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番外一 制服のこと

「あらあ! カコちゃん、お洋服えらいボロボロやん」


 荒井カコ、侃螺、升が各々くつろぐ部屋で、季玖露は唐突に声を上げた。

 先ほど破壊されたばかりの玄関から、外の道にまでよく聞こえるであろう大きな声だ。


「そうですね」


 カコは中身の整理をしていた学生鞄から一瞬だけ目を離して彼女の方を見、またすぐに戻して答える。

 「あまり興味が無い時」のお手本のような反応だ。


 しかし季玖露は、構わず会話を続行する。


「気ぃ付かんかったわ。お姉さんが直したろ。ほれ、こっちおいん」


 そう言いながら、セーラー服を着たままのカコに自分の方から寄っていく季玖露。


 裁縫道具も無しに何をするのかと思えば、彼女は背中からするすると白い糸を出し、蜘蛛のごとき足でそれを繰りだした。


「腕出し」


「…………」


 セーラー服はスカートも含め、あちこち裂けたり傷ついたりしており、左肩近くには大きなほつれがある。


 カコは少し迷う素振りを見せたが、本を横に置くと無言で体の向きを変え、左腕を差し出した。


 と、季玖露の糸が生地のほつれた部分に絡みつく。

 縫い物をするように――と表現するにはいささか大雑把な動きで糸はどんどん生地に潜り込み、ほつれ散らかった表面をならしていった。


「へえ、便利なもんだなあ」


 酒をあおりながら見ていた升が感嘆の声を上げる。

 季玖露の奇妙な縫製技術により、数分もする頃にはカコの制服はすっかり綺麗になっていた。


「ありがとうございます」


「ふふ、ええよ。お洋服が破れたりしたら、いつでも直したるでな」


 素直に礼を言われ、季玖露は上機嫌だ。

 まるで100年来の専門家でございますと言わんばかりに、自信満々で胸を張る。


 なお実のところは、自らの糸で服を繕うのはこれが初めてである。

 初の試みで一発成功、と言えばまあ聞こえは良い。


「荒井カコ。そう言えば貴様、なぜその服装で戦いに臨んだのだ?」


「何となくです。この服が一番、力が出る気がするので」


「奇怪な奴め」


「あなたが言います?」


 侃螺とカコの間に火花が散る。

 すわ喧嘩かという雰囲気が満ちるが、2人が立ち上がるより先に升が口を開いた。


「はは! おもしれえや。妖の力は不明の力、人の力は解明の力ってな」


「何ですか、それは」


 カコの意識が侃螺から彼に移る。

 侃螺は物言いたげな表情ながら大人しく口をつぐみ、その場に座り直した。


 一方2人の小競り合いには微塵も興味が無い、というか酔いのせいで感知できていない升は、酒瓶を脇に置いて話し始める。


「ちょっと前に、斜に構えた奴らがよく言ってた文句ですよ。わけのわからん力が妖力で、人間の科学やら何やらは物のわけがわかるようにする力だから、我々は相容れないのだーとか何とか。わしゃあ、ま、酒さえありゃ何でも、ええ。そうですけどねえ」


 そこまで言うと、彼はまた酒を流し込んだ。

 あとは何やらムニャムニャと不明瞭な言葉を並べ立てだしたので、場の面々は彼の話は終わったと思うことにした。


「まあなんや。カコちゃん、『わからんもの』は大事にするんやに。ほんで気が向いたら妖怪になり」


「覚えておきます」


 適当なのか真剣なのかわからない返事をして、荒井カコは頷く。

 隣で升が、空になった酒瓶を抱えたままごとんと倒れて寝始めた。


「ところで季玖露さん。その糸で玄関も直せたりしますか」


「ああ、そう言えば玄関も壊れとったな。うん、たぶんできるんちゃうかな。やってみるわ」


 何が「壊れとったな」だという話だが、季玖露は根拠不明の自信と共に現場へと向かう。


 地獄の鬼も腰を抜かすアヴァンギャルドな玄関が出来上がったのは、それから1時間ほど後のことである。

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