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Roll the Doom : Remains  作者: 幽明界メイ
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 柔らかい陽光が公園の土を輝かせている。昨日まで強く吹き付けていた冷たい北風も、今日は疲れて休んでいるらしい。

「平和ですね」

「せやなあ」

 隣でぽつりと呟く女の子に俺はぼんやりと相槌を打つ。今日は1月1日。年初めにして大学の春休み。すなわち、人生において最も安穏としていられる正月だ。隣でのんびりと水筒に入れたお茶をすする彼女──東雲リアから漏れ出た言葉を否定する考えは頭からなかった。

「帰ったら雑煮作らな」

「英梨ちゃんは作ってくれないんですか?」

「あいつに任せるとキッチンが大変なことになるからな……」

 昨年の夏、オープンキャンパスに来た時のことが頭から離れない。ひと晩泊っていくということで、カレーを作ってくれた。出来上がったものは実家で食べ慣れたもので美味しかったし、どこか安心する味だったのだが、片付けの際に惨事は明らかになった。まずシンクどころか床まで水浸しだった。コンロ回りもベースに使ったと見られるトマト缶や玉ねぎの切れ端、鶏肉の皮が飛び散り、火であぶられたことで固まっていた。床は俺が皿洗いと同時に拭いたが、コンロは彼女に掃除してもらった。共通テスト前ということもあり、俺の家に泊りがけで予備校の冬季講座を受けに来ているが、極力勉強に集中してもらうようお願いしている。

「ふふ、ちゃんとお兄ちゃんしてますね」

「まあ、オカンにも面倒見るよう頼まれとるし」

 リアに言われると面映ゆい気持ちがあるが、決して悪くはない。

「おい、交代してくれや」

 額に汗をびっしり浮かべた男が俺たちの前に現れる。安田憲正。我らがホラー映像同好会の発起人にして数々の愚行を犯し、それをビデオカメラに収めて某動画サイトに投稿している。

 あるときは翼のついた帽子をかぶり、坂道を全速力で駆け下りながら果たして飛べるかを検証したり(風のせいで帽子だけ飛んだ)、肉球のついた孫の手的な何かでショウジョウバエを捕まえることができるか検証したり(彼も俺も反射神経がギネスに載るレベルで低いという自負があったためカスリもしなかった)、自作のパルスジェットでスケボーを動かせないか試したり(板が全焼した)、幽霊が出るらしい夏の川に飛び込んでみたり、ひとりかくれんぼの亜種のような儀式をやってみたり。そういうくだらないことを全力でやるのが俺たち同好会であり、その筆頭がメンバーからノリッピーの愛称で呼ばれる彼だった。

「しゃあないな」

 彼から凧と糸を預かる。向こうでは同好会の中で主に撮影を担当しているユメが肩で息をしている。凧が上がらず、何往復もダッシュするノリッピーに最後まで付き合わされていたからだ。

「コウくん、私もやってみます」

「お、おう。気ぃ付けや」

 珍しくリアが声を上げた。常日頃から本人も運動が不得手だと公言しているほど身体を動かすことを極力避けている彼女が自分から参加するというのだ。珍しさと同時に不安が胸裏に湧いて出てくる。

「リア大丈夫か? 転んで骨折せんといてな」

 ノリッピーも同じような感想を抱いたらしく、心配半分、からかい半分で彼女を見守る。彼女が糸を繰り出すのを見計らって俺は走り出す。冬の冷たい空気が耳を切り裂くが、風は依然として弱い。視界の端ではふたりが仲良く並んでお茶をすすっている。彼らの会話は聞こえないが、いつもより穏やかであることは表情からわかる。

「次、来ますよ」

「な、なにが?」

 俺が聞き返して間もなく、空気が彼女の後ろから流れ出した。返答はなく、ただうなずく。足が自然と動き、風が背中を押す。

 ひと際大きな息吹が紙と木の塊をふくらませ、大空へ打ち上げる。

「上がった!」

 誰がその言葉を叫んだのか。真昼間のぼんやりとした太陽を遮るように歌舞伎役者の顔が宙を舞うのを俺たちはいつまでも眺めていた。

 吐く息が白くなり始めた時、示し合わせるでもなくノリッピーの家に向かう。今日は大学が閉まっているため、いつもたまり場にしている大教室の空き部屋が使えない。外から帰ってきたばかりの寒い室内を暖めるべく即行で暖房の電源をつける。親が持っているアパートはひとりで住むには少し広い。ダイニング横の和室に俺たちは思い思いに腰を下ろす。家主は不用心なことにひとりだけコンビニに寄り道するらしく、遅れて来る。

「ユメちゃん、折角なのでお雑煮でも作りませんか?」

 リアが腰を落ち着ける間もなくユメを誘う。

「? いいけど材料持っとーと?」

 待ってましたとばかりに彼女はリュックから野菜やかまぼこ、餅とだしパックを取り出す。

「これでどうかな?」

「フーム」

 ユメの目が鋭く光る。

「薄口醤油があったら完璧っちゃけど……冷蔵庫覗いてみちゃろ」

 ふたりは人の家だというのに冷蔵庫の物色を始めてしまった。

(雑煮か、正月は被るな)

 家に帰ってまた英梨に作ってやることを考えると、固形物ではなく水分で正月太りしそうである。

 窓の外を見ると、オレンジ色の世界で木々が揺れている。ひとりでくつろいでいることに早くも飽きてきた。俺は脱いだばかりのジャンパーを羽織りながら玄関に向かう。

「コウくんお出かけ?」

 キッチンにいたリアが俺の姿に気づいた。

「ああ、ノリッピー迎えに行こうか思うてな」

「もうちょっとでできるけん、待っといて」

 なぜか引き止められてしまった。

「ちょっとそこまで見るだけや」

「まあまあコウくん、ノリッピーもすぐ帰ってくるって」

 リアもユメも引き止めてくる。怪しい。俺が玄関に向かうと、外から足音が聞こえた。どうやら迎えに行くまでもなかったようだ。

 普通に歩くよりも音が大きかった。外がよほど寒いのか走ってきたらしい。ノリッピーが息を切らせながら玄関に入ってくる。

「おかえり」

 俺が声をかけるも、様子がおかしい。彼はドアを開けて入ってくるなりすぐに閉め、のぞき窓から外をうかがっていた。コンビニの袋が扉にあたり、音を発すると彼はそれをすぐに床に放り投げてしまった。

「どしたん?」

「うわぁあ!」

 俺が声をかけると大変驚いたように大声を上げ、扉にもたれかかる。その顔色は心なしか青ざめている。彼の声に何事かとキッチンにいた二人もやってきた。

「どげんしたと、ノリッピー?」

 ユメが問いかけるも、彼は痙攣したように首を振り、扉に耳を当てる。

「誰かに追いかけられたんか」

「シッ!」

 本当に冗談ではない。いつものノリでドッキリでも仕掛けているのだろうか? 共犯者になりそうなユメにちらりと視線を送るが、「は?」とでも言いたげな、怪訝そうな表情を浮かべている。本当に何かが起きたのだろうか?

「お前いい加減に」

 さすがにダルい。俺は彼に声をかけようとした。だが、その瞬間

カン、カン、カン

 外の階段を誰かが昇ってくる音がした。彼はそれを聞いて扉から離れる。その表情は心底怯えきっている。

カン、カン、カン、コツ、コツ、コツ

 足音の主は二階の外廊下を歩いている。

コッ、コッ、コッ

 やがてコンクリートを叩く硬質な音が止んだ。四人の誰かが唾をのみ込む音が響く。

ガチャリ

 ドアは開いていた。ノリッピーがカギを閉め忘れていたらしい。

 果たして、外から顔をのぞかせたのは──

「お兄来たで……ってあれ、皆さんお揃いでどないしました?」

 妹の英梨だった。一気に脱力する。

「お前、なんでここに」

「リアさんに誘われたんやけど」

 後ろを振り返ると彼女は小さく舌を出している。彼女のサプライズに完全にしてやられた。

「えへへへ。来てるって話だから呼んじゃった。ノリッピーも勝手に教えてごめんね」

「あ、ああ。コウの妹さんか。寒いからはよ入りや」

「? お邪魔します」

 その場の微妙な空気を感じたらしく、どことなくぎこちない笑みを浮かべながら入ってくる英梨。

 それからほどなくして雑煮が出来上がり、新年会が始まる。各々お酒やジュースを手に乾杯し、何気ない会話で盛り上がる。普段いない英梨がいることもいつもと違う新年を予感させた。

 ノリッピーが何を見たのか、結局聞けずじまいだった。

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