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二十一話 希望を見た

「は?」


 カコの唐突な発言に、真っ先に声を発したのは侃螺だった。


「荒井カコ……貴様、遂に会話の作法まで失ったか」


「失っていません。モモシさん、いくつですか?」


 遠回しに咎める侃螺を軽く流し、カコは重ねて尋ねる。


 その場にしゃがんで、真っ黒な瞳でじっと相手を見つめる姿は、それだけ見れば無垢で真摯にも思えた。


 が、モモシは僅かに顔を逸らして、つっけんどんに言った。


「知るか」


 直後、カコの拳がモモシの額に刺さる。


「ぐェっ!」


「400歳以上ですか?」


 いったん暴力を挟まないと話を進められないのだろうか。

 ここまで来ると、無作法というか無法だ。


「だから、知らねえよ! いちいち数えるか馬鹿らしい!」


 モモシは痛みに顔を歪めながら、自棄気味に答える。

 近くでは侃螺が、哀れみを込めた視線を送っていた。


「では、生贄を捧げられたのは? いつでしたか?」


 カコは構わず、同じ調子で質問を続ける。

 穏やかな声色が、本人にその気があるにしろ無いにしろ、却って高圧的だ。


 さておき答えなければどうなるか、既に察したモモシは渋々口を開いた。


「……人間どもがやかましく争っていた頃……それなりに前だ。800年とか、900年とか、そのくらい」


 それを聞いて、カコはほんの少し目を見開く。


 同時に、村人たちや侃螺も、何かに思い至ったようだった。


「ふむ。モモシ、貴様は生贄を寄越した村の者たちをどうした」


 カコの言葉を先取るように、侃螺が問いを投げかける。


「全員殺した。……まあ、俺がちょっと『下』に籠ってた隙にまた村を作ってたから、取りこぼしが居て繁殖したみたいだが」


「居ませんよ」


「あ?」


 一も二も無く発言を否定され、モモシは忌々しげに視線を持ち上げる。

 カコはその目を正面から受け止め、ゆっくりと言った。


「彼らの先祖は、400年前にこの()()()地へやってきたそうです。あなたが話した方たちとは、全く別の集団ですね」


 村人たちの間に、やはり、という納得感が広がる。

 身に覚えが無いのは、何も認識違いではなかったのだ。


 妖怪は悠久の生を有するがゆえに、時間の感覚が人間とは異なる。

 人間社会に紛れて暮らす者ならまだしも、人里離れて生きる者となると、感覚のズレは致命的に大きい。


 人間にとっての100年が、妖怪にとっての1年。

 例えばそういうことが、往々にしてあるのだ。


 そしてこのモモシも。


 100年を1年のように感じるからこそ、また一時期人間の動きを注視してはいなかったからこそ、気付かなかったのだ。

 己が憎んだ者たちは死に絶え、繁殖などせず、長い月日を空けて、新たに全く無関係の者たちが移り住んできたことに。


 モモシは今の村人たちが住み付いてしばらくは、何もしなかった。

 それも彼にとっては「ちょっと」の間だが、


「先祖の業を子孫が永遠に背負う、というのも不合理に思えるが、こやつらの場合はそれ以前の問題だ。こやつらは貴様が憎んだ者たちと、縁もゆかりも無いのだからな」


 無遠慮な侃螺の言葉に、モモシの鋭い牙がガバリと開かれた。


「ッだから何だ! お前らも同じ人間だ! 人間は俺の縄張りを荒らす! 勝手に住みついて平穏を乱す! お前らも……」


 モモシは言葉を止める。


 目の前には、息を呑んでモモシを見つめる村人たちが居た。


 ――この400年。


 村人たちは、何度かモモシの縄張りに侵入した。

 しかしそれは道に迷ったり、うっかり領域を見誤ったりしただけで、故意に境界を越えた者は1人として居なかった。


 そして彼らが誰かにモモシを倒してもらおうとしていたのは、まともに話もできない怪物だと認識していたからだった。


 一方、モモシも何度か、追無村に侵入した。

 それは縄張りに人間が入ったことや、縄張りの周辺を開発されそうになったことへの報復であった。


 そして彼が村人たちと話をする気が無かったのは、彼らがかつて憎んだ人間たちに連なる者で、いまだ自分に悪意を持っていると思っていたからだった。


 モモシはじっと村人たちを見つめ返す。

 そうして、持ち上げかけた頭をゆっくりと下ろした。


「……俺も……同じか……」


 蚊の鳴くような声で彼は呟く。


 と、次の瞬間、ぐるりと身を翻して、山の方へと去っていった。


「あっ」


 艇雲が声を上げ、手を伸ばすが、モモシは既にずっと先の方。

 カコたちに痛めつけられ弱っているとはいえ、人間や弱い妖怪には追い付けない速さで動くことはできるようだった。


 こうして、和解できたとは言い難い空気のまま、一連の騒動は終着を迎える――かと思いきや。


「ま……待ってくれ、モモシさん!」


 晤郎が前に出、もう見えなくなりそうなくらい離れてしまったモモシに向かって、叫んだ。


「わしらァ、話がしたいんや! お互いを傷付けんでいいように……傷付かんでいいように……!」


「そうだよ、モモシ! 俺らもっとさ、上手くやれるんじゃねえかな!」


 彼に続いて、艇雲も声を張り上げる。


 モモシは少しも振り返らず、また足を止めることも無かった。

 しかし彼らの声は、遠く遠くまで響いていた。



***


 空が茜色に染まり始める頃、カコと侃螺は帰りの支度を済ませ、追無村を出ることにした。


 特段、急ぐべき事情は無かったが、カコとしては早く帰るに越したことも無いようだった。

 曰く「新学期に備えたいので」だそう。


 つくづく彼女は、学校に行く気満々であるらしい。


「それでは、お世話になりました」


「こちらこそもう、何とお礼を言うたらいいけ……」


「ほんに、お2人ともあんやとございました」


 村人たちはほとんど総出で、カコたちを見送りに出てきていた。

 その中にはもちろん、艇雲も居る。


 と、カコはふと思い出したように、懐から短刀を取り出した。


「これ、返しますね」


「いや! いいよ、カコにやる。俺が持ってても腐らせるだけだし」


「そうですか。ありがとうございます」


 素直にも艇雲の厚意を受け取り、荒井カコは短刀を懐に戻した。


 ちなみにこの短刀、刃渡りは20センチほどなので、携帯するのはそこそこ違法である。


 しかしまあ、カコや妖怪がそんなことを気にするわけもない。

 短刀の譲渡は、ごく和やかに行われた。


「ではまた」


「おう! いつでも遊びに来てくれよな」


 カコと艇雲、村人たちは手を振り合う。


 すると、その時である。

1人の少年がどこからともなくふらりと現れ、カコたちと村人たちの間に入ってきた。


「ん? あれ、見ん顔やな。どこの子や?」


 村人の1人が首を傾げる。

 他の者たちも不思議そうに少年を見、どうも心当たりのある者は1人も居ないようだった。


 誰も見覚えの無い、保護者も見当たらない少年。

 迷子か何かか、と心配する空気が流れ始めた直後、彼はおもむろに口を開いた。


「……生贄の名前は『ムカデ』だ。人間からそうやって呼ばれてたらしい。顔はちょうど、こんな感じだった」


「えっ?」


 艇雲は目を丸くする。

 彼のみならず、村人たちも、侃螺も。


 カコだけは、目を僅かに細めて微笑んだ。


「あいつと遊ぶのは楽しかった。こんな人間ならいくら居ても良いと思った」


 遠き日を懐かしむがごとき柔らかな声色で、少年は語る。

 その口ぶりは、自分が人間ではないと言っているのと同じだった。


「あ、お、お前まさか……!」


 艇雲は彼が誰なのか、はたと勘付き、同時に驚きのあまり言葉を詰まらせる。


 対する少年は、構わず同じ調子で続けた。


「ムカデの死骸を埋めた場所を教えてやる。だからそこには近付くな。それから」


 ひと呼吸おき、彼は眉間に少しだけ皺を寄せる。

 まるで、言いたいけれど言いづらい言葉を、どうにか発しようとする時のように。


「お前らの、近付いてほしくない場所も教えろ」


 その言葉を聞くや否や、ザッと風が吹き抜けるように、村人たちの表情が明るくなった。


 少年が誰なのか、などとわざわざ改めて訊く者は居なかった。

 温かな希望を、彼らは見たのだ。


「……っああ!」


 艇雲は頷く。

 何度も、何度も、少年の言葉を噛みしめるように。


 村人たちも顔を綻ばせ、皆静かに沸き立っていた。


「他の場所も、ことも、いっぱい教えるよ! いっぱい、話をしよう!」


 少年は何も答えない。

 けれども、独りでどこかへ去ろうとはしなかった。


 艇雲や村人たちが歩き出すのを、待っていた。


「大丈夫そうですね。帰りましょうか」


「ああ」


 彼らの様子を横目に、カコと侃螺は踵を返す。


 冬はまだ長く、雪も深い。

 ただその向こうに春が待っていることは、確かだった。

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