気づいたのは必然でした
毎日揺られる電車の中、見ないようにと気をつけている一角がある。
そろそろ、諦めなければと思うのに、やめられない。
やっぱり、違うんだよ。
住む世界が違うんだよ。
何度も言い聞かせているのに、どうしてだろう。
そちらを見てしまう自分がいた。
**
地下鉄はあまり好きではない。
基本的に混んでいるし、空気が私には馴染まなくて疎外感を感じるからだ。
学校帰りに寄り道をしていたら、地下鉄に乗る方が早かったので、つかれきっていた私は仕方なく改札をくぐったのだった。
ホームで電車を待つと、程なくして電車が到着し、私を収納して走り出した。
ふう、と息を吐いて、携帯を開く。
誰に連絡を取るわけでもなく、ただなんとなく。
なんとなく疲れていた。
「こんにちは」
声をかけられて、身体が強ばる。
聞いたことのない声。
話したことない人。
目の前には、地味で教室片隅系を志す私には遠い世界の住人だった。
「こんにち、は……?」
金髪で右耳にピアスが二つは開いているだろう彼は、私ににこやかに話しかけてくる。
戸惑って小さくなった私の挨拶に、彼は困ったように笑った。
「いきなりごめんね。スカート、気になったから」
へ? という顔をした後に、私は自分の格好を確認した。
そして、次の瞬間には彼の伝えたかった内容を理解していた。
「ひゃあ!?」
思わず、声を上げる。きっと、顔は真っ赤だろう。
鞄に引っかかって、スカートがめくれ上がっていた。
「な、な、な、な……っ」
ちゃらいとはいえ、こんなイケメンに……パンツ見られたぁっ!
「ちょっと、声抑えてく」
その後に、「れないか」と続いただろう声は掻き消えた。私の声に、反応した男性数名が、金髪の彼を捕まえるまで、数十秒。
私はしばし、呆然としていた。
**
逃げるようにして近くの公園にやってきた。
何故か隣には、この金髪のオニイサンがいる。
あまり関わり合いになる機会のない人種だから、違和感が半端ない!
流されるままについてきてしまったようなものだが、本当に大丈夫なんだろうか。
自販機で飲み物を買い、近くのベンチに腰掛ける。さすがの私もお金を出しましたよ? 迷惑かけちゃったし。
途中までは拒否されたが、どうしても奢りたいと言えば折れてくれた。
意外と人の話も聞いてくれるようだ。
まあ、親切な人じゃなければ、スカートの指摘なんてしてくれないだろう。
「いやー、面白い物を見てしまったなあ」
くくっ、と笑う彼を睨みつける。彼は私の渡した缶コーヒーを飲み終わったらしく、立ち上がった。
座ったまま見上げると、結構身長が高い気がする。
「一生の思い出になりそう」
「いや、それは勘弁して下さい……」
だいたい、面白いものを見たのはどちらかというと私の側だ。
彼が取り押さえられる一部始終を瞬き一つせず見てしまった。
飛びかかる男たちというのは、あんなにもたくましく、恐ろしいものだったとは!
私は嫌だ。トラウマになりそう。
だいたい、あんなにドハデに捕まったのに、笑っていられる神経がいまいち理解できない。
「いやいや、そんなに怒らないでよ」
別に怒っている訳じゃない。ただ、ちょっとどころではない恥ずかしさが、まだ抜けてくれないのだ。そりゃ、にこにこと笑ってなんかいられないだろう。ちょっと目つきが鋭く、ちょっと口がヘの字になっているだけだ。
「そんなに嫌だった?」
嫌かどうかと聞かれれば、もちろんと答えるしかない。
しかし、彼がちょっとしょんぼりしている様を見た私は、「嫌でした」とはっきりと言えなかった。
あの後、周りの人や駅員さんに声を上げてしまった理由を説明するのが、本当に……大変だった。
思い出して、また熱が上がる。
「貴重な体験しちゃったよ」
いや、貴方を見るに、別段貴重な体験では無さそうな気がしますが。
警察と揉めたりとか、普通にありそうな風貌だよ。
さすがに口には出さずに、目で訴える。
「いや、普通ないでしょ。スカートめくれてんの指摘して、なぜか周りの男に潰されんのって。しかも、周りに弁解してくれた君の顔が……なかなか」
「なかなか、なんですか!?」
つっけんどんに言うと、さらに大きく笑われた。
箸が転がっても楽しいお年頃ってやつですか? 女子か!?
でも、善意で声をかけてくれたのに、変質者と間違われるのはーー申し訳ないことをしてしまった。
「すみません……」
しおしおと謝ると、彼は声を上げて笑った。
「なかなか面白かったよ?」
からかうように言われた。
無性に腹が立つのは、どうしてか。
吊り上げていた目の端が、更に上がってしまう。
「可愛い子だね。意外と表情も動くし」
「は、はあ!?」
普段だったら絶対に言われないようなことをさらりと言われ、赤面するなというのが無理な話だろう。
スカートの端を引っ張りながら、目線を反らす。
困ったな……。
「さてさて、この後どうする?」
「この後?」
この後も何もないだろう。
何だろう。お礼でも請求されるのだろうか?
若干、嫌だという気持ちが顔に表れていたのか、「うーん、わかりやすい子だなぁ」と言われてしまった。
ええ、すみませんね。子どもなもんで、ポーカーフェイスとかできないんですよ。くそうっ!
彼は右手で前髪を掻き上げて、一度視線を逸らした。
何故か、嫌な予感しかしなかった。
「俺たち、付き合わない?」
「はいい!?」
「だからさ、カレカノになりませんかっていう、お誘い」
まさか、最後にナンパにシフトチェンジするとは……!
い、いや……。敵は最初からそれが目的だったのかもしれないぞ!
「ほんっと、顔に出る子だよね」
「ほっといてくださいっ!」
どうやって、逃げればいいんだろう。
告白(?)なんて生まれて初めての私に上手い対処法なんか見つかるわけがないのは、分かっている!
無い頭を、知恵を振り絞るんだ、私!
「あのさ……」
少し長めの前髪から覗く瞳が一瞬揺れる。
この人、きれいな顔してんだよなあ。
なんて、場違いなことを考えた。
「すぐにホテル行こうとは言わないからさ」
「当たり前です!」
間髪入れずにツッコんだ私に、また声を出して笑った後、彼は言った。
「俺と付き合ってくれませんか?」
**
この時は知りようがなかったが、彼は前々から私をそういう目で見ていて、スカートの異変に気づいたのもそのせいだったらしい。(凝視していた……だと!?)
加えて、それをばらされるのは私が泣きながら告白して、無理矢理(?)ほっぺにキスした直後だったりする。(無駄に嬉しそうでムカついた)
さらに加えて、彼は根っからの不良で私以外にはめちゃめちゃ怖くてガタブルするのも、もう少し先の話だ。
金髪さん側の気持ちを考えてニヤケるための小説でした。