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十二話 家に帰れば

 雷轟を殴り続けてしばらく。

 カコはふと、彼に変化が起きたことに気付いた。


 過去帳に妖力を吸われ続けていた雷轟だが、その体から妖力の光とは異なる、白い煙のようなものが漏れ出始めたのだ。


「おや」


 カコは手を止め、煙らしき何かを注視する。

 と、それはいくつかに分かれ、各々人の形をとっていった。


 簡単な粘土細工のような感じであるから顔は見えないものの、背格好からして老若男女様々である。


 流れるように拳を構えるカコだったが、白い人影たちは彼女と侃螺に向かってめいめい頭を下げた。


「件の魂たちだ」


「なるほど」


 どうやらこの人影たちが、雷轟に殺された被害者であるらしい。

 侃螺の言葉に納得したカコが拳を下ろせば、彼らは風に吹かれるように消えていった。


「解放、できたみたいですね」


「ああ」


 カコは何とはなしに過去帳を開く。

 すると不思議なことに、そこからは「鵺」の文字が消えていた。


「よくやった、荒井カコ」


「侃螺さんもですよ」


 珍しく、を通り越して初めてだろうか。

 2人はささやかながら僅かの嫌味もない素直な賛辞を、互いに送った。


「う、ぐう……」


 呻き声にふと下を見れば、意識があるんだか無いんだかわからないくらいになっていた雷轟が、ふらふらと起き上がろうとしていた。


 が、既に妖力は搾り取ってある。

 今の彼は、もはや脅威ではない。


「この方の処遇はどうしましょうか」


「ふむ、そうだな。為すべきことは為したのだ、このまま捨て置いても良いが」


「それではまた人を襲うでしょう」


 カコは少し考える。

 妖怪は死なないし、彼女も殺そうとは考えていない。

 ならば封印か、と言ってもそれは妖術師のやることであって、あくまで妖力が多いだけのカコには無縁の話だ。


 熟考の末、カコは雷轟の頭の横にしゃがみ込んだ。


「雷轟さん」


「な、なんだ……」


 雷轟はびくりと体を震わせる。

 今度は何をされるのか、わかったものではない。


 だがカコは意外にも、手ではなく口を動かした。


「もう無闇に人を襲わないと約束してください。少なくとも、命を奪うような真似はしないと」


「……フン、この俺に大人しくしろとでも言」


「『はい』と言ってもらえるまで殴りますね」


「わかった!! わかった大人しくする!!」


 即座に掌を返す雷轟。

 暴力は、それが暴力であることに目を瞑れば、迅速な支配に最適な手段である。


 さて完全にカコに白旗を上げている雷轟だが、一方で顔には不満が残っていた。

 暴力的支配に対するお手本のような反応だ。


 するとそこで、静観していた侃螺が口を開いた。


「雷轟よ、貴様はそんなに人間を痛めつけたいのか」


「ひょう! 当たり前だ! 世の者共を負かすのは気持ちが良い! 弱い者を食うのは美味い!」


 威勢よく、雷轟は答える。

 声も弾んでおり、よほど残虐行為が好きと見えた。


 牙を剥き出して見せる彼に、侃螺は続ける。


「では地獄へ行くのはどうだ。地獄には亡者への責め苦を行う妖怪も居る。貴様も申し立てれば、何に憚られることなく暴れられよう」


「この人、事情通みたいに言ってますけど、ぜんぶ知り合い(季玖露さん)からの受け売りですからね」


「やかましいわ」


 ぎゅっと眉間に皺を寄せて、彼はカコに威嚇した。

 図星ではあるから否定はできない。


 無論、地獄の事情に疎いのはカコも同じであるのだが、何かと流れで丸め込まれがちなのが侃螺である。


「で、どうだ」


「……仕方がない。わかった。それで妥協してやろう」


 渋々、雷轟は頷く。


「張り合いは減るだろうがな。そこの小娘に殴られ続けるよりはマシだからな」


「荒井カコです。よろしくお願いします」


 突然の自己紹介。

 雷轟はとんでもない化け物を見たような目をカコに向けた。


 それから助けを求めるように、ぎぎぎ、とぎこちない動きで侃螺を見る。


「…………」


「私を見ても何もならぬぞ」


「ケ、退散だ。逃げるのが吉だ」


 そう吐き捨て、雷轟はずるずると這うように動き出す。


「送って行きましょうか。地獄の場所は知りませんけど」


「ひょう! いらねえ! お前は地獄に来るな!」



***



 逃げるように去る雷轟を見送った後、カコと侃螺はのんびりと下山した。


 とはいえカコは足を挫いているし、侃螺もカコを乗せて飛び回ったせいでクタクタだ。

 えっちらおっちら、雪で滑らないよう慎重に歩いたというのが実際のところである。


 麓の駅に着くと同時に電車が発車して行ったので、そこから次の電車を待つこと1時間。

 少ない利用客に不審な目を向けられながら、到着した電車に乗り25分……のところが途中で鹿に衝突したためプラス15分。


 等々、長い道のりを来た方へと辿り、荒井家宅の最寄り駅に着く頃には、ゆうに昼を過ぎていた。


「さすがに疲れましたね」


「そうだな。特に貴様が役人にその風体を見咎められ、脱兎の如く逃げ出すのには疲れたものだ」


「あなたがうっかり四足歩行の姿をさらして、騒ぎになりかけたのも大変でしたよ。なにせあなたが私に言い訳の役を押し付けたものですから」


 体は疲弊していても、口だけはよく回る2人だ。

 言葉の針でチクチク刺し合いながら、徒歩20分の帰路をのろのろと行く。


 住宅地を過ぎ、田んぼを過ぎ、やがて現れた見慣れた小さな門をくぐって、カコたちは荒井家宅の玄関付近へと辿り着いた。


 ……のだが。


「おや、あれは」


 カコと侃螺の目に、その玄関の前で2人の人物が取っ組み合いをしている光景が飛び込んで来る。


 争っているのは、酒瓶を片手に持った男と、背中から蜘蛛の足を生やした女――つまりは、升と季玖露だった。


 彼らはカコたちに気付くや否や、声を上げる。


「あーっ、姐さァん! あと……何て名前の奴だっけか。グウ、離せやいこの不審者!」


「季玖露やって言うとるやろ、失礼やな。ああカコちゃん、久しぶりやねえ。あと侃螺も。ちょっと待っとってな、この不審者ふん縛ってほかってくるから」


「姐さん、姐さん、こいつがよお! いきなり来て、勝手に上がり込もうとするんですよお! やい、わしは留守番だぞ!」


「酒臭い口やなあ。話通じやんし、酔っぱらいはこれやから嫌やわ」


 2人は言い合いながら、カコに呼びかけた。


 おまけみたいに扱われた侃螺は、当然ながら青筋を浮かべる。

 一方でカコも、笑顔のままながらグツグツと何かを煮えさせていた。


 なぜなら彼らが争っているせいだろう、玄関扉が盛大に壊れていたからである。


 現に今、升がやたらめったら振り回している腕が壁に当たってヒビを入れ、また季玖露が伸ばした節足が石畳に突き刺さって穴ボコを作っていた。


 カコはつかつかと2人に歩み寄る。

 そして、自宅前で舐めた真似をする知人共に、鋭いボディブローを繰り出した。


「ぐえっ」


「う゛っ」


 升と季玖露は揃って崩れ落ちる。


「升さん、こちらは知り合いの季玖露さんです。季玖露さん、こちらは知り合いで留守番を任せていた升さんです。質問はありますか」


 彼らはまた揃って、無言で首を横に振る。

 その反応を見て、カコはニコリと笑って手を叩いた。


「ではお茶にしましょうか。お2人とも、どうぞ中へ」


「切り替えが早ければ良いというものでもないぞ」


「何か問題が?」


「無ければ言わぬ」


 何やかやと言い合いながら、カコたちは升と季玖露がよたよたと家の中に入って行くのを見送る。

 そうしてから、自分たちもまた玄関の敷居を跨いだ。


「ただいま帰りました」


 言ってから、カコは自分に続いて同じく敷居を跨いだ侃螺の方を振り返る。


「……侃螺さん、無言で家に上がるつもりですか」


「今更か?」


 全くもってその通りである。


 侃螺は今まで何度か外出し、荒井家宅に帰って来たが、家から出る時も入る時も常に無言だった。

 更にそれをカコに咎められたことも無かったため、彼はいっそう、訝しげな表情をする。


 しかし荒井カコは、いつも通りの笑顔で返す言葉を放った。


「『ただいま』くらい言ったらどうです」


 は、と侃螺は思わず声を出しそうになる。


 いったい何を言い出すのか。

 軽く笑って一蹴してやろうか。


 などと思うも、ふと美在所山でのアレコレを思い返し、間もなく満更でもないように鼻を鳴らした。


「……ふん」


 それから侃螺は小さく、息を吸う。


「ただいま、帰った」

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