第6章ぜよ
わしゃピンをそっと引っぱった。
チョウはもう乾いちょったき、形は崩れざった。
わしゃそれをてのひらに載せて、エーミールの部屋から持ち出いた。
その時、さしずめわしゃ、大けな満足感のほかなんちゃあ感じちょらざった。
チョウを右手に隠いて、わしゃ階段を下りたがじゃ。
その時や。
下の方から誰かわしの方に上がってくるがが聞こえた。
その瞬間にわしの良心は目覚めたがよ。
わしゃ突然、自分は盗みをした、下劣なやつだということを悟った。
同時に、見つかりやせんかという恐ろしい不安に襲われて、わしゃ本能的に、獲物を隠いちょった手を、上着のポケットに突っ込んだのや。
ゆっくりとわしゃ歩き続けたけんど、大それた恥ずべきことをしたという、ひやい気持ちに震えよった。
上がってきたお手伝いさんと、びくびくしもってすれ違うてから、わしゃ胸をどきどきさせ、額に汗をかき、落ち着きを失い、自分自身におびえもって、家の入口に立ち止まった。
すんぐにわしゃ、このチョウを持っちょってはならん、もとに返して、できるならなにごともなかったようにしちょかんとならん、と悟った。
そこで、人に出くわして見つかりやせんか、ということを極度に恐れもっても、へんしも引き返し、階段を駆け上がり、一分の後にはまたエーミールの部屋の中に立っちょった。
わしゃポケットから手を出し、チョウを机の上に置いたき。
それをよう見んうちに、わしゃもうどんな不幸が起こったかということを知った。
ほんで泣かんばっかりやった。
ヤママユガは潰れてしもうたがや。
前羽がひっとつと触角が一本のうなっちょった。
ちぎれた羽を用心深うポケットから引き出そうとすると、羽はばらばらになっちょって、繕うことらあ、もう思いもよらざった。
盗みをしたという気持ちより、自分が潰してしもうた美しい珍しいチョウを見ゆーほうが、わしの心を苦しめた。
微妙なとび色がかった羽の粉が、自分の指にくっついちゅーのを、わしゃ見た。
また、ばらばらになった羽がそこに転がっちゅーのを見た。
それをすっかりもとどおりにすることができたら、わしゃどんな持ち物でも楽しみでも、喜んで投げ出いたろう。
悲しい気持ちでわしゃ家に帰り、夕方までうちのこんまい庭の中に腰かけちょったが、ついに一切を母にうち明ける勇気を起こいた。
母は驚き悲しんだけんど、すでにこの告白が、どんな罰を忍ぶことより、わしにとってつらいことやったということを感じたらしかった。
「おんしは、エーミールのとこに行かんとならん。」と母はきっぱりと言うた。
「ほんで、自分でそう言わんとならん。それよりほかに、どうしようもない。おんしの持っちゅー物のうちから、どれかを埋め合わせにより抜いてもらうように、申し出るがです。ほんで許いてもらうように頼まんとならん。」
あの模範少年でのうて、他の友達やったら、すんぐにそうする気になれたろう。
彼がわしの言うことをわかってくれんし、おそらくちっとも信じようともせんろうということを、わしゃ前もって、はっきり感じちょった。




