にいっ
掲載日:2026/08/09
父の知り合いの、町の安全を守るベテランお巡りさんの伊藤氏が、まだ二十歳代の新米巡査だった頃の話。
ある日の深夜、担当地区の住民から不審者の通報があり、伊藤氏は先輩巡査と二人、バイクで警邏に出た。
通報のあった住宅地のあちこちをしばらく見回り確認したが、それらしき者は見当たらなかった。
あともう少し巡視したら帰ろうか、と先輩と話していると、少し離れたところにある児童公園に面した道の真ん中に、青白い街灯にぼんやりと照らされ、何かがポツンとあった。
何だろう、車が撥ね飛ばしたら危ないな、と思い、伊藤氏はバイクから降りてその道の真ん中にあるもののところへと歩み寄った。
間近に見ると、それはフルフェイスの黒いヘルメットだった。
誰かが落としたのだろうか、とも思ったが、黒い表面には傷もない。
あたりに持ち主らしき人影もなければ、バイクもない。
伊藤氏はヘルメットを手に取り、持ち上げた。
思ったよりも何かずしりと重かった。妙な重さに、
(え?)
とヘルメットの中を覗くと、そこには若い男の顔があった。
手に提げたヘルメットの中でその男は
にいっ
と口をゆがめて伊藤氏に笑いかけた。
伊藤氏はその場で昏倒してしまった。
先輩に叩き起こされた時には、ヘルメットの中には何もなかった。




