第2話:出禁って言われたんだけどこれ仕様?
――城門前。
俺は石畳で固まった。
理由?
目の前で、笑顔の衛兵が札を掲げてたからだ。
【出禁の方はこちらへ】
で、矢印が二択。
右「出禁」
左「一般観光客」
観光と出禁が同格。
この世界、温度設定バグってない?
追撃が来る。
《案内:あなたは右です》
《異議:未実装》
異議のボタンが無いの、
人生として致命的なんだが。
「出禁の方はこちらへ! 手続きは簡単です!」
眩しい笑顔。
背筋だけ冷える。
親切な笑顔ほど危険物、って就活で習った。
視界のUIが淡々と点滅した。
《出禁手続き:受付可能(5分)》
《拒否権:未実装》
“拒否権”だけ太字に見えるの、性格悪い。
右を見る。
窓口がずらり。
役所の受付みたいに丁寧で、目だけ死んでる。
看板がもっと死んでた。
【出禁者受付(初回)】
【出禁者受付(更新)】
【出禁者受付(再犯)】
未来がメニュー。
しかも全部「混んでます」。
常設の混雑って何。出禁って流行ってんの?
俺は一歩下がった。
背中に城門の冷たさが刺さる。
「……いや、俺、今出禁になったばっかなんですけど」
受付係員が即答した。
「はい、初回ですね。おめでとうございます」
「祝うな!!」
即返ししてしまった。
敬語、死んだ。
《敬語:破壊》
《出禁:延長の可能性》
UI、余計なところだけ仕事早い。
係員は“内定通知”みたいなテンションで紙束を差し出す。
「こちらにご記入ください。
お名前、出禁理由、反省文、今後の改善案を」
改善案。
解除じゃなく改善。
呪いじゃなく評価。
地獄まで社内用語かよ。
紙を受け取ろうとした瞬間、
優しい声で追い打ち。
「鉛筆は貸し出し可能です。
ただし返却は義務です。
規約違反の場合、出禁が延長されます」
延長。
その単語だけ浮いて、重く落ちた。
出禁が“日付つきサービス”に変わる音がした。
《出禁レベル:1》
《更新まで:29日》
《レベル2:街の空気が冷たくなります》
罰がふわっとしてるのに確実に嫌。
じわじわ系の嫌。
冷えるの、空気って。
俺は深呼吸した。
社会人の必殺技を起動。
――丁寧語スイッチ。
「恐れ入ります。
念のため確認ですが、
出禁の“異議申し立て”は規約上可能でしょうか?」
係員はにこやかに頷く。
勝った気がした。
人はこういう時、勝った気になる。
「はい。可能です。書類はこちらです」
二枚出てきた。
「こちらが異議申立書。
こちらが“却下に同意する書類”です」
二枚目がパンッと開いて視界を塞いだ。
「却下に同意って、異議の意味返せ!!!」
俺は一秒で丁寧語を墓に埋めた。
《敬意:+5(申請済)》
《勝率:-95》
《この会話:録音済み(規約に基づく)》
録音済み。
終わった。
会話が資産になる世界、嫌すぎる。
俺は紙束を抱えたまま城門から離れた。
逃げる足取りだけ軽い。
軽いほど情けない。
背後で衛兵が、まだ笑顔のまま叫ぶ。
「出禁者の方は右へー!
迷子になると更新が面倒になりますよー!」
心配の方向が命じゃなく手続き。
優しさが完全にシステム側。
*
城門から坂を降りると、街が見えた。
石造りの家。
露店。
生活の匂い。
……助かった。
やっと“異世界の町”っぽい。
飯。
宿。
最悪、野宿でも――
って思った瞬間、
街の入口の巨大看板がドン。
【出禁者お断り】
【出禁者のご入店は規約違反】
町ごと店扱い!?
入口からレジじゃん!
横に小さい札。
【出禁者の方は“専用レーン”へ】
専用。
入れる?
買える?
希望が芽吹いた。
次の札で刈り取られた。
【専用レーン:手数料+30%】
優しさに税金かかる世界、やめろ。
小さなUIが出た。
《運営:王国採用担当(クラウンHR)》
《要するに:採用担当です》
《出禁者専用:快適に拒否される導線》
翻訳があるのに惨めさだけ増える。
通りすがりが俺を見る。
視線が痛い。
槍より痛い。
いや槍は刺さるけど、視線は“残る”。
「……あの人……」
「……え、まさか……」
囁きが嫌な方向に揃う。
俺は普通に歩こうとした。
普通の顔。
普通の速度。
普通に“出禁じゃない人”っぽく。
無理だった。
頭上に、うっすら赤いタグ。
《出禁タグ:可視化ON》
《非表示:未実装》
《推奨:堂々と》
堂々と、の圧が強い。
俺は帽子を探す動きをした。
帽子は存在しなかった。
動きだけが虚しく終わった。
*
腹が鳴った。
現実が先に喋る。
俺はパン屋の前で止まった。
焼き立ての匂い。
香りだけ神々しい。
香りだけ。
「すみません、パン――」
店員が笑顔を作る。
断る笑顔。
丁寧な絶望。
「申し訳ありません。出禁者の方には販売できません」
視界が処理した。
《購入:却下》
《代替:香りをお楽しみください(無料)》
香り無料。
人生で一番いらない無料。
俺は一歩下がった。
匂いだけ近くて、パンだけ遠い。
うわ、無理。
次。
屋台の肉串。
湯気。
油。
勝ち確の匂い。
「それください」
おっちゃんが元気に親指を立てる。
「おう! 出禁者専用メニューでいいか!?」
「専用って言うな! 怖い!」
俺の希望が先に死んだ。
メニュー板が刺さる。
【一般:肉串 1本 2G】
【出禁者:肉串(更生味) 1本 30G】
【内訳:反省料+28G】
更生味。
味じゃなく罪悪感。
「足元見すぎだろ!!」
怒鳴った瞬間、胃がキリッと鳴った。
怒りと空腹が合流して痛い。
おっちゃんが爽やかに言う。
「出禁の人は足元しか見えねえからな!」
「上手いこと言うな!! 刺さる!!」
《おすすめ:更生味(人気)》
《効果:反省した気分(個人差)》
個人差で済ませるな。
俺は肉串を諦めた。
諦める理由が価格。
人生の敗北感が生々しい。
――で、次は宿。
寝れば回復する。
ゲームなら。
宿屋の看板は立派。
扉も大きい。
ここなら――
札。
【出禁者宿泊不可】
【出禁者は外のベンチへ】
【雨天時:自己責任】
ベンチが代替で成立する世界、雑すぎる。
それでも受付に突っ込む。
突っ込むしかない。
胃が弱ってる。
「一泊……できますか」
受付嬢が丁寧に微笑む。
丁寧=刃物。
刃物が柔らかい声をしてる。
「いらっしゃいませ。ご宿泊でしょうか?」
「はい……」
受付嬢は俺の頭上を見て、にこっとした。
「……出禁者の方ですね」
タグ、ここでも仕事するな。
「申し訳ございません。
規約により宿泊はお断りしております」
胸の奥から削れた声が出た。
「……勇者ってさ、歓迎される職業だよな……?」
受付嬢は少しだけ申し訳なさそうに、
それでもきっぱり言う。
「歓迎される勇者は、です」
丁寧すぎる論破は傷が綺麗で痛い。
《メンタル:-50》
《回復:課金》
《泣く場合:外のベンチへ》
泣く場所まで指定されると、
泣く気も失せる。
*
それからの俺は、
もう早送りでいい――と言いたい。
でもこの世界は、
早送りすら規約で殴ってくる。
買えない。
全部買えない。
《生活:試用版》
《出禁者:支払いのみ可能》
拒否の看板だけ、やたらバリエーション。
【出禁者お断り】
【出禁者は裏口へ】
【出禁者はスタッフへ】
【※スタッフ:広告視聴中】
働く側まで規約に絡め取られてる。
救いより回収が優先。
世界の設計思想、もう嫌だ。
そして――現実が殴ってきた。
《所持金:0》
……そうだ。
俺、財布ない。
召喚された時、何も持ってなかった。
勇者スターターセットすら無い。
うわ、詰み。
絶望しかけた、その瞬間。
《初回課金で所持金100G!》
YES:受け取る
YES:丁重に受け取る(敬意+5)
YESしかないの、草。
でも押すしかない。
指が動いた。
《決済:失敗》
《理由:出禁者は無料対象外》
初回無料! じゃなくて、
“初回だけ俺は有料”だった。
《ご案内:月額プランがお得です》
《おすすめ:心の回復も付属》
心の回復までサブスク化すな。
《出禁レベル:上昇しそうです》
《理由:暴言(自動判定)》
YES:反省する
YES:丁重に反省する(敬意+5)
俺は返事をしなかった。
腹だけが返事をした。
ぐぅ。
恥ずかしい音が、
今日のMVPだった。
*
俺は路地裏に逃げ込んだ。
喧騒が遠い。
湿った空気。
冷たい壁。
硬い地面。
でも中心で晒されるよりマシ。
腹が鳴る。
情けなく鳴る。
「……ゲームならここで
“優しい村人”が助けてくれるだろ……」
テンプレに縋ってみた。
縋れるものがテンプレしかないのが終わってる。
……でも。
誰も来ない。
足音すらしない。
《救済イベント:未実装》
《代替:更生プログラム無料体験》
助ける前に直す。
順番が逆。
人間の扱いが修理。
路地裏入口の街頭広告が、
急に音声を流し始めた。
『出禁者向け!
更生プログラム無料体験!』
『出禁レベル1限定!
今なら特典付き!』
特典って言葉だけ明るい。
中身は見なくても分かる。
ポイントカードの匂いがする。
俺は頭を抱えた。
喉が乾く。
腹が痛い。
足が冷たい。
勇者の第一日目、
生活感だけリアルすぎる。
視界が、ゆっくり暗くなる。
……腹が鳴った。
最後に、もう一回。
世界が遠ざかる。
その瞬間――
路地裏の入口の方で、
軽い足音。
コツ、コツ、コツ。
誰かが近づく。
妙に軽い。
弾むみたいに。
俺は顔を上げる力すらなくて、
ぼんやりその方向を見る。
影がのぞき込む気配。
そして、明るい声が落ちてきた。
「大丈夫?
おなかすいた?
爆発する?」
《救済イベント:検知》
《ただし:規約に基づく》
《手数料:後ほど請求予定》




