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四話

ジュースを飲んでからみんなと別れ、俺は家へと帰った。

玄関の扉を開けると、夕飯の匂いがふわりと鼻をくすぐる。温かい味噌汁、それからハンバーグ。

(あぁ......こうして温かい飯が待っているだけで、涙が出そうだ)

「おかえり、海斗」

母の声に「ただいま」と返す。

居間のテーブルには父もいて、新聞を広げていた。パン屋を営む父の手は角張っていた。

冷蔵庫から余りの塩鮭を取り出し、フライパンで焼く。そして炊きたての白ご飯に塩鮭を細かくほぐし、食べる。

父は「よく食べるなぁ......」と少し引いている。鮭ご飯は美味い。

「今日はバイトどうだった?」

「......大変だったけど、楽しかった」

答えながら、思わず自分でも驚く。

夕飯を囲んでいると、母が何気なく思い出したように口にした。

「そうそう、海斗。机の上のノート、あれ学校の?小林多喜二って名前が見えてね」

箸を止める。心臓がどくん、と跳ねた。

「あ、ああ。近代史の課題で......」

「へぇ、そんな作家さんいたのね。名前、ちょっと珍しいわね」

そうなのだろうか?

父は新聞から顔を上げて、少し疲れを滲ませながら笑った。

「海斗も本読むの好きだし、作家のこと調べるのは向いてるんじゃないか?」

味噌汁をすする。温かい出汁が体に染み渡る。

食後、自室に戻ると、今朝見たノートが机に置かれていた。

ノートが一冊。

帰り道で買った原稿用紙を取り出し、机の上に置いた。

ペンを持つと、不思議な程すらすらと言葉が出てくる。

学校で見た友人の笑顔も、町で見かけたアルバイトの女学生も、みんな題材になる。

別に社会を告発しようという気持ちはない。ただ、見たもの、感じたことを書くだけだ。

机の傍らに積まれているのは、かつて俺と闘ってくれた同志達の作品と、俺について書かれている本。後世の作家達が調べて書いてくれているらしい。

おはぎや鮭ご飯が好きだとか、銀行を解雇された時のことだとか。

俺について書かれている。書店で見付けた時は本当に驚いて......つい買ってしまった。

その本によれば、俺の遺体に母が泣き崩れ、「それ、もう一度立たねか、みんなの為にもう一度立たねか」と叫んだと書いている。

母は小さいが、心はでっかい人だった。

母の愛は海より深し。

(今の母さんも父さんも、大事にせねば)

しかも、俺の遺体を沢山の人が囲んでいる写真も載っていて......。

ご丁寧に遺体の説明まで書かれていて、自分のことなのに、いや、自分のことだからか、妙に冷静になって読んでいた。

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