番外三 物置部屋のこと
追無村での一件が収拾した、その次の日のことである。
荒井家の廊下にて、侃螺はふと足を止めた。
「以前より思っていたが……」
視線の先は、物置と化した一室。
障子の開け放たれたそこは廊下からでも、中の様子がよくよく見えた。
東南アジア風の人形、西欧風の絨毯、抽象的な油絵、得体の知れない木彫りの装飾品――何が何やらわからないほど、多種多様な品々が詰め込まれている様子が。
「荒井カコ。これらの物品は何だ」
そう言い侃螺が後ろを振り向けば、荒井カコがひょこりと顔を出した。
「概ね、叔父さんと叔母さんが旅行先で買ってきたものです」
「現代の美術品か」
「まあ、そうですね」
カコは部屋の中の、僅かな足の踏み場へと立ち入る。
つられて侃螺も彼女の隣に立ち、数々の品を見回した。
カコの義両親が購入したという土産たちは、一般的な視点から見れば、まあまあ奇抜であった。
家の玄関に飾っても良さそうな物もいくつかはあれど、9割9分が不気味、あるいは奇天烈な物ばかり。
玄関に置こうものなら来客を退ける効果を発揮するであろうものが、その大半を占めていた。
それらをまじまじと眺めた侃螺はというと、着物の袖に手を入れながら、やたら偉そうに頷いた。
「ふむ。随分と趣味が良い」
「趣味」なる単語がどのような嫌味や皮肉を含有するのかは、彼のみぞ知るところである。
「例えばこの置物など……永芳という奴によく似ている」
侃螺は馬を模った木製の置物を指差した。
なお凛々しいとはとても言い難い風貌のそれは、ただの馬というより、馬らしきものと表現した方が正しい。
なぜならそれの頭部には、目が3つと、耳が2対4個も付いていたから。
「知り合いですか」
置物の見た目はさておき、カコは首を傾げて侃螺に尋ねる。
「友人」と言わなかったのは、恐らく無意識だった。
「昔、私を付け回してきた迷惑な物好きだ。今もどこかに居るであろうな」
ふん、と侃螺は鼻を鳴らす。
どうやら「知り合い」との表現で適切だったようだ。
「あれは香を作ることを好む奴で、私の肉を材料にしようと度々言い寄ってきたものだ」
「殺した方が良くないですか?」
「できるものならな。貴様も気を付けよ。何があやつの琴線に触れるのか、わかったものでは――」
愚痴じみた話を続ける侃螺だったが、そこでふと、言葉を止めた。
「これは……」
彼が目を奪われたのは、ひとつの小箱。
黒くつやのある木でできたそれは、巧みに装飾の細工がされており、可愛らしく上品な出で立ちをしていた。
「初めて見ました。綺麗な小箱ですね」
興味深そうにカコは言う。
読書嗜好のこと同様、不気味なことに、彼女は素敵なインテリアに関心を示しているようだった。
だがそんな彼女とは裏腹に、侃螺は思い切り顔をしかめた。
「……私には、怨念と妖術が煮詰まった汚物にしか見えぬが」
その言葉に、カコの眉がぴくりと動く。
「有害ですか?」
「無論。今は封がされているから良いが、間違って開けでもしたら確実に死人が出る」
侃螺は爆発物を監視する人間と似た視線で、小箱を注視した。
彼は番人として過去帳を守っていただけあり、こうした危険には敏感だ。
見えざる封をすり抜けて、小箱の正体を感じ取っていた。
呪いと言って差し支えない、邪に満ちた妖術。
その根であり、枝葉として伸びる怨念。
人間のおぞましい欲と、犠牲者。
語れば聞くに堪えないであろう背景が、この美しい小箱には押し込まれている。
「逆に言うなれば、開けさえしなければ無害だ。このまま貴様の親の目に付かぬところへ、隠しておくといい」
侃螺は極めて論理的に、カコに説明と助言を施した。
荒井カコの要らぬ蛮行を、未然に止めるためだった。
「では手入れをしておきましょう」
止まるわけが無かった。
カコは躊躇いなく、小箱を手に取る。
「は? おい――」
次の瞬間には、小箱の蓋はいとも容易く開かれ、見えざる封も当然ビリビリに破られていた。
「荒井カコ!!」
侃螺は叫んだ。
8割方、悲鳴だった。
けれども時すでに遅く、小箱の中に封じ込められていたものが、勢いよく噴き出る。
それは濁った黒煙、あるいは汚泥のような見た目をした、穢れた何かの堆積物だった。
黒く渦巻く「それ」は、天上付近まで立ち昇り、しばし制止する。
かと思えば次の瞬間、近くに在る人間に気付いたかのように、カコ目がけて襲い掛かってきた。
となると続いて何が起こるか、答えは極めて単純だ。
カコはスカートのポケットから過去帳を取り出し、「それ」を強かに打った。
固形物でないはずの「それ」から、ボゴ、という鈍い音が響く。
そしてびくんと大きく波打った「それ」は、宙に溶けるように消えていった。
「ふわふわしたものでも殴れるのは便利ですね。結構良いかもしれません、この過去帳」
「野蛮人め」
「これで正真正銘、綺麗な小箱ですね」
侃螺の誹りを羽根よりも軽く流し、カコは小箱の蓋を閉じる。
暴力に適した便利な過去帳により、小箱の中身は綺麗さっぱり祓われた。
が、それを使って何かしらを為そうとしていた者が居たなら、この数秒の一部始終を見て相当渋い顔をすることだろう。
長年積み重ねてきたものも、壊れるのは一瞬。
諸行無常である。
「さて、護億さんに水をあげに行きましょう」
カコは小箱を元あった所に戻し、部屋から出る。
侃螺もまた、呆れ顔をしながらも彼女に続いて場を後にした。
廊下を行けばほどなく中庭が右手に現れ、そこでは護億が文字通り笑顔を咲かせていた。
よく晴れた空から降り注ぐ日光を浴びる姿は、ギリギリ縁起が良さそうに見える。
「しかし荒井カコ。貴様、あやつを勝手に植えたわけだが。貴様の親があやつを見たら、腰を抜かすのでは――」
護億に視線をやりながら、侃螺はそんなふうに言いかけてやめた。
「いや、要らぬ心配か……」
脳裏には今しがた目撃した、奇妙な物品の数々と、カコの相変わらずの蛮行が浮かんでいた。




