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十三話 賑やかで奇怪な樹の下で

 1月6日、快晴。

 冬休みの終わりまで1週間あまりとなった午前、荒井カコと侃螺は買い物帰りの道を歩いていた。


 道は、住宅地の裏山に沿ったもので、車通りなどがほとんど無い代わりにやや遠回りとなる、いわば裏道だ。

 ガードレールも無く直に広がる裏山の斜面には鬱蒼と木々が生えており、しかし真冬である今は葉が落ちいくらか寂しい光景となっている。


 夕食の材料や日用品を詰めた袋を侃螺に持たせ、ゆっくりと足を動かしていたカコは、ふとその斜面のとある樹を見て、言った。


「花見をしましょう」


「気でも狂ったか」


 すかさずカコは侃螺の顔面を殴る。


 誹りには毅然とした対応が必要だ。

 暴力がそれに当てはまるかはさておき。


「息抜きと、足の様子見を兼ねて。次に行くべき場所の目途が立ったのですから、体の調子を見ておくのは自然なことでしょう」


「私は今しがた調子が悪くなったがな」


 とんとん、と右足で軽く地面を踏み鳴らして言うカコに、侃螺は顔を押さえながら恨めしげな視線を送る。


 ――「鵺」の雷轟を倒したのち、彼女らはさっそく妖怪探しを再開した。


 季玖露や鵬天の情報網や、図書館に収められている古い文献などを駆使して、残る5体の手掛かりを探すこと数日。

 相も変わらず難航する作業の中、とある新聞記事が2人の目に留まった。


 あまり目立たない場所に書かれていたその記事は「工事中止 相次ぐ事故で」と題され、伊志河いしかわ県での出来事を端的に報じていた。

 曰く、県のとある山を拓いてトンネルを通す工事が、度重なる落石や重機の破損によりおじゃんになったとのこと。


 これはどうも怪しい、縄張りを守ろうとする妖怪の仕業ではないか、とカコたちは見当を付けたのである。


 更に、仮説を立てつつ事故の現場周辺の地域について詳しく調べてみれば、なんと大百足の伝説が残っているではないか。


 妖怪の減少したこの時代、大百足のような大型の妖怪はそう何体も居るものではないだろう。

 となると、件の工事を妨害したのは過去帳の「大百足」である可能性が極めて高い。


 そういうわけで、カコたちは近く伊志河県へ向かう算段を付けているのだ。


「また戦うことになるのですから、英気は養っておくに越したことは無いでしょう。侃螺さんは花見、嫌いですか?」


「好きでも嫌いでもない。……が、何故また、こやつで花見など」


 言って、侃螺は上を見やる。


 そこにあったのは、人間の生首が花のように咲き乱れる樹だった。


「ほほほ、ほほほ……」


 生首たちはその肉付きの良い顔を綻ばせ、上品な笑い声を零している。


 常人がこんなものの下で花見を敢行しようものなら、宴の席は酷い空気になること間違いなしだ。

 何せ常に一定の笑い声が響くのだ、どんな愉快な話だろうと、笑いどころも何も無くなる。


 だがそこは荒井カコ、気取った様子も無く平然と答えた。


「侃螺さんに賑やかな宴会の空気を体験させてあげようかと。そういうのとは無縁そうですから」


「貴様……」


 今回に関してはギリギリ善意と取るべきか。

 侃螺は青筋を浮かべるに留めておいた。


「せっかくですし、季玖露さんや升さんも呼びましょう。捕まるかわかりませんが、鵬天さんもできれば」


 ニコニコと、恐らくは上機嫌にカコは言う。

 至って正気のうちに、正気を疑う花見を決行するつもりのうようだった。



***



 翌日、カコと侃螺は再び裏山沿いの道を歩いていた。

 同行者は2人、季玖露と升だ。


「誘ってくれてありがとうなあ、カコちゃん」


 季玖露は弁当箱を抱えてのんのんのんと足を動かす。

 手ずから料理をこしらえてきたようだが、彼女の性格からしてその出来は、果たして。


「へへ、光栄です姐さん」


 升は先ほど公園で酔いつぶれていたところを文字通り叩き起こされたのだが、カコに誘われたことの方が重要らしく、あっけらかんと嬉しそうだ。


 残念ながら鵬天は折り悪く邂逅できず、この場には居ない。

 だがまたの機会に誘えば良いだろう……とは荒井カコの考えだ。

 何しろ、妖怪には腐るほど時間があるのだから。


「ほんで、どこにあるん? その樹」


「もう少し上がったところです」


 他の面々を先導しながら、カコは緩い坂道を登っていく。


 それなりによく通る道であるから迷うはずもないし、あれだけ目立つ樹を見逃すはずもない。

 難なく件の場所まで辿り着ける、はずだったのだが。


「……?」


 カコはぴたりと足を止め、少々眉を寄せた。

 視線を上に彷徨わせ、斜面にもさもさと生える木々を見回す。


「無いな」


 やがて侃螺が口を挟んだ。


 そう、昨日見たはずの奇妙な樹が、どこにも見当たらないのである。


「侃螺さん。この辺りでしたよね?」


「間違いない」


「酔ってたんじゃねえですかい」


「愚か者、貴様と一緒にするな」


 侃螺は升の推測を一蹴する。


 彼は酒を呑むタチではないし、カコに至っては吞んでいたら大問題だ。

 仮に呑まずとも酔えるというのなら、それはもう妖怪の中でも奇怪極まる類のものだろう。


「ううん、変やなあ。たった一晩で消えるようなやつとちゃうもんな、あれ」


 「笑う人面の咲く樹」について詳しく知っているのか、あるいは適当こいているのか、季玖露は首を傾げて言う。


 しかし彼女の言い草がどうあれ、実体があり根まで張っているものが、煙のように失せるとは考えにくい。


「となると……」


 升はそう言って顎をさすると、千鳥足で斜面を登り始める。

 突然何だ、酔っぱらいの奇行かとカコたちが見守っていると、彼はある地点でしゃがみ込んだ。


「あ、これですねえ。妖力を感じますぜ。この匂いの感じだとまあ無害かと」


 彼は手招きをしてカコたちを呼び、自分の足元にあるものを見せる。


 それはひとつの切り株だった。


 ひと晩で無くなった樹、樹があった場所に鎮座する切り株。

 答えは単純明快だ。


「ふむ。他の人間に見つかって伐られたか」


「この子ら、普通の人間にも見えるもんな。しゃあないわ」


 合点がいった侃螺と季玖露は、嘆くというより納得した様子。


「残念ですね」


 カコも顔色ひとつ変えず、端的に感想を述べた。

 少なくとも、表面上は。


「花が無くては花見になりません。帰って庭の松でも見ましょう」


「そやね」


 かくして奇妙な樹で花見をしようの会は、早々に呆気なく、残念な結果に終わった。


 荒井家の庭の松には特段変わったところは無かったが、お喋りな女郎蜘蛛と酔っぱらいのおかげで、賑やかな昼食にはなったようだった。



***



 また翌日、朝。


 本日の料理当番の務めを遂行するために自室――雷轟を倒した後、物置きから普通の空き部屋に移してもらえた――から出て来た侃螺は、廊下の窓越しに中庭を見て仰天した。


「おい荒井カコ! 何だこれは!」


 間髪入れず「それ」がカコの犯行だと疑いをかけた彼は、大声で彼女を呼びつける。


 彼の視線の先には――


「ほほほ、ほほほ……」


 ――笑う人面を咲かせた、小さな苗木があった。


「例の樹ですね」


 廊下の角からひょっこりと顔を出した荒井カコは、平然と答える。


「そんなことはわかっている!」


 無論、侃螺は舐めた回答に遺憾の意だ。

 路上に死体が転がっていたとして、同じ返答をするのかという話である。


「切り株の傍に芽が出ていたので、持ち帰って植えてみました。思ったより育ちが早かったですね。名前は『護億(ごおく)』と付けてみました」


 いけしゃあしゃあとカコは話す。


 彼女が芽を持ち帰ったのは昨晩、ふと思い立ってのことだった。

 侃螺も夜中に外出する彼女の気配を察知してはいたのだが、まさかこんなことになるとは、と警戒不足に頭を抱えるばかりだ。


「升さんも無害だと言っていましたし、問題は無いと思いますが。侃螺さんはありますか? 文句」


「ぐっ……」


 それらしい理論で詰められると弱いのが、侃螺の弱点である。

 冷静に考えれば付けるべき文句はいくらか出てくるだろうに、彼は見事に押し黙った。


「さあ、早く朝食にしましょう。それから出立の準備です。また遠出になりますから、忘れ物の無いように」


 にこりと笑って、荒井カコは先に台所へと去って行くのであった。

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