第3話 : 爆発系ヒロイン、拾ってくれました
「大丈夫? おなかすいた? 爆発する?」
《体調チェック:爆発(最優先)》
《爆発:想定内》
《所持金:0(参考)》
《宿:未所持》
《社会的立場:出禁(詰み)》
《胃:限界(警告)》
路地裏の入口から、やけに明るい声が落ちてきた。
俺は壁に背中を預けたまま、顔を上げる気力もない。
目だけ動かす。
影が、こちらを覗き込む。
「……しない。たぶん」
「たぶん! よかった!」
“爆発しない”が、健康診断の合格欄みたいに扱われた。
《判定:爆発しない=良好》
……俺の人生は今、出禁と空腹で二本立てなのに。
胃だけが勤務中。
胃だけがブラック。
胃だけが残業申請してないのに残業してる。
女の子は太陽みたいに笑っていた。
眩しい。
善意が眩しい。
そして会話が地雷原。
「わたしミナ! 通りがかりの“助ける係”!」
“助ける”が部署名みたいに胸に貼られている。
笑顔だけ熱いのに、言葉はやけに事務的だ。
《係:助ける》
《係:出禁受付》
《係:反省窓口》
《係:却下同意》
《係:人権実装 未検出》
表示欄だけが、きれいに空白だった。
空白って、ここまで冷たくなるんだな。
俺が口を開く前に、ミナはパンッと手を叩いた。
「待ってて! あったかいの作る!」
口を開いた瞬間――言葉の終端が、ガサガサという生活音に潰された。
荷物がガサガサ出てくる。
鍋。
粉。
自信。(最悪)
そして――木の器が三つ。
剣と盾じゃなく台所セット。
勇者の俺、初期装備ゼロ。
ミナだけ生活力レベル99。
《勇者:装備0》
《ミナ:装備 鍋+粉+謎の自信》
《俺:レベル 出禁1》
ミナが火をつける。
ぱち。
小さな音。
……なのに、俺の背中が勝手に伸びた。
匂いで起床する胃。
犬か。
路地裏に、あったかい匂いが広がる。
匂いだけで涙が出る。
胃が先に泣いた。
俺はその後で泣いた。
ミナが鍋をかき混ぜた瞬間、鍋の端で「ピッ」と青い火花が跳ねた。
《小爆発:チラ見せ》
《優しさ:0》
《かわいさ:高》
火花が跳ねた瞬間、俺の肩も反射で跳ねた。
まつ毛が熱でピリッと鳴る。
“かわいい”と“危険”が同じ棚に並んでる。
ミナは平然と粉を持ち上げた。
持ち上げる腕が、やけに頼もしい。
その頼もしさが一番こわい。
俺が鍋を覗き込んだ瞬間――
視界に、冷たい表示がしれっと浮かぶ。
《料理:未実装》
《安全:省略(規約)》
《責任:自己》
《救済:未実装》
必要なところだけ、妙に丁寧だった。
責任が先に配達される世界。
喉が勝手に鳴った。
空腹じゃない。
怖い方だ。
「……今、“未実装”って」
「うん!」
返事が速い。
《会話速度:異常》
《選択猶予:なし》
「たぶん!」
その「たぶん」が来る前に、粉がザーッ。
湯気が、もわっと立つ。
そして――
青い。
《色:青》
《味:不明》
《返品:未実装》
返品の欄が無い。
つまり“買った瞬間、勝負”だ。
でも腹が勝ってる。
腹が王様。
胃が政治。
俺は議席ゼロ。
ミナは胸を張った。
「きれいでしょ!」
俺は器を持つ手が、わずかに震えているのを見た。
恐怖で。
期待で。
どっちも最悪で。
「だいじょうぶ! 爆発はあったかいもん!」
……火の説明としては、完璧すぎた。
その瞬間。
木の器のひとつが、鍋の縁に触れて――
ジュッ。
焦げた音。
焦げた匂い。
焦げた未来。
《器:焦げ(軽)》
《火傷:未遂》
《謝罪:未実装》
ミナはにこにこしたまま器を引っ込めた。
「ほら! あったかい!」
あったかさの証明が、焦げで出てくるタイプか。
俺の指が、反射で器を遠ざけた。
遠ざけても匂いは来る。
匂いは回避不能。
同意を取りに来た瞬間、UIが割り込んだ。
《同意:自動》
《署名者:不明》
《異議申立:未実装》
俺は口を閉じた。
閉じても決まるのがこの世界だった。
湿った路地裏の空気。
鍋の熱だけ現実。
腹は限界。
尊厳は、とっくに出禁。
(飲むしかない)
視界の端で広告板がチカチカしている気がした。
幻覚だと思いたい。
でもこの世界、幻覚の方が優しい。
ミナが木の器を差し出す。
中身は当然、青い。
「はい! 元気でるやつ!」
喉の奥が“退職届”みたいにひゅっと縮んだ。
心が先に退職した。
器を受け取った瞬間、またUI。
今回は、ちょっと文字が震えている。
《摂取:実行待ち》
《署名:必須》
《同意:YES(固定)》
《NO:……(読み込み中)》
《NO:未実装》
NOの場所だけ、最初から壁みたいに空白だった。
指が止まる。
止まった指に合わせて、胃まで止まる。
俺は器を持ったまま――なぜか“署名用のペン”を探してしまった。
《ペン:用意済み(地面)》
《拾う:自己責任》
地面にあった。
最初からあった。
落ちてたのに、規約だけは拾わせる。
「署名って……ここで?」
「うん! 規約的に……オールグリーン!」
うん以外が出た。
ズレた専門用語で胸を張るな。
しかも英語混ぜるな。
この世界のUI、日本語だぞ。
ミナは笑顔のまま、規約を振り回す。
刺さるのは包丁じゃなく、同意。
俺は泣きそうになりながら、一口すすった。
……熱い。
熱いのは正義。
あったかいだけで今は神。
でも味が――
「……っ」
言葉が詰まる。
口の中が一瞬で会議になる。
議題:生存。
結論:花火。
《舌:炎上》
《胃:点火》
《俺:人間性 ダウン》
《議事録:提出先 未実装》
提出先が無いのに議事録は作られる。
役所仕事が早い。
「どう? あったかい?」
ミナがキラキラした目で見てくる。
「あったかい。……体の中が点火した」
「でしょ! 爆発ってあったかいもん!」
全部、爆発に繋げる才能。
でも――胃が落ち着いた。
悔しいけど、生き返った。ほんの一瞬。
《HP:+1(気分)》
《次の瞬間:-???》
《確率:高》
《祈り:任意》
未来がテロップで先に来るタイプのホラーだった。
その瞬間。
ミナが俺の目の前に手を差し出した。
「ね、仲間になろ!」
「……は?」
距離が近い。
言葉も近い。
決断も近い。
話の速度だけ、早送りボタンみたいだった。
俺は反射で、手を引っ込めた。
引っ込めたのに――視界が勝手に前に進む。
「だいじょうぶ! 出禁でもパーティは組めるよ!」
《仕様:パーティ可》
《根拠:規約》
《問い合わせ:未実装》
自信だけが正式リリースされていた。
問い合わせが死んでるのに、仕様だけ生きてる。
俺は社会人の必殺技を起動した。
丁寧語スイッチ。
「恐れ入りますが、確認です。
私の同意がない状態でパーティを――」
ミナはニコッとした。
「うん! 規約だから!」
丁寧語を起動した瞬間、勝率が落ちた。
《敬意:+5》
《勝率:-95》
《反論:未実装》
《代替:同意》
言葉の出口が、壁みたいに塞がっていた。
敬意だけが、きれいに吸い込まれていく。
……よし。
一瞬だけ、勝ち筋を見せよう。
俺は“社会人の奥義”を重ねた。
印鑑の代わりに、沈黙。
黙れば同意できない。
黙れば――
《沈黙:同意と見なす(規約)》
《希望:破壊》
希望が見えた瞬間に、粉砕された。
世界が手慣れている。
ミナが空中を“カンッ”と叩いた。
見えないボタンを押した音。
次の瞬間、俺の視界に最悪の表示。
《申請:承認》
《同意:自動》
《拒否:未実装》
俺はそこから視線を逸らした。
見たら押される気がした。
もう押されてた。
《解除:有料(高)》
《返金:未実装》
喉が鳴った。
空腹じゃない。
請求の音だ。
俺は頭を抱えた。
そのまま壁に額を軽く当てた。
コツ。
現実の音がして、余計に惨めだ。
「俺、死にかけた」
「助けたのは感謝」
「でも手続き雑すぎ」
「うん! 雑なの早いから!」
“雑”が長所の顔をしている。
俺の胃が、さっきから黙ってるのが逆に怖い。
静かな胃は、だいたい爆発前だ。
俺は改めて聞いた。
「……名前、ミナでいいんだよな?」
「うん! ミナ! 爆発担当!」
役割が確定してる。
しかも一番危ない担当が、一番楽しそうだ。
《役職:爆発担当》
《危険度:S》
《本人の自覚:0》
そのとき。
鍋が、小さく「ポン……」と鳴った。
かわいい音。
なのに背骨が凍る。
この世界、かわいい音ほど危険。
ミナが鍋を指さして笑う。
「ほら! 優しい爆発、来るよ!」
俺は息を止めた。
止めても来る。
止めた分だけ、来たとき苦しい。
次の瞬間。
鍋の蓋が“ふわっ”と持ち上がった。
内側から押し上げられたみたいに。
ポンッ。
破裂。
控えめ。
でも確実に爆発。
《爆発:優しめ》
《被害:俺(予定)》
《許可:未取得》
灰みたいなものが、ふわっと舞う。
ミナの頬にぺたっ。
鼻の頭にもぺたっ。
すすだ。
「ね? 優しい!」
《優しさ:判定不能(爆発)》
煙が、優しい顔でこちらに寄ってきた。
《爆発:記録》
《通報:自動》
《回線:光》
通報だけ、処理速度が神だった。
正義の更新が早い。
「ほんとだ! すす!」
すすは一行で十分だ。
十分なのに――足音が来る。
ドン。ドン。
路地裏の入口で、重い足音が響いた。
鎧の音。
槍の音。
職務質問する気満々の音。
影が路地裏を塞ぐ。
「今の爆発――出禁者の仕業か?」
最悪のタイミングで最悪のワード。
分類だけが先に走って、本人が追いつけない。
《判定:点火=爆発(規約)》
《疑い:出禁者》
《対応:即拘束》
《説明:省略(規約)》
説明が省略されるほど、拘束は速い。
しかも衛兵の視界にも、薄くUIが浮かんでるのが見えた。
こいつらも規約の奴隷。
正義の顔して、ただの運用。
衛兵が淡々と読み上げる。
「『爆発:記録』『通報:自動』……」
「規約第38条。爆発は――」
条文の声が、路地裏の湿気にやけに響いた。
平坦すぎて、読み上げAIみたいだ。
ミナが元気よく手を挙げた。
「補足! 第38条は『かわいい爆発は軽減』です!」
違う。
絶対違う。
でも衛兵のUIが一瞬、固まった。
《衛兵UI:ラグ(0.8秒)》
《確認:処理中……》
《結論:面倒なので拘束》
ラグったのに結論が最悪に早い。
「ち、違――!」
言い訳しようとした、その瞬間。
ミナが一歩前に出た。
すす付きの笑顔で、堂々と。
「違うよ! 私の仕業だよ!」
助けてくれるのはありがたい。
でも助け方が爆発で上書きされていく。
火消しが火を足してる。
衛兵が、なぜか真面目な声で宣告した。
「規約に基づき、現行犯だ」
《出禁:上昇判定中》
《責任分担:未実装》
《全責任:自動割当》
分けられないなら、背負うのはいつも俺だ。
俺と鍋とミナが、きれいに一つに圧縮されていく。
俺は空を仰いだ。
勇者の初日。
出禁と爆発だけが、順調にレベルアップしていく。
そして視界が、最後にやさしく殺しに来た。
《弁明:開始》
YES:認めない(逮捕率+10)
YES:丁重に認めない(敬意+5/逮捕率+15)
YES:全面的に爆発を認めない(火力+1/通報+1)
YES:全責任を俺が取る(最悪)
YES:ミナを売る(コメントが荒れる)
YES:衛兵を規約違反で訴える(訴訟:未実装)




