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十一話 話せばわかることもある

「……侃螺さん。一度整理しますね」


 カコは息を落ち着け、侃螺に言う。


「あなたは私より弱いです」


「……うむ」


 侃螺は嫌々ながら頷く。


「私はあなたより強く、過去帳という武器もあります」


「その通りだ」


 もう一度、侃螺は頷く。


「ですから、この戦いにおいては私が積極的に前に出ます」


「……何故?」


 侃螺は首を傾げた。

 心底わけがわからない、というふうに。


 そして次は逆に、侃螺の方から切り出す。


「私は……屈辱的なことに、貴様よりも弱い」


「はい」


 カコは頷く。


「貴様は私より強く、過去帳という切り札も持っている」


「そうですね」


 もう一度、カコは頷く。


「故に私は、貴様が確実に奴を倒せるよう、積極的に前に出る」


「なんでですか??」


 カコは首を傾げた。

 何を言っているんだ、というふうに。


 ひとまず両者の言い分に何やら食い違いがあることを、2人はしかと認識した。

 しかしはて、相手の主張が未だに理解できない。


 続いて侃螺がまた口を開いた。


「貴様は人間だろう。いくら強くとも、人間の体は妖怪と比べれば圧倒的に脆い。雷轟はこれまでの小物共とは訳が違うから、一撃でも食らえば死ぬやもしれぬ。対して私は妖怪の中でも自己再生能力に長けており、そもそも死ぬことが無い。力はあれど脆い貴様のため、私が盾となるのは必然だ」


 少し間を置いて、カコも口を開いた。


「あなたは弱いですよね? であれば戦闘では後ろに下がっているのが当然ですし、雷轟さんのような強い妖怪が相手であれば尚更です。何よりあなたは痛覚があるでしょう。味方に不得手なことを強要し、無駄に痛い思いをさせる外道がどこに居ますか」


「私は常日頃から貴様に『痛い思い』とやらをさせられているが」


「『無駄に』と言いました」


 さておき、2人は互いの言葉をしばし反芻する。

 それから観念したように、肩の力を少し抜いた。


「……理解しました。侃螺さんは、意外と殊勝なことをするんですね。不愛想で偏屈で融通の利かないただの古臭い妖怪だと思っていましたが、考えを改めます」


「私もようやくわかった。貴様にも多少は、人情というものが備わっているらしいな。野蛮で無謀で人の話を聞かない全くの無礼者だというこれまでの認識、撤回しておこう」


 カコと侃螺は固い握手を交わす――などという気色の悪い行動こそしなかったが、それとなく、四半歩ずつくらいは歩み寄りをして見せた。


 出会って以来2人の間にあったわだかまりは、ここに来て微妙に解ける兆しを示し始めたのである。


 が、そうなるとお次は余所から問題が降りかかってくるものだ。


「ひょう! 見つけたぞ! 待てないから見つけに来てやったぞ!」


 騒々しい声がしたかと思えば、木々の間から雷轟が飛び出して来た。

 落ち着きの無さにかけては、この場において最上だろう。


 ずしんと着地し、尻尾の蛇をゆらゆらさせながら、雷轟はカコたちをじっとりと見る。

 どちらから食おうかと思案しているようだ。


「荒井カコ、私の背に乗れ」


 侃螺はじりりと彼を警戒しつつ、カコに言う。


「良いんですか?」


「二言は無い。疾くせよ」


「では失礼します」


 カコは促されるまま、侃螺の背中に乗っかった。

 スカートをまくって跨る形だ。


「行くぞ」


「はい」


 侃螺は煌めく蹄で地面を叩く。

 途端にその体は浮遊感に包まれ、軽やかに宙へと舞い上がった。


「なに、また逃げるか! もう逃がさんぞ!」


 牙を剥き出しにし、雷轟は空中の侃螺たちへと飛び掛かる。

 風をも斬り裂かんばかりの威勢だ。


 しかし侃螺は避けることなく、逆に宙を蹴って彼へと突進する。


 両者が激突する間際、振り上げられたのはカコが右手に携える過去帳。

 容赦とは無縁の力で以て、それは思い切り、雷轟の顔面めがけてスイングされた。


「ぎゃア!!」


 過去帳は額に命中、彼は悲鳴を上げる。

 同時に淡い光が彼から過去帳へと、いくらか移って行った。


「その帳面! 嫌な匂いだ!」


 そこらの妖怪ならばこれで伸せただろうが、やはり凶暴と名高い雷轟だ。

 ダメージは食らっているものの、まだまだ元気が有り余っている。


 毛を逆立て、彼は過去帳を狙って爪を振り下ろした。


「当たるものか」


 侃螺はひらりと身を翻し、華麗に雷轟を避ける。

 更にその足で回れ右をして、いくらか距離をとった。


「戦えてるじゃないですか」


「ふん、今の私は気分が良いからな。この程度、造作もない」


「調子に乗ってはたき落とされないでくださいね」


 2人は雷轟を引き付けては一撃食らわし、また距離を取って、と着実に攻撃を入れていく。


 そんな具合で彼らは徐々に場所を移動していくわけだが、何度目かの「退き」の際に、とうとう開けた道まで転がり出た。


 どうやらだいぶと山を下ったらしい。

 向こう側は変わらず森だが、流れる空気に人里の匂いが混じっている。

 道自体もコンクリートで舗装されており、自動車でも走れるくらいだ。


「侃螺さん、人が来るかもしれません。上に戻――」


 とカコが口にするや、ブーーンと低い音を響かせながら1台のバイクが走ってきた。

 何のとは言わないが、あまりにも回収が早い。


 しかも丁度その時、カコたちを追って飛び出して雷轟が道に飛び出してきた。

 無論、彼が人間を見逃すわけもなく。


「ひょう! 餌が生えてきたぞ!」


 嬉しそうに声を上げると、バイクへと飛び掛かった。

 先ほどまでは全力を注いでカコたちを狙っていたのに、彼の気はころころと変わりやすいようだ。


「えっ、え!? 何!?」


 バイクの運転手である男性は、突然現れた少女と、次いで躍り出て来た大きな獣に度肝を抜かれる。


 辺りに鳴り響く、けたたましいブレーキ音。

 男性は雷轟を避けようとするが、間に合うわけもない。


 雷轟の大きな口が、彼の目前に迫った。


「余所見ですか」


 瞬間、侃螺が一気に距離を詰め、カコが雷轟の側頭部を過去帳で殴る。


「ウぎゃッ!」


 やや間の抜けた悲鳴と共に、雷轟は真横、今しがた出て来た森の方に吹っ飛んだ。


 唖然としている男性にカコは「どうぞお構いなく」と言い残し、侃螺に雷轟を追うよう促す。


 再び木々の生い茂る中へと飛び込めば、怒り心頭といった表情の雷轟がカコたちに吠えた。


「よくも邪魔をしたな! ひょう! 許さぬぞ!」


「してません」


「してなくはないだろ!」


「してません」


 雷轟の注意は、完全にカコと侃螺へと戻る。

 これで少なくとも、バイクの男性を逃げさせることはできただろう。


 しかし気が休まることは無い。


 攻撃はできているものの回数に乏しく未だ決定打に欠ける上、悪いことに疲労を募らせていくカコたちに対し、雷轟は少しも疲れを見せない。


 時間が長引けば長引くほど、戦況が傾いていくばかりなのは明白だ。


「……侃螺さん」


 カコは少し考え、侃螺に耳打ちをする。

 彼女が続けて発した言葉に侃螺は思わず顔をしかめたが、軽く溜め息を吐いたのち、「わかった」と返した。


「ひょう! 何を話している! 食わせろ! 食ってやる!」


 雷轟は叫び、幾度目かの突進を仕掛けてくる。


 だが侃螺は避けない。

 カコが過去帳を使って迎え撃つこともない。


 ただ、激突するその直前。


 ふわりと侃螺は宙返りをし、カコは彼から身を離した。


「ぬっ!?」


 螺鈿のごとく美しい輝きと、光に煌めく艶やかな黒髪が、雷轟の上に被さる。


 カコは通り過ぎる侃螺の背をトン、と左の足で蹴り、体を捻るように回した。


 そして。


「捕まえました」


 まるで舞い降りた天使のように、柔らかく、彼女は雷轟の背に乗った。


 細い腕が、信じられない力で以て雷轟の首を絞めつける。

 胴体も密着しており、いささかも離れる気が無いのがよくわかった。


 雷轟が嫌な予感を覚えて、尻尾の蛇を噛みつかせようとするも、間に合わず。


「これまでのお礼を、差し上げましょうね」


 カコは今日一番の渾身の勢いで、過去帳を振り下ろした。


「ヒ、ギャッッ!」


 物理的な痛みと、妖力を帯びた痛みで、悲鳴を上げ地面に落下する雷轟。

 尻尾の蛇も連動し、しびびと強張って動きを止める。


 1発だけで済めばまだ楽なことだが、荒井カコに関してはそのような加減を持ち合わせていない。


 カコは2発、3発と続けて雷轟の頭を過去帳で打ち据える。

 無論、当てるのは「角」だ。


 見た目はボロボロな過去帳だが、やはり物が物である。

 雷轟の硬い頭にぶつけられてもビクともしない。


「こ、降参だ! 俺の負けだ! ひょう! ひょう! 勘弁してくれ!!」


「そうですか。侃螺さん、これはどのくらいまで殴れば良いんでしょう?」


 力を緩める気配すら全くないまま、カコは尋ねる。


「知らぬ。どうせ死にはせぬのだ。動かなくなるまでやれば良かろう」


 言って、侃螺は膝を折り、その場に座り込むのであった。

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