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六話 おいない相談所

 鵬天の話した「お悩み相談所」は、隣町の商店街の一角にあった。


 ただし商店街、と言ってもシャッター商店街だ。


 通りの両脇に建ち並ぶ店々は入り口をシャッターで閉ざし、看板は朽ちるか外されるかしており、ビニールに覆われた張り紙も褪せ切って、数年前の講演のポスターが電柱に磔になっている。


 もし宇宙人が地球文明を破壊しに来たとして、この商店街を見せて「当文明はもう滅びました」と言えば信じて帰ってもらえそうだ。


 いちおう正装として制服を着て来たカコと、動きやすいからと本来の姿に戻った侃螺は、並んで歩きながらそんなさびれた景色を眺めた。


 時刻は午後2時過ぎ。

 元日の昼の商店街は得てして賑わうものだが、この場所に関しては例外だ。


 真冬の冷たい風が、見通しの良い通りを吹き抜けて行く。


「さあ、到着しましたよ!」


 商店街の惨状を気にした様子も無く、カコたちを先導していた鵬天はぴたりと移動を止めた。


 彼が指し示したのは元・呉服屋と元・雑貨屋に挟まれた階段。

 傍らには「二階 お悩み相談所 無料」と墨で書かれた半紙を貼った、古い置き看板がある。


 鵬天はするすると階段を上昇し、カコたちもそれに続いた。


 アルミ製の階段は、カコの学生靴とぶつかってカンカンと音を響かせる。

 対して侃螺は蹄らしきものを持っているのに、音が全くしない。


 3人もいるのに足音は1人分だけという、オカルトな状態である。

 正しく。


 カコは塗装が剥がれて錆が剝き出しになった手すりに、何の躊躇もなく手を添わせながら足を進めた。


 赤茶の錆の粉が彼女の柔い手に付着する。

 階段を昇り切ると、カコはその手をそっと侃螺の体に擦り付けた。


 何のことは無い、ふと思い立った嫌がらせである。


「季玖露さーん」


 2階に上がってすぐ現れた、下の方がやや凹んだ扉の前で、鵬天は目的の人物の名を呼んだ。


 すると「はあい」と女性の声が返って来て、扉はキイキイとひとりでに開いた。

 またもや怪奇。


 カコたちが中に入ると、そこは簡素な事務所のような部屋だった。


 6畳ほどの広さのそこには、学校の教員が使うようなデスクと椅子が1つと、平たいテーブルが1つ、それを挟むようにして応接用のソファが2つ置かれている。

 ただし、どれもボロボロだ。


 棚はあれど中身は埃だけ、窓は壊れかけのブラインドが完全に下りたまま、電灯は無く代わりに天井から吊り下げられているのは古びたランプ。

 奥の部屋に繋がるであろう扉は、上の硝子部分が割れていて普通に危ない。


 どこからどう見ても廃墟である。


 そしてその廃墟じみた部屋の主らしき女性は、ソファに体を横たえてくつろいでいた。

 現代にそぐわない着物姿――しかし微妙にデザインがおかしい――に、髪も古風な結い方――ただし絶妙に構造がおかしい――の、浮世離れした雰囲気の人物だ。


「いらっしゃい」


 彼女は訛りのある発音でそう言い、来訪者を歓迎する。

 背中から腰にかけて生えた2対4本の節足で体を支え、ぐいと上体を起こした。


「鵬天、そっちの人らは……ん?」


 顔に付いた8つの目――2つは人間のそれと同じで、6つは硝子玉のような形をしている――をくるりと動かし、彼女は首を傾げる。

 視線の先は、カコだった。


「あらあ、お嬢ちゃん、人間やないの。どうしたん? 妖怪2人に人間1人なんて、変わった御一行さんやん」


 驚きつつ、彼女は鵬天に説明を求めるがごとく顔を向ける。

 が、鵬天はするっと舞い上がったかと思うと、扉の隙間に体を滑り込ませた。


「用件はご本人たちから。俺は次のお仕事探しに行くんで!」


 悪びれもせず後のことを丸投げし、鵬天は去って行く。

 彼の行動には慣れているのだろうか、女性はやれやれと言ったふうに軽く溜め息を吐いた。


「せっかちやねえ。ま、ええか。初めまして、お嬢ちゃんにどっかの誰かさん。私は季玖露、見ての通り妖怪やに。よろしくな」


 季玖露はきゅっと目を細めて笑い、カコたちに軽く手を振る。

 気さくな鵬天が紹介するだけあって、かなり友好的な態度だ。


 次いで、彼女は節足で向かいのソファを指し示す。

 席を勧めているのであろう、カコと侃螺はそれに従い腰を下ろした。


「初めまして。私は荒井カコです。こちらは侃螺さん」


「故あって妖怪を探している。情報提供に協力してくれ」


「『故あって』じゃわからんよ。手伝いはしたるから、お姉さんに詳しく……ってああ、その前にあれやね、お茶出したろ。紅茶と緑茶どっちがええ?」


「では紅茶で」


「私は要らぬ」


「2人とも紅茶な。ちょっと待っとって」


 季玖露はソファから立ち上がると、件のボロ扉を開けて奥の部屋へと移動する。

 ややあって帰って来た彼女の手には、ティーカップが2つあった。


「はいどうぞ」


 コト、と軽い音を立て、カップがテーブルに置かれる。

 侃螺はその中身を見、怪訝な顔をした。


「……透明な紅茶とは変わっているな」


「え? 水やけど?」


「さっきの質問は何だったのだ」


「いや、私もお茶入れたろ思たんやけどな。お茶無かったわ。やから水」


「…………」


 絶句する侃螺の横で、カコはごくごくとカップの水を飲む。

 完全に水道水の味だった。


「さ、あんたらの事情話してみなれ」


 この話題はもう終わったと言わんばかりに季玖露は言う。


 侃螺は微妙に腑に落ちない感情を抱えつつも、あちらのペースに乗せられて目的を見失ってはならないと割り切ることにした。


 かくして彼は過去帳云々の話をし、それを聞き終えた季玖露は「ははあ」と腕を組んだ。


「カコちゃん、若いのに大変やなあ。学校とか行けやんくなるんやろ?」


 彼女は眉を下げて言う。

 人間が若い時期を大事にすることは、相談所の客のおかげでよくわかっていた。


 だが侃螺はそんなことは些事だとばかりに、ソファに少しもたれながら返す。


「当然だ。使命に注力するために他のことは」


「行きますよ」


 侃螺の言葉を遮って、カコは答えた。

 彼女は目を丸くする侃螺を差し置き、にっこりと笑って繰り返す。


「ですから、行きます。学校。休みが明けたらまた」


「は……」


「私、学校好きなんですよね」


 それは有無を言わさぬ意思表示だった。

 日ごろ散々問題を起こしておきながら、しかしそういうことらしいカコは、侃螺に言外の圧をかける。


「なるほどなあ。そういうことやったら、お姉さんに任しとき。なあんでも教えたるに」


「不安だな」


 侃螺は心底、溜め息を吐く。

 その横でカコが「要らないのならもらいますよ」と彼の分の水をかっさらって行った。


「失礼やなあ。これでも人間に評判の相談所の主人やに?」


「ほう。評判なのか」


「そらもう、リピーター0人やからな。お悩み解決したらもう相談所には来やんやろ? つまり評判ええってことやん、直接聞いたことは無いけど」


「…………」


「侃螺さん、帰ろうとしないでください」


 すっくと立ち上がり出口に向かおうとする侃螺をカコが引き留める。

 恐らく「このくらいは我慢しろ」ではなく「お前も道連れ」の意図だった。


 カコは侃螺を再び座らせたのち、事前に用意して来た妖怪のリストを季玖露の前に差し出す。

 なおリストと言っても、その辺のメモにその辺のボールペンで走り書きしただけのものだ。


 季玖露は並んだ妖怪の名前を見て、少しだけ顔をしかめると、「鵺」の字を指さした。


「まずは……そやね、こいつは知っとんで」


「どこの誰ですか」


「何とか山っちゅうとこの何とかって言う奴やな」


 不安極まりない発言である。


「知らないならそう言え」


「知っとるって、急かさんといて。えーと、そう、美在所山(みざいしょやま)雷轟(らいごう)や。昔からあちこち喧嘩売ったり襲ったり、困った妖怪なんやに」


 声を低くひそめて、おどかすように季玖露は語った。

 困っている様子は全く無い。


「他の『鵺』である可能性はありませんか?」


「無いなあ。いま此岸におるんは雷轟だけやし」


「? 此岸……この世以外にも妖怪が居るんですか」


 疑問を投げかけるカコに、季玖露は意外だと言わんばかりに目を丸くする。

 そして状況を理解すると、侃螺の方へと責めるような視線を向けた。


「……侃螺、あんたちゃんと説明しとらんの? あかんやろ」


「何のことだ」


 侃螺はムッとして返す。

 いわれなき非難は大層不愉快だった。


「ここ600年ほどのことは知らぬ。私はずっと過去帳の中に居たのだからな」


「ああ……そういうことな」


 季玖露は盛大に、これでもかと盛大に大袈裟にわざとらしく、息を吐く。


「しゃあないな。ほなカコちゃん、お姉さんが説明したろな」


 カコの方に向き直ると、彼女はにこりと柔和な笑みを浮かべた。

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