学園の自由と秩序
壮麗なヴァルストラ共和国の星紋学園。
その中央にそびえる大講堂は、まるで天空を目指す塔のような威容を誇っていた。
新入生向けの全体説明会が行われるこの日、講堂には2000人以上の生徒が集まり、熱気と緊張感が入り混じる独特の空気が漂っていた。
レヴァンはその一角に立ち、周囲を静かに見渡していた。講堂の天井には無数の星の模様が描かれ、それが光を放ちながら微かに動いている。
星紋術の象徴ともいえるそのデザインに、彼は一瞬だけ見とれたが、すぐに意識を前方の壇上へと向けた。
壇上には学園総帥が立っており、その視線は集まった生徒たち一人ひとりを捉えているようだった。総帥の存在感は圧倒的で、その姿は荘厳さと威厳を兼ね備えていた。深い声が響き渡り、全体説明が始まる。
「この学園に集った諸君。まず、この場に立っていること自体が誇りであると認識してほしい。この学園は、ただ優秀な星紋術士を育てる場ではなく、星喰いに対抗する力を備えた者たちの砦である。」
総帥の言葉を聞きながら、レヴァンは心の中で整理するようにその内容を繰り返した。
(この学園では全てが自由だ、と総帥は言う。生徒は講義に出席するかどうか、図書館で研究に打ち込むか、あるいは仲間と探求活動を行うか、全て自分で選択できる。)
総帥の話は続く。
「だが、自由には責任が伴う。行動の結果は全て自分に返ってくる。その責任を背負う覚悟がある者だけが、この学園で真の成長を遂げることができる。」
(なるほど。自由であるがゆえに、ここでは誰もが自分の道を切り拓かなければならない。それがこの学園の秩序を保つ原則だ。)
総帥の声がさらに力強さを増した。
「卒業条件は単純だ。5年間在籍すること、もしくはランキングで20位以内に入ることだ。そして、卒業生には学園の名を刻んだ証明書が発行され、この学園の記憶の水晶にも記録される。ランキング戦の順位が高いものは武力の証明、研究で成果をあげたものは、知力の証明が可能だ。人脈を広げたり、商売をするも良し。卒業時に皆、在籍期間の学費を一度に支払うわけだが、その支払いをするだけで、その身元を学園が証明する。世界中でこの証明書は、通用する。学園で学んだことが君たちの未来を切り開く鍵となる。」
その言葉に講堂内の空気が引き締まるのを感じた。生徒たちの間に、微かなざわめきが広がる。
(ランキング戦か…。学園の序列を決める戦いであり、秩序を維持する仕組みでもある。基本的にはランキング戦の受付から行うらしい。上位者には挑戦を受ける義務があり、挑戦者には勝利のチャンスが平等に与えられる。しかし、上位者は最高の状態で戦うために日時を指定する権利を持つ、と。5年もいるつもりはない。ここでは記憶の手がかりとさらなる力を手に入れたら次の目的地を決めて、また旅に出るだけだ。)
総帥の説明はさらに続く。
「現在、この学園には2000人以上の生徒が在籍している。その中で戦闘能力を磨く者は約1000人。ランキングが900番台であろうと油断するな。彼らは全員が実力者であり、君たちの想像を超える力を持つ者も多い。」
レヴァンはその言葉に眉をひそめた。自分がこの学園でどこまでやれるのか、試される時が来たのだと感じた。
説明会が終了すると、講堂を出る生徒たちの間にさまざまな感情が渦巻いていた。
興奮、緊張、そして新たな挑戦への期待。レヴァンが廊下を歩いていると、見覚えのある人物が声をかけてきた。
「やっと説明会が終わったわね。」
名家アルヴェリス家の娘、セリーネだった。
彼女は微笑みながらレヴァンに近づき、その表情には親しみと興味が混じっていた。
「学園の仕組みはわかった?」
「ああ、自由すぎて少し戸惑うが、面白そうだ。」
レヴァンが答えると、セリーネは満足げに頷いた。
「そうね。これだけ自由だと、どう過ごしていいのか迷う人も多いの。でも、あなたなら自分の道を見つけられると思う。」
「俺は俺のやり方でやるさ。」
その言葉に、セリーネは笑みを深めた。
「それがあなたらしいわね。でも、何か困ったことがあれば、いつでも声をかけて。私はこの学園でかなりの情報を持っているから。」
彼女の態度には、単なる助言を超えた好意が感じられたが、レヴァンは特に反応せず軽く頷くだけだった。
その夜。
説明会の熱気が冷めやらぬ中、レヴァンは学園の図書館に足を運んでいた。
月明かりが窓越しに差し込み、静寂の中に漂う重厚な雰囲気が彼を包み込む。図書館の蔵書数は膨大で、天井近くまで積み上げられた本棚が幾重にも連なっている。
「ここには、何か手がかりがあるかもしれない。」
彼は星喰いに関する文献を探して歩き回った。
そして、古びた革装丁の一冊を引き抜いた瞬間、無意識のうちに手が止まった。その表紙には、かすれた金文字で「星喰いの起源」と記されていた。
席に腰を下ろし、慎重にページをめくる。
そこには星喰いの出現が「星の怒り」によって引き起こされたという記述があり、さらに「星神」と呼ばれる存在についての断片的な情報が記されていた。
「星神…? これが何を意味している?」
レヴァンは眉をひそめながら読み進めたが、その記録は曖昧で、詳細が欠落していた。
ただ、一つだけ明確なことがあった。
『星神は、星喰いに対抗する存在でありながら、その力は既に失われた。』
その一文が、彼の心に強く響いた。
(星神か…星喰いと関係している存在なら、俺の記憶と繋がりがあるのかもしれない。)
思考を巡らせる中、ふと本の隅に挟まれた紙片に気づく。それは古い地図の一部であり、「約束の地」という文字が記されていた。
「約束の地…ここで出てくるのか。」
その言葉に、彼の胸の中で新たな疑問が湧き上がる。
彼に唯一、はっきりと記憶として残っている言葉、「約束の地」。
学園での生活が、ただの学びの場ではなく、彼の過去と未来を繋ぐ重要な鍵となる予感がした。
レヴァンはそっと本を閉じ、図書館を後にした。静かな夜風が頬を撫で、彼の決意をさらに固めた。
(この学園で、俺の答えを見つける。そして、約束の地に関する情報と記憶の手がかりを手に入れる。)
彼の視線は夜空の星々に向けられ、そこには揺るぎない覚悟が宿っていた。