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spiral  作者: 本城千聖
15/20

spiral~pain~4

冷たい床で、カーテンを体に巻いて寝転がる。

昼間はあんなに暑かったのに、この時間になったらこんなに涼しい。それ

に付け加えて、体温が奪われていく行為の繰り返し。

「これ、ぽっちなの、に」

あたたかい。それと、何かに包まれているっていうこの状態がいいなぁって思った。

長く息が洩れた。

このままほっとけば死ぬかもしれないのに、この瞬間は幸せだ。包まれるっていいなぁ。

「……」

カーテンが外れて見えた空。

あの荷物、捨てられちゃったのかな。

「初めての贈り物だったのにな」

二度と会えないかもしれない。せめてお兄ちゃんに最期に会いたかった。

あの電話でお兄ちゃんがこの場所を探すことなんか出来ないよね、きっと。

「お兄ちゃん……」

まだ聞いていない、お兄ちゃんの哀しい過去。

聞きたかったって思いながら、襲ってくる眠気に抗えずに眠る。

もしかしたら、起きることが叶わなくなるかもとどこかで思いながら。

 もう何も吐けないのに、吐き気のせいで目が覚めた。カーテンを引きずるようにして歩き、トイレで吐く。

カラカラなのに、まだ出ていくの? 体に水分あったの?

「はぁ」

四つん這いにならなきゃ歩けない。吐いたらこんなにも力が抜ける。

リビングとトイレの間で、寝転がったまま動けなくなった。

「お腹空いたな」

ポツリと出た呟きに、失笑した。あたしって、おかしいのかも。こんな時ですらお腹が減ったとか思ってるし。

体の痛みの方が上回ってるのに、吐き気はまだあるのに。

「それでも、お腹は鳴るんだね」

吐いて出ちゃってるんだからと言い訳すればいいのかも。

にしても、この状況下でなんて平和な考え事だろう。

「あの時の茶そば、美味しかったっけな」

三人でした食事が真っ先に浮かんだ。

ママやパパとした食事じゃなく、明るい店で二人が笑ってた楽しい時間。

小さな気づかいをたくさん感じられた時間だった。チョコのことだって。

「あ」

伊東さん。

伊東さんのことを思い浮かべるものの、これ以上考えることを止めたくなる。

どうしたらいいのかわかんないよ、これじゃ。行ったり来たりの頭の中。

もしも生きて帰れたら、どう接したらいいのか決められないよ。

「チョコ、頑張って食べてくれたっけ」

ママが言う伊東さん。

あの時みて、感じた伊東さん。

どっちもを大事にしてくれているって思えばいいだけなの?

「お兄ちゃんに聞いたら、答えてくれるの……かな? それとも」

はぁはぁいいながら呟く。

「お兄ちゃんも? ……信じちゃ、ダメ?」

ママのこと、普通に見えたって言ってたもんね。

「またあたしだけ独り?」

まだ決まってもいないのに、頭に浮かんでは消える三人の姿。

あたしと離れた場所で、伊東さんとお兄ちゃんとママが楽しそうにしてる。

「やっぱり一緒にはなれない?」

寝転がったまま泣く。

あの頃から変わらない現実は、いつになったらあたしを解放してくれるの?

思えば思うほど、胸が苦しくてたまらない。

孤独という言葉を思い出す。

寂しくないと思えるのはいつなんだろうと思いながら、何年も過ごし。

愛されたいと願い。やっと手を伸ばした先に、誰かのぬくもりが触れると思ってたのに。

「やっぱりアキんとこ、逝った方が、いい?」

力が抜けていく。

人間生きたいと思えるナニカがなきゃダメっていうけど、本当だって思えた。

今のあたしには守ってくれる人も、一緒に笑いたいと思える人も。何かをしたいという目標も、いたいと思える場所も……ない。

ゼロだ、あたし。

「う……ふ、っく」

誰もいないのに堪えながら泣く。

泣けば体の水分が減ってしまうのに、体に残っている水分のすべてを出しつくすほどに泣けてきた。

「一回だけ、でいい、か……ら。誰かに」

誰もいないのに手を伸ばす。

触れたかった。誰かのぬくもりに、心に。

そしてそれは、あたしも同じだった。触れてほしかった。興味を持ってほしかった。

「あ…ぁ」

力がどこにも入らなくなってきた。目がかすむ。白くぼんやりとした景色。

玄関から誰かが入ってくるわけないのに、顔はそっちに向いてしまう。

気づいてって最期の最後まで祈りたくてたまらなかった。

「ママ」

絞り出した言葉は、最後まで求め続けた人の名。

涙の温かさが頬から伝って、床にこぼれる頃には冷たくなってく。その冷たさにまた涙がこぼれて、意識を失くした。

もうこのまま死んでしまえば、寒い思いも辛い思いもしなくていいよねと諦めかけてた。


 ふわり。

揺れて温かくって、思わず頬が緩んだ。

目を開けた先。そこが天国だったならあたしは許されたことになるのかな。

アキに、ママに、パパに、すべての人に。

目を開けたいのに、目が開かない。やっぱり死んだんだ、あたし。

でもここ、あったかいよね。かろうじて何かが聞こえる。

誰かが話してる。それから、車のエンジン音。

(エンジン音?)

じわりと背筋が凍った。そこの場所は温かさを感じるのに、まずい人がいる気がした。

誰かがあたしを運んでる。聞いたことがない声の誰か。

どこに連れて行かれるの? ママに暴行されて、哀しい過去を聞いて、独りになって。

それでもまだあたしは何かの罰を受けなきゃいけないの?

体がブルッと震えた時、何かが動いた感覚。

目を閉じててもわかった。

(あたしに何か掛けてくれた?)

どうやら助手席らしい。真横から腕が伸びてきたようだった。声がしてるのは一人だけ。

なんとなくだけど、他に気配がない。あたしに何かを掛けてから、また話し始めた。

「あ、あぁ。大丈夫。んー? あぁ、うん。とりあえず俺んち運ぶ」

すこしだけ低めの声。柔らかい話し方。

誰? この人。周りにこんな声の人いないし。

「オヤジさん連れてくるのか? ナオト」

その名を呼んだ瞬間、不思議なことに腕が動いた。感覚だけで、誰かの腕をつかんだ。

そして、目が開く。

「え?」

驚く声。そして、ゆっくりと車が停まった。

「ちょっと待て、ナオト。あとでもっかい連絡するから」

携帯をパクンと閉じて、携帯をダッシュボードに置いた。

「大丈夫? 病院行く?」

言葉は好意的な言葉なのに、お兄ちゃんの知り合いらしいと思っただけで怖くなった。

もしかしたらこの人も、あたしを壊す人? 裏切るための誰か? って思いたくなる。

「だ、れ?」

かろうじて出た声。

「あ、あぁ。うん」

声が低くなってる。体中の水分がなくなってる感覚はまだある。

「なにか飲む?」

ううんを首を振る。そしてもう一度「誰?」と聞く。

ややしばらく間が開いて、ゆっくりと「凌平」と名乗った。

「りょうへ、さん?」

声が上手く出ない。お腹に力が入らないし、喉が乾いてるし。

「うん、凌平。ナオトの友達」

お兄ちゃんの知り合いなのか、やっぱり。

でもなんであたし、この人に運ばれてるの? というか、あたしのこと知ってる風。

「病院行こうか?」

ううんと首を振る。

「じゃさ、ナオト呼んでもいい?」

自分が立てた予想が頭によぎる。やや間を開けてからまた、首を左右に振る。

「マナ」

名を呼ばれて、体が硬直した。

「体、大丈夫ならさ。……俺んち連れて行ってもいい?」

真意がわからないけど、どこか諦めたように頷いたあたしがいた。

「大丈夫。何もしないから、俺」

そういい微笑む。ゆっくりとまた動きだした車。車の時計を見ると、夜の十一時過ぎ。

「本当に病院行かなくていいの?」

行ったところできっと聞かれる。火傷の痕に、殴られたり蹴られた痕。

それをどうごまかすかなんて、浮かばない。また首を左右に振ると「そっか」とだけ返ってくる。

「ナオトに会うの、嫌なの?」

嫌というのか、怖いというのか。お兄ちゃんにまだ何もされていないのに、会っていいのかわからない。

「わかんな、い」

声が震えてしまう。

「そっか」

車内が静かになった。ふと俯くと、自分のしている格好がすごいことに気づく。

裸にカーテンを纏い、胸からお腹辺りまでに掛けられたジャケット。

体はアチコチ痛む。車に揺られてたら、ムカムカしてきた。

何も言えずに窓に顔を向けたまま、口元を押さえる。

ダメ、吐いたりしちゃ。

誰かわからないけど迷惑がかかる。そう思った。

堪えていると、どんどん哀しくなってきて涙が溢れた。吐きたくてなのか、泣いてるからなのか、肩が上下してしまう。

苦しくなってくると、意識がぼやけてくる。

意識が飛びかけた時、肩を掴まれた。

「ちょっと、大丈夫? 吐きそう? 車停めようか」

ううんと振り向くこともなく首を振る。

(ダメだ。誰も信じちゃ、頼っちゃダメだ。迷惑かけたらダメ)

自分をどんどん小さく狭くしていく。

きっとそうすれば生きていける気がした。誰の邪魔にもならずにいられれば、生かしてもらえるんじゃないかって。

いろんな苦しさに涙が止まらない。

また意識が落ちると思った瞬間、車が急停車して、大きな音がした。


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