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spiral  作者: 本城千聖
19/20

spiral~pain~8

「え」

どういうこと? どう反応していいのか困って、お兄ちゃんを見る。

「え?」

もう一度声を上げた。お兄ちゃんが唇を噛んで悔しそうにしてるから。

「どうしてそんな顔」

伸ばしかけた手は、なんでかお兄ちゃんに弾かれた。

「お兄ちゃん?」

「あ……悪い」

沈黙が重い。あたし、また何かやったのかな。

「ごめんなさい」

癖が出ちゃう。幼いころからの、癖。

「え?」

今度はお兄ちゃんが固まった。

「ごめんなさい」

謝ってやりすごすしかなかった、あの寂しい、長い長い時間。

「なに謝ってんだよ」

怒るお兄ちゃんに、あたしは繰り返し謝るしかできない。

「謝るな」

「だってお兄ちゃん怒ってるから」

「俺がなんで怒ってるか理由わかんないのに、自分が悪いのかどうかを聞く前に謝るのかよ」

「だってそうしなきゃあたし」

言葉を飲みこむ。

(そうしなきゃ生かしてもらえなかったって、言葉にしたくない)

続く言葉を言えずにお兄ちゃんを見つめるあたしに、お兄ちゃんがポツリ。

「マナ。お前さ、頭ん中で自己完結しないで、ちゃんと話してくれよ。あと、自分だけ下にする癖も直せ」

後頭部をカリカリ掻きながら、はぁっとため息を吐きながらそう言ったんだ。

「何があったんだよ」

「何って」

急な話題に、戸惑う。

話していいのか、ダメなのか。それもまだ判断できていないのに。

だいたい、ママにされたどこをどう言えばいい?

お兄ちゃんからは、ママは普通っぽくみえるとしか聞かされていなかった。

それを壊すようなこと、あたしが言ったとしたら……。

(またママが消しに来る?)

怖くなった。だから、あたしは自分を自分で守るために笑うんだ。

「ない。なにもなかったよ」

笑えてる? あたし。ちゃんと笑えてるかな。

目の前に鏡があったらいいのに、自信がない。

笑えてるのかわからないよ。

「……」

黙ってその言葉を聞いてたお兄ちゃんが「悪い」と呟いた刹那、音がした。痛みはその後。

「え……? え?」

左の頬。ママに殴られて痛む顔に、新しい痛み。

でもママに殴られた痛みよりも、お兄ちゃんの平手打ちとお兄ちゃんがしている表情が痛くて、あたしはまた泣いた。

「さっき奥の部屋から出てきた時点で気づけよ。俺はお前と凌平の話、ほぼ聞いてる。お前とあの女の間に起きたこともな」

言われてみればそうだ。

お兄ちゃんは奥の部屋にいた。聞いていた。

けど、それでもあたしから話を聞こうとしたんだ。

その理由は……?

自然と困った顔になったあたしに、お兄ちゃんが問いかけてくる。

「なんでそんなに俺のこと信じられない? お前と母親とが過ごした時間と同じ時間がなきゃ、信じてもらえないのか?」

「そんなつもりは」

ないといいかけて、それも飲み込む。

いろんな言葉を飲み込んでばかりだ。

「お前は十分に自分の気持ちを出せるって、今やっとわかった。出会ってから今まで見てきたお前は、きっとまだ俺に距離置いてたってことだろ」

お兄ちゃんの口調は、どこかまだ怒りを含んでいるよう。

「違っ」

怒ってるお兄ちゃんになんとか許してもらおうと、否定を肯定しようとする。

けどそれこそ、本当は一番してはいけないこと。この場では許されないこと。

それに気づけずに、あたしはとにかく許されたくて縋る。

「いい加減にしろ」

お兄ちゃんがもっと顔を赤くして怒ってる。

あたしは何も言えなくなって、ただ青くなるだけ。

どうすれば許してもらえるの? お兄ちゃんに触れたくて、でも怖くて。

「話せよ、二人で」

凌平さんが部屋を出て行こうとする。

「あ」

また、だ。なんで?

「ん?」

凌平さんが足を向けた方向に、体が勝手に動いて、数歩付いていってしまうあたし。

「……なぁに? マナ」

今度は追いついてしまえる距離だったみたい。つまんだシャツの裾。

「どうかした?」

長身の身を屈め、視線を合わせてくれる。

「別にあたしは」

本当に何してんのかな。凌平さんに何か言いたいことあったっけ。

「……そ? じゃあ、ナオトと話しときなよ。俺、ちょっと抜けるから」

裾をつかんでいた手をソッと離し、手をヒラヒラ振っていなくなった。

今まで凌平さんの服の裾をつかんでいた手を見つめる。

(何したかったんだろう)

わからないや、全然。さっきも今も、なんで後を追ったのか。

「……マナ」

お兄ちゃんの声で自分が呆然としてたことに気づくまで、ずっとその場に立ってた。

「あ、うん。はい」

気の抜けた返事をして、「ごめんなさい」とか、また謝ってるあたし。

そんなあたしをお兄ちゃんは悲しそうに見てて、あたしはまた困惑する。

さっきまでは怒ってて、今度は悲しそうになってて。

「もういい」

諦めの言葉を吐かれ、心底困り果てて、床に足がくっついたようになった。

立ってればいいのか、座ればいいのか。何を言えばいいのか。沈黙がまた続く。

(お兄ちゃんと話せって言ったけど、無理だよ。凌平さん)

心の中で文句を言う。勝手なこといっていなくなった人に。

お兄ちゃんが奥の部屋に行って、タオルを手にして戻ってきた。

キッチンに行って、タオルを濡らしてる。動く先々を目で追う。

まるで親を目で追う子供みたいな感じかもしれない。

とても、必死に……。

「マナ」

お兄ちゃんが、ギュッと絞ったタオルを放ってきた。

(タオル?)

今さっきまでの表情と変わって、明るい笑顔になって、

「それで顔拭け。涙でグチャグチャのままだぞ」

いつもの明るい笑顔でそういった。

タオルを手にボーッとしてるあたし。

「顔も自分で拭けないとか言うなよな」

ゆっくりと近づいて、タオルをあたしの手から取って。

「ほら、目をつぶれよ」

優しく顔を拭いてくれる。

「う……」

こんなことされたことってない。きっと赤ちゃんのころにはあったのかもとは思う。

「逃げるなって」

ギュッと顔をしかめて、半歩下がる。

「だ、だって」

恥ずかしい。ものすごく照れくさいんだもん。

「ったく、いろんな意味で手がかかる妹だよな」

その言葉にソッと目を開けば、またどこか悲しげな目に戻ってた。


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