第4話:薬草採取、のはずが森林火災
「はい! 私、爆発しました!」
ミナが満面の笑みで言い切った瞬間、路地裏の空気が“終わった側”に倒れた。
俺はまだ息してるだけなのに、世界だけ先にログアウトする。
《現行犯:確定》
《拘束:準備》
衛兵の視線が俺の顔を素通りした。
額に貼り付いた《出禁》の札だけを、しっかり見てる。
……視線だけで、身体の自由が三割削れる。
この世界、目線の圧が規約級だ。
ミナは元気だ。元気すぎる。
自首のテンションが、昼休みの「おはよー!」なんだよ。
《出禁:可視化》
《偏見:加速》
見えるな。
見せるな。
その表示、会話が始まる前に終わるやつだろ。
衛兵が事務的に口を開いた。
「出禁者が爆発に関与した場合、街の規約により――」
規約。
また規約。
呪文は効かなくても、規約は効く。
なんで規約だけ通るんだよ。
俺が小さく息を吐いた、その瞬間。
ミナが、ぱっと手を挙げた。
ピッ。
眩しい。
元気。
最悪。
「はい! 私、爆発しました! 二回目でーす!」
進化させるな。
自白に回数を付けるな。
衛兵が頷く。
理解が速い人って、怖い。
「よろしい。では罰則を適用します」
え。裁判なし?
……いや、面接も即落ちだった世界だ。そういう仕様だった。
《罰則:自動》
《拒否:未実装》
拒否だけ未実装なの、悪意の完成形すぎる。
衛兵が紙を一枚、すっと差し出してきた。
キラキラしてる。嫌な意味でキラキラしてる。
《初心者歓迎! 薬草を摘むだけ♪》
――薬草採取。
やっと来た。
草をむしって稼ぐだけの、俺が知ってる“普通の異世界”。
「やっと普通の異世界……」
俺が漏らすと、衛兵は淡々と頷いた。
「はい。山へ向かってください。逃走は禁止です」
《逃走:禁止》
《命:自己責任》
最後だけ急に冷たい。
更生のついでに人生も放り投げるな。
ミナが紙を覗き込み、目を輝かせた。
「薬草! 草! 草って――」
俺は反射でミナの口元に手を添えた。
塞がない。触れるだけ。
規約が怖いから。
《口封じ:未遂》
《判定:セーフ(仮)》
セーフにも(仮)を付けるな。
「いいかミナ。これは採取だ」
「火の話じゃない」
言い切った瞬間だけ、俺は勝者だった。
ミナは真剣に頷く。真剣すぎて逆に怖い。
「うん! 採取だね! 採って、持って帰って、褒められる!」
褒められるところまで想像できてるのに、なぜ火だけ戻ってくる。
――こうして俺とミナは、衛兵に“更生ルート”として山へ放り出された。
《更生ルート:開始》
《難易度:地獄》
ゲームじゃなくて人生なんだよ。
街を出ると空気が軽い。
石畳の音が土の音に変わる。
風が草の匂いを運んでくる。
……が、安心した瞬間がいちばん危ない。
この世界、油断の検知だけ高性能だ。
《油断:検知》
《不幸:接近》
やめろ。
不幸だけオートで近づけるな。
「ねえタケル!」
ミナが弾む声で呼ぶ。
予感の命中率だけ、俺の人生でトップだ。
草むらの前で、ミナが真顔になる。
「これ、薬草って毒っぽくない?」
真顔で言う内容じゃない。
いや毒なら真顔でいい。
問題は“次”だ。
俺は慎重に覗き込む。
……紫。
紫はだいたい毒。
俺の人生経験(異世界四日目)で学んだ。
依頼書は言ってた。
薬草を摘むだけ♪って。
♪が付いてた。
紫=毒。♪=罠。以上。
ミナがさらっと結論を出す。
「毒っぽい。じゃ、焼けば安全」
来た。
この子の安全、いつも火から始まる。
俺は叫ばない。
叫ぶと森が喜ぶ。今日は短く刺す。
「採取」
ミナの手が止まる。
止まっただけで奇跡だ。
「摘むだけ?」
「摘むだけ」
「燃やさない?」
「燃やさない」
ミナは深く頷く。
理解した顔。いちばん怖い。
《理解:した顔》
《中身:未確認》
――頼む。今日だけ普通でいてくれ。
ミナが紫の葉を、そっと摘む。
よし。
勝った。
異世界に来て初めての勝ちだ。泣ける。
……泣く暇はなかった。
「でも規約的に、焼くと“より安全”だよね」
より、を足すな。
安全を盛るな。盛ると燃える。
ミナが摘んだ薬草の根元に、火種みたいなものを落とした。
パチッ。
小さくて、かわいい音。
でも俺は知ってる。火は“かわいい顔”で世界を食う。
《安全:増量中》
《増量分:火》
俺は無言でミナの肩を掴んで、後ろへ引いた。
叫ぶより早い。行動ツッコミが一番効く。
「えへへ。焼けば安全!」
言い切った瞬間、火が“安全”を裏切る速度で広がった。
《消火:努力》
《延焼:才能》
俺は土をかけた。
足で踏んだ。
踏んだのに――止めようとするほど火が元気になる。
火が「止めないでください」って言ってるみたいに生き生きしてる。
俺の焦りを燃料にして、勝手に加速する。
声が裏返った。
叫びじゃない。祈りに近い。
「待って……待ってくれ……」
ミナは火を見つめて、真剣に頷いた。
真剣に頷くな。
「うん! すごい勢い! 安全が元気!」
安全が元気って何だよ。
元気なのは火だ。
《燃料:草》
《俺:詰み》
火は草むらを飲み込み、そして――森へ繋がった。
乾いた枝に火が移る。
落ち葉が燃える。
森が笑ってるみたいに、パチパチ鳴る。
《依頼:失敗》
《評価:−200》
採取したのは火だけだ。
そのとき。
草むらの端で、“何か”がこっちを見ていた気がした。
……白い影。
羽。
首が、妙に人間っぽく傾く。
森の向こうから叫び声が飛んでくる。
「火だ! 逃げろ!」
俺たちは逃げた。
逃げながらも、俺は背後が気になった。
……カシャ。
いや、今の音。
振り向くと、モブが板みたいなものを構えていた。
板じゃない。カメラだ。
撮ってる。笑顔で撮ってる。
「ほら見ろ、出禁勇者が森を燃やした!」
最悪の切り抜きが始まった。
炎上は火だけで十分なんだよ。
《炎上:確定》
《拡散:最適化》
拡散だけ最適化すんな。
救済の最適化もしろ。
ミナが走りながら笑う。
楽しむな。怖い。
「ねえタケル! 火ってあったかいね!」
もうやめてくれ。
俺の人生、あったかさで全部燃えてる。
森の縁で、依頼主らしき男が全身で怒鳴った。
「薬草採取を、災害に変えるな!!」
正論だ。
正論すぎて俺の心が焼ける。
俺は土まみれの手で胸を叩いた。
謝るんじゃない。
“責任を引き受けるフリ”をする。規約が見てるから。
「すみません! 本当にすみません!」
「俺、採取って言ったんです!」
「焼却じゃなくて採取って!」
指差したい。
でも指差したら終わる。
仲間って承認された時点で、責任は共有される。
《協調性:監視中》
《裏切り:記録》
裏切りが記録されるの、怖すぎる。
その横で――鶏が喋った。
「火の勢い、仕様より強いね」
知らん。
まず喋るな。
そしてその言い方、運営のそれだ。
ミナが依頼主ににこっと笑って言った。
「焼けば安全!(※より安全)」
注釈を増やすな。
炎上に脚注を付けるな。
俺はミナの前に半歩出て、そっと頭を下げた。
叫ぶより効く謝罪を、俺は知らない。
《謝罪:未課金》
《代替:土下座》
謝罪が課金制なの、倫理が燃えてる。
そして最後に。
視界へ、短くて嫌味で確定の通知が落ちた。
《出禁:永久(仮)》
《次回:消火任務(強制)》
……永久(仮)って、何だよ。
さらに追い通知。
《消火:成功報酬=出禁解除(仮)》
《失敗:永久(本)》
仮と本で脅すな。
人生に“本番”を持ち込むな。
俺の“普通の異世界”、いつ始まるんだよ。
――次回。
燃える森で、規約に従って消火しろって?
どっちがマシだよ。
A:火を消して出禁解除(仮)
B:火を消せず永久(本)
選べるわけがない。




