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Roll the Doom : Remains  作者: 幽明界メイ
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-5-

 身体ががくりと揺れるような感覚を覚え、目が覚める。ようやく先ほどまでの邂逅が夢だと気付いた。記事を見ているうちに寝落ちしていたらしい。時計は午前4時を指している。俺はバッグに包丁を入れ、家を出た。奇妙な確信を胸に抱いて。

 まだ日も昇らない住宅街を歩く。街灯が等間隔に並び、あの交差点に続いている。時折見える人影はあの霊に違いなかった。

 家から10分ほどで現場にたどり着く。いつもより大きく聞こえる心臓の鼓動を抑えるべく深呼吸をする。たっぷりと時間を使い、ようやく覚悟を決めた。歩を進める、一歩ずつ。周囲に人がいないことを確認してバッグから包丁を取り出す。その間も歩みは止めない。コンクリートの壁の向こうから気配を感じる。真っ暗闇のなか、目が慣れてきたのか地面のコンクリートの模様さえも見え始める。街灯ではなく弱弱しくも暖かい日差しに照らされ、そこはたしかに冬の真昼だった。ブロック塀の曲がり角から赤い布がちらりと見えた。俺は迷うことなく持っていた包丁を突き出した。返ってきた感触は軽く、空気を切り裂いたかのよう。目の前には真っ赤なワンピースを着た女性がこちらを悲しそうな顔で見つめている。

 そうだ、ようやく終わったんだ。

 ふたりを取り殺し、俺も危うく死にかけた。常に陰に怯えていた生活に終止符が打たれるんだ。俺は明日から再び真っ当な

「最期に何を聞いた?」

「……は?」

 目の前の女が口を開いた。

「最期に、何を聞いた?」

 思わず包丁を落とす。胸に刺さった金属の塊はそのまま地面に落ちた。

「さあ、答えて。最期に何を聞いた?」

 目の前が真っ暗になる。今まで見えていた景色が急に視界から消え、俺はしりもちをついた。

 軽い金属音が聞こえ、振り向く。家の鍵がポケットから出ていた。ストラップの先に付けた青いお守りにはヒビが入っている。

 見誤っていた。ただ、哀れなほどに俺は見誤っていた。こいつはこの瞬間から死を理解したのではなく、生への執着を覚えてしまった。そう直感する。

『さあ』

 女の手が近づいてくる。それも両手を顔の幅くらいに構えて。夢で見た二人の顔を思い出す。そうだ、俺は彼らのように死ぬのだ。

『最期に、何を聞いた』

 ぎゅっと目をつぶる。分厚い布を切り裂いたような音と顔にかかる生暖かい感触がすぐさまやってくる。

 だが、痛みは不思議と感じない。それどころか誰かの声がする。

「コウ君! 乗って!」

 目の前にいたはずの霊は数歩下がった場所で腹部を押さえている。骨と見紛うほどの指の間からどす黒い血液が流れている。

 俺は声の方に振り返る。そこには巫女装束にヘルメットを被ったリアがバイクにまたがっている。なぜか口の端から血が出ている。俺は立ち上がり、シートの後ろに乗った。

「お腹に手をまわしてください! ちょっと飛ばしますよ!」

 彼女につかまると、スロットルが勢いよく回され、夜明け前の住宅街に爆音が響く。バイクは山をいくつか越え、ボロボロの鳥居がある場所にたどり着いた。後ろからは赤いワンピースの女がしっかりとついてきている。

『……!!』

 全く聞き取れなかったがリアが何かを叫んだ。どこからともなく人影が現れ、走っていく。その手には刀と思しき長いものが握られている。

「ゴホッゴプッ」

「お、おい大丈夫か」

 明らかにおかしいせき込み方をしてリアが身をかがめる。地面に少なくない量の血液が吐き出される。俺は彼女の腕を肩に回し、立たせてやる。

「境内に」

 その言葉に従って鳥居をくぐる。中には社殿はなく、ただ一本の巨大な木があるだけ。彼女をその根元に座らせる。

「ありがとうございます。血が繋がっているとはいえ、英霊を行使するのは骨が折れますね」

「一体何がどうなっとるんや」

「話はあとです。まずはここに来た目的を果たさなければなりません。コウ君、これ持っておいてくれますか?」

 リアは胸元から折りたたんだ紙を取り出す。広げると全く読めない崩れた文字で文章が書かれている。俺は彼女が読めるように横から支える。

 長い文章だった。いわゆる祝詞というやつだろうか。内容は全く分からないが、朝日が差し込み目の前の大木を照らす様は美しかった。いつの間にかあの霊の気配は消えていた。彼女は長い口上を終わり、疲労を感じたのか俺に寄りかかる。

「すみません、しばらくこのままにさせてください」

 俺は何も言わずその肩に手をまわした。

「間に合ってよかったです」

 リアがぽつりとつぶやく。

「すまん、ひとりで先走って」

「ほんとですよ。夢でコウ君があの交差点に走っていくのが見えて、焦ったんですよ」

「あの幽霊の夢見てから放っておけんくって」

「……何か言ってましたか?」

「いや。けど夢で見たときは泣いとった」

「そう、ですか」

 少しの間沈黙が流れ、今度は俺が口を開く。

「そういやここは?」

「あ、紹介がまだでしたね。私の父が管理していた土地です。今は訳あって彼の知人が持っていますが」

「親父さんの持ってた土地か……。その肝心のご本人はどこや? それに鳥居があったけど、神社やないんか」

「父は私が高校生の頃になくなりました」

「それは……無神経やった。すまん」

「いいんです。もうずいぶんと前のことですから。そしてここにあった建物もちょうど同じ時期に焼けてしまって。でもこのご神木だけが残ってくれました。まさかここに頼ることになるとは思いもしなかったですが」

「なかなかハードな出来事ばかりやな」

「そうですね、不幸ばかり起こる家系だと自分でも思います」

 突然、ポケットに入れていたスマホのアラームが鳴る。時刻を見ると8時を回っていた。今日は一コマ目の授業がある日だったことを思い出す。

「もうこんな時間か。帰らな」

 俺は立ち上がった。しかし、リアはそこから動く気配がない。

「リア、同じ授業受けとらんかったか?」

 彼女は何も言わず、微笑んでいた。どこか寂しそうに見えたるのは気のせいだろうか。

「今からなら余裕で間に合うで」

「行ってください」

 その言葉の意図がつかめない。俺は手を差し出したが、彼女はとらない。

「私はここにいなくてはならないんです」

「な、なんで?」

 次の言葉を本当は聞きたくなかった。しかし、ほとんど反射的に言葉が口をついて出てきてしまう。

「あの女性はコウ君を取り殺すために存在しました。あれは自分を認識してくれる相手を探す。そして問いかけをし、それに答えられなければ殺す。はじめはそうだったのでしょう。しかし段々と殺すことが目的になってしまった。問いかけは答えることが難しいほど曖昧になっていく。死の間際に何を見たか、なんて正確に答えることはできませんから」

「でもあの時は納得してくれた」

「ええ、そうでしょうね。ありそうな場面を再現して見せれば、とりあえずよしという基準があるのでしょう。それだけあの怪異が人を取り込みすぎて正確な判断がつかなくなったという証左でしょうけど」

「人を……取り込む?」

「あの交差点、異常に事故が多いと気づきませんでしたか? 記事の数から推測すると一か月に一度は何かしら起こっています。あの女性の怪異はあの場所特有のものではありません。あの場所が人を呼び寄せるために作り出したものなのです」

「場所が? 人を呼ぶ?」

「そうです。怪異にはルールがあります。ルールは人口に膾炙していくうちに形成されていきます。ですが、思い出してみてください。初めにノリッピーさんがあの交差点で女性の怪異を目撃した。これはそうなのでしょう。ですが、ユメはどうですか? 彼女は彼の死の間際に電話で会話を交わしたに過ぎません。その後、あの交差点を訪れたのかはわかりませんが、図書館で見かけたときはこの地域の伝承などについて調べていました。なので彼女はあの交差点のことは知らないのではないでしょうか。大学も、市内の図書館も正反対の方向にありますから外出の際にあそこを通ったとは考えにくいです。そしてコウ君はあの交差点にたどり着いて怪異に遭遇した。でも考えてみてください。ノリッピーは二週間、ユメは五日ほど。そしてコウ君は一日で怪異に襲われています。私に至ってはコウ君と同じタイミングで夢を見ています。あの交差点が取り殺した方の知り合いを引きずり込むルールを持っていた、と考える方が自然だと思います」

「じゃあなんでノリッピーたちは死んだんや」

「残念ながらそれはわかりません。現時点で言えるのは"偶然"によるものかと」

 俺は無意識のうちにその場に座り込んだ。

「そんな……納得できるわけないやろ」

「そういうものですよ、人生なんて」

 図らずも夢で聞いた言葉を思い出す。あの時も偶然か、リアの姿をとっていた。

「ほなリアが帰られん話は?」

「あの怪異の注意を私が引いたからです。あれは境内に入れませんから、ずっと鳥居の傍に張り付いたまま動けないんです。私が外にでない限りね」

「じゃあいつまでここにいるつもりや」

 彼女は再び微笑む。顔は穏やかだが、瞳が揺れている。

「それもわかりません。数日か、数か月か、数年か。ひょっとしたら一生ここから出られないかもしれません。私が死ねばあれもずっとここから離れられませんから、ちょうどいいですね」

 彼女は空を見上げる。俺は彼女の前に腰を下ろし、その身体を抱きしめた。

「コウ君?」

「俺がずっとお前の傍におる。お前がここを出られるまでおるからな。お前が死んだら俺もここで死ぬ」

 小さな、温かい手が背中に触れるのを感じる。

「ふふ。どさくさに紛れてプロポーズですか」

「なんとでも言え。俺の命の恩人を見捨ててたまるか」

 朝日の降り注ぐ境内で彼女がぽつりとつぶやく。

「大学、どうしましょうかね」

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