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spiral  作者: 本城千聖
10/20

spiral~one~10

伊東さんの方を見て、

「お兄ちゃんに一体、何を話したんですか?」と、聞く。

あたしの散々な毎日を知ってるはずがない。

「僕は、一緒に暮らすことが叶わないけど、お前には妹が出来た……と。病気で会えないわけじゃない。でも、きっといつかは暮らせるようになるよと話した」

「それっぽっちで、どうしてここまで関わろうとするの?」

お兄ちゃんを怒鳴りつけると、逆に穏やかな声でこういった。

「それっぽっち? お前を見てるだけで、十分にみえるって。どんな暮らしをして、どんな思いをしてきたのか」

そういってから、お兄ちゃんは涙をひとつだけ流して、こぶしで拭った。

「お前が安心して眠れる場所に連れて行ってやる」

自分のために涙を流したお兄ちゃんに、戸惑いを隠せない。

「それって」

「俺とお前の部屋だ。俺はお前を傷つけない。安心して眠っていい場所を、お前にやりたいだけなんだ」

喉がギュッと絞まってく感じがして、声が出ない。

「オヤジには悪いけどよ。俺は新しい母さんよか、この数時間みてきたマナを信じたい」

そう語るお兄ちゃんは、とても辛そうで。

「……わかってる」

そう返した伊東さんも、お兄ちゃんと同じように辛そうな表情をしている。

「ごめん、オヤジ」

「……いいさ」

伊東さんは哀しげな顔で、どこか遠くを見てる。

伊東さんとママの間にあるもの。

お兄ちゃんとママの関係。

見えないものが多すぎるまま、決めてしまっていいのかな。

安心して眠れる場所に、一歩進んでいいの?

いろんなことが起きすぎて、どう考えていいのかわからず涙がこぼれた。

しゃくりあげるように泣くあたしに、お兄ちゃんが聞いた。

「マナ、ベッドカバー決めようぜ」って。

肉親という、血がつながっている人に突き離され。他人という、血のつながりのない人に手を差し出されている。

独りにならなくていいのなら、試す……?

「……」

涙をぬぐって、ゆっくりと立ち上がる。

小さなことだけど、勇気を出そう。

「んー?」

カートに先に戻ってたお兄ちゃんと伊東さん。二人に向かって、両手を差し出す。子供みたいな試し方。笑われてもいい。

「バカだな、案外」

そういいつつも、黙って伸ばされる手がある。

いい、もう。今日、眠れたらいい。繋いだ手の温度を、今は信じるしかない。

もしも裏切られたら、そこからまた考えればいい。

あの夏の日に、ママに置いて行かれた時のように……。

 赤いチェックのベッドカバーに、ピンクのラグ。いろんなものをどんどんカートに入れていく。

「必要最低限でいいです」

さすがに、金額が気になってきた。

「全部必要だよ」

そういった後、伊東さんはコソッと耳打ちをする。

「女の子しか使わないものあったら、入れていいよ」

そういった伊東さんは、少しだけ耳が赤い。

「あ」

一瞬でわかった。コクンと小さく頷き、近くの売り場に駆けていく。

「マナー?」

お兄ちゃんの声がするけど、一緒になんて買いに行けない。アチコチみながら、腕に抱えて戻る。

「……ぷっ」

アチコチみたのに、やっぱり贅沢は出来ないと思う自分がいる。

そんなあたしを見て、なんでか噴き出すお兄ちゃん。

「それだけで足りるの?」

伊東さんも笑ってる。

「あ、はい」

そっとカートに入れると、

「後で足りないもの買うお小遣い渡さなきゃな」って、伊東さんが頭を撫でてくれた。

 店を出て、しばらく車を走らせる。

途中で夜食にと買ってもらった、サンドウィッチとレモンティー。お兄ちゃんは焼き肉弁当を買ってもらってた。

新しい部屋だよと言われた場所には、あたしがカギを開けて最初に入る。

「早く電気つけろよ」

「あ、うん」

らしい場所に手を伸ばし、明かりをつけて驚いた。

「は……」

ため息とも何とも言い難い息が出た。

冷蔵庫に、小さめのレンジ。テーブルがあって、ローソファー。キッチンとすぐ横のバスルームの間に、コンパクトな洗濯機。

「あ! ベッド」

隣の部屋には、何も敷かれていないベッドがポツンと置かれていた。

「マーナー! 荷物ー」

玄関でお兄ちゃんが叫んでる。

「はぁい」

気分が高揚してくる。

本当に新しい生活をここで始めるんだっていう気分が、自分の胸の中に溢れだしてきたんだ。

「ラグは重いから、こっちのベッド関係の持っていけよ」

「うん」

元気よく返事をして、レジ袋を受け取った。

「じゃ、どんどん置いてくから、持てるものあったら持ってけよ」

「はぁい」

慌てなくていいのに、自然と動きが軽く、早くなっていくんだ。

早く荷物を整えて、自分の部屋を作りたいって。

ラグ、どの位置に敷こうかな。

さっき伊東さんがオマケって言って買ってくれた、水色のパジャマ。

ふかふかの真新しいバスタオル。

どれもこれも、あたしのためだけに揃えられたもの。

単純だっていいよね。楽しい。まるでさっきの食事みたいなんだ。

「これって」

「あー、食器だから」

「気をつけなきゃだね」

「あ……そうだな」

タタタッとリビングに行き、テーブルの上にレジ袋をソッと置く。

「まだあるのかな、お兄ちゃん」

きっと恥ずかしいくらい浮かれてる。興奮気味に急かしてるあたし。

あれもこれもやってもらってる立場なのに、本当はダメ……だよね。

「いいな、お前のそういう顔」

ダメだよねとよぎっても、お兄ちゃんの言葉がそれを許してくれる。

「そ……っかな?」

嬉しいのに照れくさい。あたし、今、どんな顔してる?

「後はオヤジがこっちに来たらおしまい」

「そっか」

落ち着かない。

「ソファーに座ってればいいだろ?」

「あ、うん」

言われるがままに座るものの、なんだか座ってられない。

「どうした?」

お兄ちゃんが不思議そうに聞いてくる。

「あ、えっと」

バカだなって思う。子供だ、すっごく。時間が遡ってるみたいな高揚感しかない。

「部屋、セッティングしてもいいのかな」

つまりはそういうことで。

「あ?」

「伊東さん来てからじゃなきゃ、叱られるのかな」

俯きがちにしつつ、目線だけ盗み見るように動かすと、肩先だけ震えて笑ってる。

「お兄ちゃん?」

なんかおかしなこと言った?

「ごめんなさい」

意味なく謝る。ママといる時に身についてしまった、とにかく謝るという方法。

「なんで謝ってんだよ、バカ」

まだ笑いつつも、拳を軽く頭にコツンとぶつけてから呟く。

「好きにやっていいんだっての。ここはお前の部屋なんだし」

「いいの? 本当に? 叱られない?」

「なんで叱られなきゃなんねぇんだよ」

「だって、お金出してくれたの伊東さんだから」

勝手に動くとママに叱られたことを、思い出した。

「金を出したのがオヤジなんだとしてもな、お前がやんなきゃ自分の部屋にならねぇだろ」

そういってから、トンと背中を押す。

「早くお前の部屋みせろよ」

「う、うん!」

まだ笑ってるお兄ちゃんの横を通り、部屋に入る。まだなにも出来ていない部屋。これから作る、あたしの部屋。

「んと、最初になにすればいいんだろ」

早く部屋らしくしたいのに、どこから手をつければいいのか悩む。

「そうだ、マナ。ラグをさ」

いいながらラグを運んできたお兄ちゃん。

「……どうしよう、お兄ちゃん」

ポカンとした顔で、あたしを見下ろしてる。

「ドライバーがないと作れないよ、コレ」

ピンクのカラーボックスの梱包を解き、早速困っていた。

 伊東さんが家に入ってきて、最初に見たのはお兄ちゃんの笑い転げてるとこ。

「やっ! 笑わないで!」

普通に困ってただけなのに、そんなに笑わなくたっていいじゃない。

「悪い。で、でもよ、なんでそれっぽっちのことで泣きそうな顔になって……くっくっく、あははは」

「ホントに困ってたんだもん」

「なんだ、ナオ。マナちゃんを泣かせてるのか」

そういいながら部屋に入ってきた伊東さんは、優しく笑ってて。

「違うって、オヤジ。……あ、ドライバーある?」

それを聞き、あたしを見て、「あぁ」と頷く伊東さん。

リビングに戻ってすぐに、「僕が組み立ててあげるよ」ってあたしの横に座った。

「すいません」

ペコリと頭を下げると、お兄ちゃんがまた拳をコツン。

「え? なんで?」

聞き返すと、こういった。

「そういう時は、すいませんじゃなく、ありがとうって言えばいいんだぞ」

と、教えてくれる。とても新鮮な言葉。

パパやママにはありがとうって言っても叱られてた。

「ありがとう?」

「そ、ありがとう」

満足そうにそういって部屋を出て、リビングで食器の片付けを始めた音がした。

「あの」

「うん? なんだい」

あっという間に形になっていくカラーボックス。

「その」

目が合うと言えない気がして、少し視線を外してから小さな声で呟く。

「どれもこれも……その、感謝、してます」

ありがとうって簡単にいえばいいのにな。緊張しちゃって、堅苦しいものになっちゃった。

「わかってるよ、大丈夫。ちゃんと伝わってるからね」

ニコニコして、最後の板にねじを差し込んでいく。

「あとはね、このシールをねじの上から貼って目隠しするだけ。それは出来るだろう?」

「はい」

「じゃ、また困ったら呼ぶんだよ。……ナーオー」

「なんだよ」

お兄ちゃんを呼びながら、リビングへと消えていった伊東さん。これで一つ、自分の部屋のモノが出来あがった。

ゴロンとラグを敷き、その上に買ってきた物を広げる。

うんうんいいながら、カバーに布団を収める。まっ白な布団が、可愛い布団になった。

胸の前でギュッと手を握る。もう緊張感はなく、高揚感のみ。

ラグで寝転んでみたり、ベッドに腰かけてみたり。カラーボックスに何を入れようか想像したり。

自分の部屋なんかもらえなかった時、紙に書いたことがある。夢の部屋。

「あとはパジャマに着替えてー」

ベッドにボスンと腰かけて、パジャマを袋から出した。

「可愛いなぁ」

自分にあててみたり、高く掲げてパジャマを見たり。

「自分で働けるようになったら、ルームシューズなんかもいいなぁ」

独りごと。しかも普通のボリュームより、興奮してるだけに大きめ。

「うわぁ、今日眠れるのかな」

パジャマを抱いてベッドに寝転がった時、視線を感じた。


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