人だ。

残っていた洗濯物を一気に引きはがすように取り込み、玄関に向かう。

「あ、ちょっと待って」

カンカンと金属音を鳴らし、階段を駆け上がってくる男の人。

「マナちゃんだよね」

鼻先に汗をにじませながら、もう一度確認してくる。

「どなたですか」

一歩下がると、ドアが背中に当たった。

「いい天気だね。お洗濯してたの?」

「あ、まぁ」

曖昧に返す。無駄に笑顔で怖い。

「少しお話したいんだけど、ダメかな」

ゴクンと唾を呑む。

「だから……どなたですか」

焦れる。気持ちが悪い。黙ってニッコリ笑ってるまま、返事がない。

「あたし、失礼します」

バッとドアを開けて、中に入ろうとしたその瞬間。

「僕は、新しいお父さんです」

という声がして、顔だけ振り向くと、また微笑んでた。固まってしまう。当たり前だ。

「香代さんの娘さんのマナちゃんだよね。初めまして」

ママからは何の連絡もなかった。余計なことを言いそうな自分を飲み込んだ。

閉じかけたドアが、ゆっくりと開いていく。開かれていく。

「怖がらなくていいよ。マナちゃん」

その声は、いつも聞いてたパパの怒鳴り声とは明らかに違っていた。自分の周りにはいなかったタイプの人。

笑顔の人。

パパもママも怒ってる顔の時が多かった。笑ってる時は、お客さんと話してる時とか、パパがパチンコで勝ってきた時。

慣れていない相手に、さらに人見知りの自分。どんな反応が出来るって言うんだろう。

「また来るよ。今度は、そうだなぁ。うちの商品でも持ってくるかな」

「うちの商品?」

思わず返してしまった。そのあたしの声に、くすっと笑ってから、

「うん。コンビニのオーナーなんだ、僕」

そう答えてくれた。コンビニと聞いただけで、単純なのか身近に思えて体も振り向いてしまった。

「オーナーさん」

「そう。今度、廃棄のお弁当でも持ってくるよ。廃棄っていっても、早めに下げてるだけだから」

そう話した時、視界に入ったものが気になって、とっさに体が動いてた。

「汗!」

ポケットに入ってたハンカチを差し出す。目に汗が入りそうになってた。

「目のとこの……汗が、その」

差し出したものの、図々しかったかもと俯く。

「ありがとう」

ハンカチを受け取り、そのまま階段を下りて行った。

「今度洗って返すからね、マナちゃん」

「あ」

また来るキッカケを与えてしまったことを、すこし後悔した。車に乗っていなくなった、名前も知らない新しいお父さん。

部屋に入って、ママにメールすると、こんな返事がすぐに送信されてきた。

『何があっても関わらないで』

あたしはこのままずっと、ママと離れ離れなんだって知らされてしまった。

床にゴロンと寝転がる。何の気なしにテレビをつけると、楽しげな笑いが画面中から溢れてた。

「なんも楽しく、なんか……ないじゃない」

静かな部屋。賑やかなテレビ。温度差に泣きそうになるのに、やっぱり泣けない。

新しいお父さんに関わるな=自分の生活に関わるなっていうことだよね。

そう確認したくても、確かめてもっと落ち込むのは目に見えている。そんな自爆行為をするのは、バカみたい。

ゆっくりと慣れてきたはずの、一人暮らし。自分が望んでそうなったわけじゃない。それだけに、寂しさは募る。

考えないようにしてたのに、寂しいと気づいてしまう。気づかされる。

(諦めればいいだけ)

何度も言い聞かせる。けど、どこかでまだ待っているあたしがいる。

大好きなタオルを片手にママの帰りを待ってた、子供の頃のあたしみたいに。

テレビを消して、目を閉じた。

残暑の生ぬるい風が、頬を撫でた。何も考えないために、眠るしかなかった。

 あれから、何度もやってくる新しいお父さんという人。

名前は伊東さん。

「少し涼しくなってきたね」

制服姿で歩いていると、声をかけられた。

「こんにちは」

軽く頭を下げるだけで、そのまま立ち去ろうとする。だって、ママには関わるなって言われてるもの。

「あぁ、待って待って。ほら、新作のデザート出たんだ。食べないかな」

ガサガサとレジ袋を鳴らし、小走りしてくる。

「ほら、持って帰って食べなよ。マナちゃん、痩せすぎだよ」

実際、体重は激減といっていいほど減っている。体力がなくなってきた。

「いらないです。ちゃんと食べてます」

背中を向けたままそう返す。

「待ちなさい、マナちゃん」

いつもの口調とは違う声色になった。

「え」

思わず止まって振り返ると、怒ってるみたいだった。パパに怒鳴られた幼い記憶が、一瞬よみがえった。

「あのね、マナちゃん」

あたしの至近距離にまで近づき、肩にポンと手を置く。

「親はね、子供の心配をするもんなんだから。そういうこと言わないんだよ? いいかい」

意味のわからないことを言われた。その言葉の意味を考えるけど、心配なんてされたことがないから答えが出ない。

「でも、あたしは親子じゃ」

そういいかけて、ママと自分が遠い関係になってることを再認識しそうになったのが怖くなった。

胸が痛む。

すこし俯いたあたしの頭に、ポンポンと手のひらが置かれる。

「僕にとっては、子供なんだよ。だから甘やかせさせてくれないかな」

それから、左右に動かし、撫でられる。パパやママに撫でてもらった記憶はほとんどない。

くすぐったいような、切ないような気持ちになった。

「とにかく、これを食べてね。あんかけやきそばなんだ。好きだといいんだけど」

テレビで見るだけで食べたことがない。

そっと顔を上げて、「あ」だけ言えたのに、その先の「りがとう」が出てこなかった。

「うん、大丈夫だよ。ちゃんと聞こえたから」

これっぽっちのことで察してくれたのか、その言葉を聞いただけで安心した。

「またね、マナちゃん」

また小走りで道を戻っていき、いなくなった。

「あんかけやきそば」

味のないパンじゃなく、いろんな味や匂いのする食べ物。

「楽しみだな」

断っても断っても持ってくるお弁当。もったいないからと言い訳つけて、何度か食べたそのお弁当は、今の自分の生命線でもある。

だけど、関わってはいけない。

自分の中で葛藤を繰り返してても、やっぱり美味しいものが食べられるのは幸せだった。

 今日は二十日。ママから入金がある日だ。

「あれ? 忙しかったのかな」

口座には何百円かの残高だけ。

「明日になって入ってなかったら、メールしても怒られないよね」

カードをしまって、コンビニを出た。まだ二日くらい使える金額は持ち合わせている。

「秋っていっても、まだ紅葉しないんだなぁ」

そんなこといいながら、帰り道を歩く。景色をみる余裕があった。

ちゃんと食べる。寝る。それだけのこと。けどそれがどれだけ大事なのかということを、

ママと離れて暮らすようになって学んだ。

伊東さんがくれるお弁当を、二回に分けて食べる。同じ年頃の女の子で比べたら、きっと栄養は足りていない。

「そろそろパン焼かなきゃな」

足りていないけど、生かされるだけのお金が与えられている。学校や市に相談すると、きっともっとママと遠い関係になる。

生かされている以上、嫌われたくない。いつかをやっぱり信じていたい。甘いって言われてもいいから……って、思っていた。


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