五話 煙の郵便屋
正月が来た。
有り得ないほど地味に来た。
カコがあまりテレビ番組を見るタチではないこと、カコも侃螺も新年を共に祝うような友人が居ないこと、毎年賑やかに大晦日から年越しを楽しんでくれる叔父と叔母が居ないこと。
原因は様々あったが、最たるものは別にあった。
「見つかりませんね」
「…………」
「番人なら妖怪の居所くらい把握しててくれません?」
「……仕方がないだろう、私が番人になってから600年ほど経っているのだぞ」
「というかそんなに経っているなら、妖怪たちも死んでるんじゃないですか?」
「妖怪に死は無い。あるのは休眠だけだ。……経験上、恐らく」
正月を意識させない――言い換えれば、正月を楽しむ余裕を削っている根源。
それは難航する妖怪捜索だった。
過去帳を扱える人間・カコと彼女のサポートをする侃螺。
彼女らは使命の遂行を決心したは良いものの、過去帳に書かれた妖怪たちの所在が悉く不明であり、まずはそれを探るという作業が発生したのである。
なお進捗は上記の会話の通り。
ふたりは居間のちゃぶ台を囲み、揃って頭を悩ませていた。
「使えませんね……」
「なんだと」
「どうしてあなたみたいな妖怪が番人を任されたんですか? 個人的には妖狐とか鬼とか、そういう華やかで強い妖怪の方が想像しやすいのですが」
「私が地味で弱いと?」
「はい」
カコは張り付けた笑顔を、侃螺は不満を隠そうともしない表情を、相手に向ける。
良くない仲に状況の悪さも加わって、場の空気は非常にギスギスしていた。
と、そこへ。
「はーいどうも! お邪魔しまーす!」
陽気な声が聞えたかと思うと、閉ざされた窓の隙間から白い煙が流れ込んで来た。
ひと筋の煙はするすると固まり、中心部分に人の顔が現れる。
揺らめきながら朗らかに笑うそれは、明らかに妖怪の類であった。
「お初にお目にかかります! 俺は鵬天と言いまして、『煙天郵便』ってことで配達のお仕事を……あれ?」
饒舌に名乗り始める妖怪・鵬天をよそに、カコは立ち上がって廊下へと出て行く。
「あの、お嬢さん?」
鵬天が困惑したように彼女の後に続き廊下に出ると、同時に目の前に掃除機の口が突き付けられた。
カコは何も言わず、掃除機のスイッチを押す。
「うわああああ!!??」
途端に凄まじい勢いで吸引が開始され、鵬天は悲鳴を上げた。
水が上から下へ流れるがごとく当然に、煙の体は掃除機に吸い込まれようとする。
「やめよ荒井カコ! こやつは無害だ!」
「不法侵入者は有害、すなわち駆除対象です」
慌てて侃螺が止めようとするもカコは止まらない。
掃除機も止まらない。
鵬天は既に半分ほど体を呑み込まれながらも必死で踏ん張り、カコに語りかける。
「お嬢さん! 話を聞いてくださいよ! これ、俺はあなたの叔父さんと叔母さんからの贈り物を」
言い終える前に、カチ、と音がして掃除機は止まった。
「どういうことですか」
「だから俺、郵便屋なんですって。依頼主からお嬢さんに、荷物をお届けしに来たんですよ」
鵬天の体がふわりと蠢き、煙の中から封筒がひとつ出て来た。
カコはそれを受け取り、送り主を見てみる。
確かに叔父と叔母の名が、彼らの筆跡で書かれていた。
中には便箋が3枚と高額紙幣が数枚。
便箋に書かれた文章を読むに、それはお年玉兼仕送りらしかった。
「ま、こんな感じで、これから俺がご両親からの便りとか仕送りとかをお届けしまーす。あとお嬢さんの暮らしぶりもあちらに伝えますんで!」
「どうやって叔父さんと叔母さんから依頼を受けたんですか」
カコは不審の目を向ける。
万一、彼らを脅して……などということがあれば、ただちにこの妖怪を凄惨な目に遭わせる必要があった。
「そりゃあ俺の方からお声をかけたんですよ。通りすがりになんだか浮かない顔の人間が居たもんで、姿を見せて事情を聞いたら件の過去帳絡みで娘さんと離れ離れになったとか。しかも制約があるからお嬢さんが元気にしてるか、人づてにも知りにくい。なら妖怪である俺の出番ってわけです! 聞く限り、制約は妖怪には関係ないですからね」
お二人とも喜んで任せてくれましたよ、と鵬天が言うと、カコは少し考えてから疑心を解いた。
「……そうですか。では私にも、時々叔父さんと叔母さんの様子を教えてください」
「勿論いいですよ。俺は物や言葉を運ぶのが生きがいなんでね!」
鵬天は楽しそうに語り、くるりとその場で宙返りをする。
と、そこへ横やりを入れるように侃螺が溜め息まじりに言った。
「貴様、まだ郵便屋など酔狂なことをやっていたのだな」
「ん? あー! 誰かと思ったら侃螺さんじゃないですか。失敬、気付きませんでした。番人になったって話、本当だったんですね。いやあ道理で、物騒な過去帳の噂だけ流れて実物は見つからないわけだ。侃螺さん、そういう隠れる感じのやつ得意ですもんね」
鵬天自身は皮肉でも何でもなく、純粋に思ったことを言っただけであったが、侃螺は少し顔をしかめる。
「お知り合いですか」
「知っているだけだ。こいつは煙羅何某という妖怪でな。昔からあちこち喧しく飛び回っていたのだ」
すると今度は鵬天の方が不服そうな表情をした。
「ちょっと、人間みたいな呼び方するのやめてくださいよ」
はて、「人間みたいな呼び方」とは何のことか。
カコが意味を考えていると、彼女の様子に気付いた鵬天が先んじて付け加えた。
「お嬢さん知らない? 俺たちはこういう……自分の名前以外の名札を付けられるのが嫌いなんですよ。『妖怪』くらい広ければ良いんですけど、なんか標本みたいで」
「へえ、そうなんですね」
さらに横から侃螺も、補足をするべく口を挟む。
「人間は何でも分類して名前を付け、概念を管理したがる。しかし妖怪はそれを好まぬのだ。まあ、根本的な価値観の違いというやつだな」
「ではあなたも?」
「呼ばれて嬉しくはない」
答えてから、侃螺はカコの様子をちらりと窺った。
嫌がらせにわざと『空鈿』と呼んで来るのではないかと、危惧したからである。
が、幸いにもカコはそうすることなく、それでいて何の感慨も持っていないような、澄ました顔をしていた。
安堵半分、苛立ち半分に侃螺は視線を彼女から外す。
「では俺はこれで!」
くるりとその場で一回転し、鵬天は窓の方へと向きを変えた。
窓は変わらずぴったりと閉まっているが、来た時のようにすり抜けて行くのだろう。
が、鵬天がそうして外に出ることはなかった。
カコが彼の頭部を過去帳で殴ったからである。
「いっっだあ!?」
鵬天は悲鳴を上げ、ぐるんと身を丸めて悶える。
固形物の体でなくとも、過去帳での殴打は効くらしい。
「え、なんすかお嬢さん……めちゃくちゃ痛えんですけど……?」
「ちょっと聞きたいことがあるんです。良いですか?」
「い、良いですけど……なんでいま俺、殴られたんです?」
またぶん殴られやしないかと、鵬天は恐る恐る尋ねる。
対するカコはニコリと笑って答えた。
「引き留めたかったので」
「あのお嬢さん、言語って知ってます? 声で思ってること伝えられて便利なんですよ」
「そうですか。それで鵬天さん、この妖怪たちの居場所を知りませんか?」
鵬天の遠回しな訴えを滑らかに棄却し、カコは過去帳をぱらぱらとめくって見せる。
そんな彼女を、侃螺は鼻で笑った。
「ふん、愚か者め。その過去帳は番人の私と、所有者となった貴様にしか読めぬぞ。説明したはずだが、もう忘れたか?」
「…………」
カコが侃螺の左脛を狙って蹴りを繰り出し、侃螺はひょいと足を引いてこれを躱す。
侃螺が勝ち誇った表情をした瞬間、カコの肘鉄が彼のみぞおちに突き刺さった。
「『海坊主』『大百足』『ゐくち』『以津真天』『鵺』『牛鬼』これらの居場所はわかりますか?」
そしてカコは何事も無かったかのように会話を続行する。
鵬天は何となく、この人間との付き合い方が見えて来た気がした。
「えーと、そいつらの名前……固有名がわかんないのでまず『誰』なのか特定できませんし、それを差し引いても俺は他の妖怪たちの事情には詳しくないんで……」
すみませんね、と彼は肩をすくめる。
「そういう類のことなら、俺じゃなくてあいつに聞いてみると良いですよ。お悩み相談所の季玖露」
「誰ですか、それは」
「人間に紛れて生活してる物好き妖怪です。確かこの辺りに住んでるはずですよ。案内しましょうか?」




