第1話:契約
第1話:契約
「一年なんて誤差だろ」
笑い声が弾ける。
冬の居酒屋。
湯気とアルコールの匂い。
「お前、マジでそのまま一生凡人だな」
「うるさい」
佐藤拓海、二十四歳。
可もなく不可もなく。
目立たず、外れず、勝たず。
大学を出て、普通に就職して、
普通に一人暮らし。
「で? あと一年で何か変わるのか?」
「変わらないな」
グラスを傾ける。
「一年なんて誤差だ」
誰も深く考えない。
ただの軽口。
外に出ると、冷気が刺さる。
白い息。
人気のない夜道。
遠くにコンビニの灯りが見える
脇道の段差に足を取られる。
「うわっ」
体勢を崩し転倒。
その瞬間。
音が消えた。
冷気が止まる。。
目の前に、立っている。
白。
羽。
エメラルドの髪。
完成された美しさ。 二十代前半くらいに見える。
現実味がない。
「迎えに来ました」
「……は?」
声は落ち着いている。 抑揚がない。
「時刻です」
何の?
思考が追いつかない。
「署名を」
差し出されたのは、羽ペン。
どこから出した?
もう片方の手には、契約書のような紙。
文字が読めない。 見たこともない記号。
「何これ」
「形式です」
意味不明だ。
でも――。
寒い夜道。 酔い。 目の前の非現実。
夢か?
妙に現実味がない。
俺は半ば投げやりにサインした。
光が弾ける。
視界が白く塗りつぶされる。
そして、戻る。
静寂。
彼女は紙を確認する。
——残存時間。
364d23h58m
……。
思考停止。
目の焦点が一瞬だけ外れる。
羽先がぴく、と動く。
視線が泳ぐ。
やらかした顔。
ほんの一瞬だけ、年相応の焦りが出る。
すぐに姿勢を正す。
羽を整える。
「誤差の範囲です」
俺の頭上に数字が浮かぶ。
00y365d
「一年は誤差じゃない」
彼女の表情が、わずかに固まる。
「……契約は成立しました」
その瞬間。
羽が揺らぐ。
光が崩れる。
彼女の体が、縮む。
視界が下がる。
エメラルドの髪が淡くほどけ、 薄いピンクへ変わる。
羽が消える。
立っていたのは、
さっきより明らかに幼い少女。
十六、七歳くらい。
「……ちっちゃくなってない?」
彼女は自分の手を見つめる。
明らかに戸惑っている。
だがすぐ立て直す。
「出力低下です。問題ありません」
声が少し高い。
寒風が吹く。
薄着。
肩がわずかに震える。
「いや問題あるだろ」
「誤差の範囲です」
二回目。
今度は少し早口。
俺はため息をつく。
「……とりあえず、場所変えない?」
彼女は数秒だけ考え、
「契約者の近傍でなければ存在を維持できません」
「つまり?」
「あなたの近くにいます」
「……は?」
残存時間、365日。
誤契約。
解除不可。
——そして。
「……一年、よろしくお願いします」
天使はそう言って、
わずかに視線を逸らした。
この時はまだ、
それが“誤差”で終わらないなんて、
思っていなかった。
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