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spiral  作者: 本城千聖
17/20

spiral~pain~6

「だからさ、ママって呼んでた人と一緒にいたけど様子がさ」

なにか違う気がした。

「それだけで、他人のことに首をつっこむこと出来るんですか」

水分を取っただけで、喉がずいぶんなめらかになる。

「だってさ、様子がね」

言いよどむってこういう感じなんだろう。この人も、あたしに、

「隠さないで話してくれませんか」

嘘をつこうとしてる。ごまかそうとしてる。

その感情を持たれるのが、激しく怖いと思い始めたあたしがいるんだ。

「マナ」

「なにもないんです、あたし。信じていいモノも人も場所も。これ以上傷つかないから、隠さないでいいです」

これ以上傷つきたくないと思った瞬間、ゆっくりとだけど願いを言葉に出来た気がする。

そうだ、すべてを失ったって思ってもいいんだもの。

伊東さんとお兄ちゃんは正真正銘の親子。

お兄ちゃんが親が決めたことに従うのは当然だもん。

あたしがママに従って生きてきたのと同じように……。

もしもそうじゃないとしても、実の父親に逆らってまであたしの味方をするようなことはないでしょ?

「なにもないってことはないんじゃないのかな。少なくともナオトはマナのこと、大事にしてると思うけど」

こう言ってくれてても、結局は第三者。

ううんと首を振って、「教えてください」と繰り返した。

お手上げといったジェスチャーをしてから、「あのね」と切り出す。

手のひらでしっかりとペットボトルを包み、ギュッと力を込めた。

「嫌なだけ」

短すぎる言葉に、一瞬固まる。

「い、嫌?」

思わず返すと、

「人が死んじゃう気配がするってのが嫌なんだよ」

と、ため息まじりに答えてくれた。

「俺の友達の妹がいてさ。間違いないって確認までして、それで様子がヘンって。ほっとけると思う?」

当たり前のように言われても、あたしにはそんな感情は理解できない。

親子の関係のママに、あんなことをされたあたしに、初対面の女の子を心配する男の人。

どっちが常識的なのか、ママのあの行動を見てしまってからはわからなくなった。

「俺ね、ぶっちゃけ君の苦しみはわかってやれない。ごめん」

この人はつくづく不思議なことをいう人だな。

あたしの痛みはあたしにしかわからない。当然だよ。

「謝る必要、ないです」

そっと首を押さえる。あの日からずっと胸には小さなしこりがあるままだ。

「あたしは今までもこれからも、ずっと独りだから」

だからきっと理解なんかされない。興味も持たれないって思った。僻みなんかじゃなく、事実だ。

(そうだよね、ママ)

心の中で確かめるように呼ぶ。だけど、たった一言で一蹴される。

「バカ」

たった二文字で、あたしの一言はなかったことにされるんだ。

「なに、マナは誰も自分に興味持ってないって思ってるわけ」

「え」

なんだか怖い。

「どうなの」

「え、あ、ま……まぁ、はい」

押され気味になりつつもそう返すとまた「バカ」という。

「なんでそんなにバカなんだろうね」

そういってから、黙ってあたしの顔を見てる。

「あの」

「……なに?」

「えと、その、どうしてずっと見てるのかなって、あの」

よく見ると黒目がほんのちょっと茶色の目。

「ダメ? みてたら」

ダメ? というその目が、あたしを射抜くようですこし怖くて目をそらした。

「そらすなよ、目を」

そういわれ視線を戻すものの、やっぱりまっすぐは見れない。

「俺ね、マナのこと好き」

突然の告白。

「へ」

「なんだよ、その返事。あんまりだなぁ」

「え、だ……だって、今日初めて会って、その」

見られたくない格好のところを助けてくれたんだよね。

「俺は好きだよ、マナのこと」

それに、好きと言っても、あたしの何を知ってて好きと言ってくれているのか。

「あたしは」

「うん、なぁに? 言って、言って」

楽しげに返すその言葉に、なんとなく聞きたかったことが言えなくなる。

言葉に詰まっていると、ニッコリ笑ってこういった。

「ナオトもマナのこと、大好きだよ」って。

この場にはいないお兄ちゃんの気持ち。

この人から聞いて、それを事実だと思っていいの?

ダメ、だよね。きっと。

「からかってるんですか? あたしが……その、誰も興味を持ってくれないって思ってるような態度取ったから」

「そんなことで好きって言葉を軽々しく使わないよ、俺は」

そういったって、あたしはこの凌平さんて人の性格を知らない。

「わかんないです、そういわれても」

「じゃ、これから知ってよ。俺もマナのこと、知っていくつもりだから」

あたしをみつめて、ふふと笑うだけ。

その笑顔は、どこか楽しげでもあって不思議。

「でも」

「それじゃ質問。なんで今日会ったばかりの俺のとこ、ついてきたの? 少なくとも興味もってくれたからじゃなくて?」

そう言われても、イエスとは返せない。どこにも行けないっていうのもあったし。

「理由がどうであれ、一瞬でも俺のこと信じてついてきたんじゃないの? ただ流されたんじゃなく」

言われて、思い出す。

一瞬顔を歪めそうなことも思い出しかけたけど、見ないふりをする。

そうして思い出したのは、少し違うんだろうなということ。

多分諦めたんだ、これ以上も以下もないんだろうって。

自分の身内からあんなことされて、これ以上の悲しみはないだろう。苦しみもないはず。

「好きって……あたしに、なにかしたいんですか?」

涙がひとしずく。さっきママといた男の人を思いだした。

男の人が好意を持っていたら、きっと体を求めるんだろう。

「でもあたしの体、もう汚いんです。……ごめんなさい」

そういうと、静かに、でもどこか怒った声で、

「さっきの男?」

と、さっきと同じことを聞く。

どうせ諦めていること。

お兄ちゃんにじゃなく、この人に話したところできっと何も変わらない。

「違う」

何も変わらなくても、どうせ吐き出すなら、誰も傷つかない相手にならいいよね?なんてずるいことを思って、ゆるく首を振る。

頬笑みながら話をしていく。

「ママに汚されたんです」

「ママに? どういうこと?」

ずっと笑ってるあたし。上手く笑えてるかな。

今までママやパパに怒られないために笑い続けてきたから、きっと笑えてるよね。

「脱がされて、なにか棒状のものをママに入れられたんです。大人にしてあげるって」

喉がカラカラになってきた。でも言葉が勝手に続いてく。

「言ったんです、邪魔でしかなかったって。不要……って」

凌平さんて人は、ずっとあたしをまっすぐ見てる。ちゃんと聞いてくれている。

「それ以前に捨てられたようなものだったんです。再婚しても置いていかれて」

「……うん」

「不要って言われて、自分が要らないことが悲しくなって。だから死のうとしたんです」

あの時の光景がよみがえる。きれいだった街の明かり。

「それは中学生の時で。でもお兄ちゃんと伊東さんに助けられた。けど」

けどと言いかけ、宙を眺める。

お兄ちゃんとたくさんいろんなことを話した時間が、今は切ないと思える。

「そうして差しのべられた手も、嘘だったみたいだし」

そうあたしが言った時、ふぅ……とため息が聞こえた。

「それで? 今はナオトもナオトのオヤジさんも信じられないってこと?」

改めてそう聞かれて、正直迷う。

「嘘つかれたのかもって思っても、本人に聞けてないし。だから、わかんないんです。ただ……」

「ん? ただ?」

「今は、会うのが怖い。どんな顔して会えばいいのか」

笑ってるはずなのに、手が震えてる。その手に凌平さんて人が、手を重ねてきた。

「どんな顔も何もないよ。家族なんだろ?」っていいながら。

不思議と震えがおさまってくる。

「じゃ、質問変えるよ。どうして俺にそんなこと告白したの」

「告白?」

「うん。だって内容的に、簡単に話せることじゃないでしょ」

「それは」

あなたなら傷つけてもいいかなって思ったなんて言えない。

「すこしは信用してくれてるって思ってもいいのかな」

「……」

何て言えば納得させられるのか分かんない。

それにどうしてか、ずるい自分を知られたくないとも思った。

「じゃあ、なんとなく?」

「……」

ごまかせるような言葉が浮かばない。

言葉に詰まったまま黙っていると、

「ま、いっか」といい、奥の部屋に行ってしまった。

「あ」

なんでか立ち上がって、いなくなった部屋の方に数歩進んでしまう。

追いかけようとしたの? あたし、今。

凌平さんは奥の部屋に行ったものの、本当に人がそっちにいるのかと思えるほどに静か。

(なんか、一人でいるみたい)

静かすぎる部屋は嫌だ。

長いこと住んでたあの場所。そこで起きたこと。いまだに首周りに、なにも巻けないあたし。

心の傷。

味気ないご飯。

触れられないママの心。

思い出したくなくても、容易に思い出せてしまう。

独りを思い出すのは嫌だ。知らず知らずに呼吸が早くなっていく。

「は……っ、はっ」

手をつき、四つん這いになる。ダメ。苦しくて、自分を支えていられない。

「ママ……」

フラッと床に崩れ落ちそうになったその時、

「マナ!」

あたしを呼ぶ声と、たくましい腕。

酸欠になったあたしにかけられた言葉は、

「なぁんで、助けてって呼ばないの? ……バカだよ、ホント」

バカって言ってるのに、どこか優しい言葉。

優しくされたら、どうしたらいいの?

どんな顔したらいいのか、教えてくれたらよかったのに。

ママは欲しくないことだけ、たくさん教えて。たくさん傷つけて。

悲しみばかりを知らされてしまった、あたし。

袋で口と鼻を覆い、また呼吸する。

眩む頭で考えられたことは、やっぱりあたしはバカなの? なんてことだった。


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