表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/24

二十話 暴力と対話と

 鋭い刃が外殻を突き破り、内側までしかと食い込む。

 モモシはたまらず悲鳴を上げた。


「ぎゃアッッ!?」


 けたたましいその声にも少しも怯まず、カコは短刀を引き抜く。

 次いでそのまま、もう片側の牙の根元も同様に切り裂いた。


 一瞬の間を置き、裂傷を負ったそこから、紫色の毒液が噴き出す。

 カコが破いたのは、モモシの毒袋だったのだ。


「荒井カコ!」


 飛び散った毒液がカコの体に触れる寸前、全速力で駆けてきた侃螺が彼女を掬い上げる。

 毒液は誰にもかかることなく、ただ地面に零れ落ちてじゅうじゅうと煙を噴いた。


 その様子を見つつ、カコは侃螺の背に乗り直す。


「丁度良いタイミングでした。ありがとうございます」


「貴様に死なれては困るからな」


 侃螺はぶっきらぼうに答え、空中を旋回した。

 向き直った正面では、モモシが鬼の形相で2人を睨みつけていた。


「やって、くれたなァ……!」


 損傷した毒袋からとめどなく毒液を零し、モモシは呻く。

 無尽蔵の毒液と言えど、普通の百足のようにいったん溜めておく袋があるのなら、それを破れば自在に使うことは叶わない。


 いくら水を汲み上げても、貯水タンクが壊れていては……という理屈だ。


「はい」


 巨体をぐらつかせるモモシの眼前に、カコは飛び出す。

 その手には、束の間に拾い上げていた過去帳があった。


 最大の武器を失い、大きな傷を得たモモシには、迫りくる暴虐に対応する力が残っていなかった。


 全力で振り下ろされる過去帳が、彼の眉間に直撃する。


「グ、う……」


 モモシは弱々しく声を漏らし、右へ左へと頭部を揺らすと、ズシンと地に倒れ伏した。

 彼が意識的に生成していたのだろう、袋から流れ出ていた毒液は、水源が枯れたようにぱったりと止まる。


 カコがそんな彼に近付き、もう1発過去帳で殴ると、ふわりと煙が立ち始めた。

 毒液が物に接触して出るそれではなく、雷轟の時にも見た、あの煙だ。


 煙は何十、下手をすると3桁に届きそうなほど多くの人型を成す。

 そのうち十何人かはカコたちに頭を下げ、残りはそのまま何をすることもなく、風と共に消えた。


「往ったな。これで目的は遂げた」


「そうですね」


 魂が無事に解放されたことを見届けると、カコはモモシの方に向き直る。

 そして地面に突っ伏す彼の顔の横にしゃがみ込み、短刀を見せた。


「これは友人から譲り受けました。彼の歯が材料の一部になっているそうです。なんでも彼の歯はとても丈夫だそうで、とある旅の鍛冶師が、彼に頼んで歯を刀の材料にさせてもらったという話です」


 流れを読まないを通り越して狂気の沙汰である。

 今しがた使用した凶器の解説を、よりにもよって負傷させた相手に向かって始めるなど、まずもって正気ではない。


 が、カコにとってはそれ何か、気遣いに類するもののようだ。

 そんな空気をなんとなく感じ取った侃螺は、呆れたっぷりながらも、彼女の奇行を制止することなく傍観することにした。


「クソ……小賢しい真似をしやがって……!」


 対してモモシは、カコの意図など眼中に無いようで、ただただ思わぬ手段によって負かされたことに、ガチガチと牙を鳴らす。


「もういい。封印でも何でもしろ。地の底からでもお前らの不幸を願ってやる」


「いえ、封印はしません」


「『できぬ』の間違いであろう」


 侃螺がそう言い終えるが早いか、カコは彼の襟首を掴んで投げ飛ばす。

 重箱の隅をつつくような補足が、癪に障ったに違いなかった。


「もう人を襲いませんか?」


 カコは地面に転がされた侃螺を捨て置き、モモシに再び話しかける。


「はっ。無理な話だ」


「そうですか。…………」


 譲歩する気など毛頭無い様子のモモシに、カコは過去帳を振り上げた。

 が、不意にぴくりとわずかに目を見開き、その手を下ろす。


「荒井カコ?」


 地面から起き上がり、恨めしげな視線をカコに向けていた侃螺が怪訝な声を出した。


 荒井カコは、何かを考えているようだった。


「カコ! 侃螺! 待ってくれ!」


 と、そこへ焦ったふうな高い声が飛び込んでくる。


「艇雲さん」


 見れば何やら艇雲が、村人たちを十数人ほど引き連れて駆け寄ってきていた。


「あのさ、あの……ちょっとだけ、そいつと話させてくれねえかな?」


 カコたちのところへ辿り着いた艇雲は、弾む呼吸も整わないうちに言う。

 後ろの村人たちは、皆そわそわしながら、艇雲とカコたちとを見ていた。


「どうぞ」


 言って、カコは1歩下がる。

 特に渋る素振りは無かったが、過去帳はしかと手に持ったままだった。


 艇雲は彼女と侃螺に「ありがと」と軽く礼を言うと、恐る恐るモモシの前に立つ。


 2つの視線が交わり、数秒。

 村人たちが見守る中、艇雲が口を開いた。


「モモシ、お前はなんでそんなに、人間に当たりが強いんだ? 食いたいとか、戦いたいとかじゃなくて、ほんとにただ……殺そうとするだろ。なんでなんだ?」


「……ああ、お前は妖怪か」


 モモシが低い声で、しかし存外理性的に言えば、村人たちは静かにざわめく。

 「言葉を返した」「話ができる」などと、彼が会話に応じたことに驚く言葉がちらほらと零れていた。


 そんな彼らを一瞥し、モモシは続けて艇雲に言った。


「事情が知りたければ、そいつらに訊いてみろよ。先祖の所業をな」


「ご先祖様……?」


 モモシの発言に、艇雲は首を傾げ、村人たちも困惑したように顔を見合わせる。

 途端に、モモシはぶるぶると体を震わせ始め、足でガリリと地面を引っ掻いた。


「忘れたふりか? 矮小で小狡いお前ららしいな!」


 力は尽き、既に暴れることは叶わない。

 それでもモモシは、地面を揺らすような恐ろしい声で、自分以外の全員を脅す。


「俺は覚えている。お前らが山合いに棲み付いたこと。俺を恐れて、生贄を寄越したこと。生贄と俺がともだちになった途端に、そいつを射殺したこと!」


 怒りでギラギラと光る眼を、彼は村人1人1人に向ける。


 凄まじい感情がそこに在るのは確かだったし、村人たちもそれを感じ取っていた。

 だがしかし、誰一人として、モモシの言うことに心当たりのある者は居ないようだった。


 不安と困惑の表情がとぼけているように見えたのか、モモシはそれだけでも人を殺せてしまいそうな形相で、ますます村人たちを睨む。


「卑怯者どもめ。昔の、あの蛇野郎と漁師たちは、自らの手で俺を打ち負かしたというのに。お前らは幼体の同族を贄とし、今も余所者に戦わせるばかりだ!」


 怒号が響き、びりびりと地面が揺れる。

 カコは涼しい顔をしていたが、村人たちと艇雲はその迫力に冷や汗をかき、引き結んだ口元を引きつらせた。


 しかしそんな中で、ぽつりと呟くものがあった。


「……確かに」


 声を発したのは、一番最初にカコたちと会った村人である晤郎。

 彼はうなだれながらも、言葉を続けた。


「確かに、わしらはカコさんと侃螺さん、力のある方々に頼りきりや。ほれは弁明の余地もない。卑怯者て言われても、仕方のないことや……」


 目を伏せ、彼は力なく首を振る。

 他の村人たちも唱える異議は無いようで、みな申し訳なさそうな、沈痛な面持ちで首を垂れた。


 しかしそこで、代わりに異議を発したのはカコだった。


「人には向き不向きがあるでしょう」


 彼女は村人たちに微笑みかける。

 そうして表情もそのままに、続けてモモシに言った。


「ところでモモシさん、今いくつですか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ