新・私のエッセイ~ 第284弾:そうか・・・やっぱり数学は「暗記科目」だったんだッ・・・!
ちまたの常識では、数学は・・・
「思考の学問」ということになっている。
が・・・!
ぼくもいろいろと悩んだ結果、
いまはこういう結論に達している。
【そうか・・・やっぱり数学は「暗記科目」だったんだッ・・・!】
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
・・・その昔、
精神科医の和田秀樹先生の著書で、
【受験は要領】(= 2分冊)
【数学は暗記だ!】
という、画期的な書籍が刊行され・・・
賛否両論あったものの、
受験数学界に驚きと衝撃をもって迎えられた。
「なにィ、数学が『暗記科目』ですとぉぉぉおおお??
ンなワケないやろがい! アホなこと、言いなや!!」
「いや・・・和田先生のおっしゃるとおりですよ。バリバリ・ベッタベタの『暗記科目』じゃないスか、数学ってば♪」
さァ、
いったい、どっちの意見が正しいんでしょうかねぇ・・・??
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
では、ここまでに触れられてきた「数学」が、
「どこらまでの数学」について述べられていたのかを、
冷静に分析して考えてみましょう。
数学とひとことで言っても、
「段階」
「種類」
があるんですヨ。
ざっと挙げてみますとね・・・
1.「中学数学」
2.「高校数学」(= 一般的に「受験数学」と呼称されているもの)
3.「大学数学」
4.「工業数学」
5.「物理数学」
6.「応用数学」:
(※)応用数学とは、数学の理論や手法を現実の問題解決に応用する学問分野です。
応用数学は、数学的知識を他の科学や技術、社会の課題に適用することを主眼としています。純粋数学が「真理の探究」を目的とするのに対し、応用数学は「現実の課題を解決する」ことを強く意識しており、数理モデルを通して現象を具体化し、問題の理解や最適化を行います。
7.「最先端の領域における数学」(= 「リーマン予想」や「ABC予想」をはじめとした、数学界の未解決の証明の難問関連の研究などが、その典型)
・・・などなど。
結論から申しますとね、
最後の「最先端の領域における数学」以外はすべて・・・
和田秀樹先生のおっしゃるような、
『暗記数学』がベースになっていると思うんですね。
すなわち、
「数学界の過去の偉大な諸先輩方・・・たとえば、ピタゴラスやレオンハルト・オイラーやガウス、ガロアなどの偉人・天才たちが発見し、整備し、積み上げてきてくれた『定理』『公式』『解法』『証明』を素直に暗記し、数学の問題を解く際の手がかり・足がかりとする」
・・・ということですよ。
ぼくらがあらたに「研究」なんかしなくてもいい数学。
すでに「わかりきっている常識」としての数学ですよ。
食事でたとえるなら・・・
「わざわざこっちが、ゼロから調理・料理する必要がない、すでにスーパーやコンビニなどで販売され、実際に店頭に並べられている『出来合いの弁当』」
「買ってきたら、あとは素直にそのまんま食べりゃいい(= 素直に読むだけでいい)」だけの運命の食い物(= 参考書・専門書)
・・・ってところか。
『正解』にいたるまでの解き方について、
いろいろな道筋・ルートはあるものの・・・
「知っている」か「知らない」かの差でしかない。
つまり、
「知っていれば解ける」
「知らなきゃ解けない・・・あるいは、よしんば解けたにしても、膨大な時間を要し、ムダに遠回りに苦労する」ということ。
・・・まだ誰も発見しておらんような、
『未知の領域の数学の項目』以外、
素人がウンウンうなって考えて、「オリジナリティ」や「独自性」を産みだそう・作り出そう・ひねりだそうと粘ってみたところで・・・
ほとんど意味がない。
だって、そんなものは、
過去の偉人や天才たちによって「すでにあらゆるパターンや考え方が、ことごとく発見されちゃっている」んですもの(笑)。
・・・ここがポイントで、
「ことごとく発見されちゃっている」解き方や考え方を、
なにもご丁寧に、
後輩のぼくらがいちから・・・ゼロから編み出す必要はないってこと。
和田秀樹先生は、
過去の著書の『受験は要領』の中で、
「問題文を読んで、1分考えても解法が思い浮かばない場合は、すぐに解答例や解法の解説を読め!」とおっしゃっておられた。
『数学は暗記だ!』や『和田式 高2からの受験術』の中では、ちょっと考え方が変わっていて、
「受験は要領」で述べていたときよりかは、少し時間を延長して・・・
「問題文を読んで、5分考えても解法が思い浮かばない場合は、すぐに解答例や解法の解説を読め!
ただし、試験本番に向けたアウトプット訓練に移行してからは、考える時間を、最大『15~20分』にまで延長してもよい。
その間、できるだけ手を動かしながら、使えそうな解法パターンを引っ張り出してあれこれ試す。
だが1時間も2時間も考えるのは、それは単なる『時間のムダ』でしかない。
なぜなら、実際の入試本番の試験では、1問あたり、30~40分で解かなければならないからだ。
20分考えてもわからなければ模範解答を見て、解答の流れの理解に時間をかけるほうが賢い」
とおっしゃっていた。
『わんこら式数学』の畠田先生は・・・
「自力で自己流で苦労して考えるんじゃなくて、数学というのは、『問題ごとに最初から用意された解答例や解き方を覚えていくもの』なんです」と、ハッキリおっしゃった。
日本評論社の、
『大学数学ガイダンス』の28ページには、こう書かれています。
・・・少々長くはなりますが、引用してみましょうか。
「OK、定義や基本的な定理の内容を記憶することは、それを使いこなしていくために必要不可欠だというのはわかった。
でもそこから先の数学は『考える科目』なのでしょう?」と言うかもしれません。
でも私の考えはNOです。
本当に数学を理解し、使いこなせるようになろうと思うなら、定義や定理の主張を記憶したら、次は定理や命題の証明を全部覚えましょう。
とりあえず目指すところは、何も見なくても、講義で習ったこと、本に書いてあることを全部自分でいちから作り直せるようにすることです。
大学数学ができるようになる早道は、明らかに、何もかも覚えることなのです。
教科書には、大抵の場合、あなたが自分自身で思いつく議論よりも巧妙でスッキリした議論が書いてあるもので、それがいわゆる「スジの良さ」というものです。
スジの良さも含めて暗記で自分のものにしてしまおうというわけです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
・・・東大医学部在学中に、司法試験・公認会計士試験・医師国家試験を制覇された、
日本屈指の若き天才、
河野塾・塾長の・・・河野玄斗先生は、
露骨なほどストレートに「解法暗記」「暗記数学」にこだわった、数学の参考書兼問題集・解説書としての位置づけの、
『マスターキー 数学Ⅰ・A・Ⅱ・B+ベクトル』という著書の帯で、こうおっしゃっておられる。
「『パターン理解』『問題の精読』『解法の選択』『応用力』『スピード』『読解力』・・・河野流の思考法ですべて手に入る」
・・・やはり、
最先端の領域の研究者以外、
「数学は暗記」だったんですよ。
サファイアの涙こと、このしげちゃまも、
計算練習と並行して、
数学の参考書や専門書の熟読・精読と、
ゴリゴリ、
『暗記数学』・・・楽しくやってまっせ❤️
m(_ _)m
追伸:
もちろん、
「暗記」といっても・・・
「例題の解答例における数値や文言の、一字一句に至るまでの丸暗記」じゃありやせん。
問題を解くにあたって必要な要素である、「プロセス・リクツ・考え方・メカニズム」の暗記なんであります。
追伸その2:
「解法暗記」がいかに重要なのかは・・・
ぼく本人がすでに、
現役の高校生であった昭和時代には「うすうすと」ではありましたが、
気づいていました。
「暗記数学」という概念すら存在していなかった時代に、ね。
担任の数学教師、藤田先生から放課後に課された「直し」と称する、
当時の不親切きわまりない解説の「黄色チャート」をベースに先生が作った数学の模擬試験の「直して提出し、全問正解した者から帰宅できるシステムの補講(= 補習授業)」で、
ぼくが自力でウンウンうなって考えても解けなかった問題を・・・
他のクラスメートが、
なぜか、どういうわけだか・・・
わりとあっさり解いて、
ぼくを「おいて」「見捨てて」、まるで申し合わせたかのように次々と、さっさと帰宅して消えていったからなのであります。
・・・彼らはチャートを見て直していたんですよ。
「教科書でも何でも見てもいい」という、直しのルールだったから。
でもぼくは、
「あくまで自力で」解いてた。
・・・だからいつまでやっても、「自己流の」、
ぐちゃぐちゃの解答しか作れず、
さらには、苦しむぼくを、
藤田先生も仲間も誰も助けてはくれず、
けっきょく、
受験も数学も勉強そのものも嫌になって投げ出しちゃって、国立大学ぜーんぶ落ちて、ふてくされて・・・
いまごろになって、こうして、
「おっさんリベンジ」してるってハナシ・流れになっておりますよ、と♪
・・・あれから40年たとうとしてるってのに、いまだに、
「東大、東大」と、
まるでガキンチョみたいに、おとなげなくしつこく叫んで暴れて、
それでも腹の虫がおさまらなくって、
ついでに「大学数学」「大学物理」「多言語学習」にまで手を伸ばしてわめいている理由が、
ご理解いただけましたかな・・・?
ほほほほ❤️
かならず見返してやっゾ。
追伸その3:
あの当時、手元に・・・
『数学は暗記だ!』の和田先生の著書があったらなぁ・・・。
マジでうらんでるぜよ♪
「学年1位」という、つまらんプライドが妙なカタチでもって邪魔をしたのも悲劇だった。
・・・仲間に素直に頭を下げて、
「なんで君たちは毎回、補講で、あっさり直して帰宅できちゃってるの??」
って訊かなかった、このぼく本人も悪かったっちゃ悪かったんですがね。
誰にとっても、
ぼくのような案件の、
「学年1位からクラスのビリっかすへの斜陽」
「英雄の転落劇」ほど・・・
メシウマなものはないからな。
・・・上向いて、ふんぞりかえってたら、
そりゃ、誰も助けちゃくれねぇって。
露骨でいやらしいほど典型的な・・・
いわゆる『ざまぁ案件』だもんなwww
(それにしたって藤田先生よぉ・・・「あれ、まだいたの?」は、さすがにひどかんべ。
「バカが! チャート見ろ、チャート!!」って、本気で怒鳴って叱ってくれねぇとよぉおお・・・。)
追伸その4:
九州の多賀塾塾長の「多賀T」は、
ぼくが課されていた「直し」とほぼほぼ同じ内容の、放課後の数学補講を同様に「全員強制参加で」受けさせられていて、
彼の学校においては、
「直し」ではなく「訂正」と呼称していたそうな♪
多賀Tいわく、
「なんならその補講で、授業進めたりもするからね。」
・・・うちらもそうでしたよ。




