集落での戦い
焚火の灯りが弱まり、集落の住人たちの緊張が一層高まる中、遠くから聞こえてきた星喰いの咆哮は、徐々にその距離を縮めていた。
レヴァンは腰の剣をゆっくりと引き抜き、青白い光が刀身を包み込む。
住人たちは息を潜め、彼の動きを注視している。
「この方向からだ。」
レヴァンが鋭く言い放つと、中年の男性が頷き、家屋の中にいる家族を避難させるために駆け出していった。
レヴァンの目には、暗闇の中で星喰いの赤い瞳がぼんやりと光るのが見えていた。
その数は一体ではない。背筋が一瞬冷たくなるが、すぐに気を引き締め直す。
「逃げられないなら、迎え撃つだけだ。」
星喰いの巨体が集落の外れに姿を現した。その姿形は、どれも先日戦ったものとは異なり、まるで影そのものが具現化したかのように黒い霧をまとっていた。
レヴァンは剣を構え、足元に星紋の光陣を展開する。その光は一瞬で身体を強化し、動きに鋭さと速さを加える。
「まず一体目。」
星喰いが飛びかかってくる瞬間、レヴァンは軽やかに身をかわし、剣を水平に振るった。
「ズバン!」という鋭い音とともに、星喰いの前肢が切り裂かれる。だが、倒れることはなく、そのまま霧のように溶け込んで姿を消す。
「厄介だな…。」
彼が油断なく辺りを見渡していると、背後から別の星喰いが音もなく接近してきた。
咄嗟にレヴァンは剣を逆手に握り、背後に振り抜く。
「ガキィン!」という音が響き、星喰いの牙が剣とぶつかり合った。
その衝撃で地面が僅かに揺れる。
(こいつら…動きが読みづらい。単なる獣じゃないのか?)
星喰いの異様な挙動に警戒しつつ、レヴァンは再び前へ躍り出る。
剣を両手で握りしめ、一気に突進する。星喰いが再び姿を現し、その巨大な爪を振り下ろすが、レヴァンの剣がそれを上回る速度で閃き、爪ごと腕を切り落とした。
「ドォン!」
倒れ込む星喰いの巨体。
その瞬間、黒い霧が爆発的に広がり、レヴァンの視界を奪った。
咳き込みながら後退するが、霧の中からさらに別の星喰いが出現する。息つく暇も与えない執拗な攻撃が続き、荒野はまるで敵そのものの領域に変わったかのようだった。
「一体何なんだこの星喰いは…。」
彼は剣を再び構え直し、星紋術を最大限に活用することを決めた。
足元から青白い光が広がり、それが空間全体に波紋のように広がる。
「全力で倒す!」
レヴァンは剣を両手で握り直し、剣技と星紋術を掛け合わせたオリジナルの技
——蒼閃舞の準備を始めた。
足元から広がる星紋が青白い光の陣となり、周囲の空気が震える。
彼の全身を包み込むように光が渦を巻き、その輝きは暗闇さえも押しのけるほどだ。
「蒼閃舞…これで決める!」
レヴァンが踏み込むと同時に身体が流れるように加速し、高速で剣を振るう。
青白い閃光が剣先から複数の光の刃となって放たれる。
それは旋風のように星喰いを包み込み、逃げ場を一切与えない。
星喰いが咆哮を上げながら必死に反撃しようとするが、高速で動くレヴァンの動きはまるで舞っているかのようで一瞬も止まらない。
「ズバン!ズバン!」
光の刃が次々と星喰いの外殻を削ぎ、黒い血が霧のように散る。
その度に星喰いの巨体は揺れ、地面に叩きつけられそうになるが、なおも立ち上がろうとする。
「しぶとい奴だ…だが、これで終わりだ!」
レヴァンが最後の斬撃を放つ。
星紋の光が剣に集約され、彼の一撃がまるで流星のように星喰いを貫く。
「ドォン!」という轟音とともに、星喰いの巨体が崩れ落ち、青白い霧となって消え去った。
彼の周囲には再び静寂が訪れ、星紋陣も次第に輝きを失っていく。
戦いを終えたレヴァンが息を整えると、先ほどの中年男性が近づいてきた。
「本当に助かりました、星紋術師の方。これで村のみんなも安心できる。」
レヴァンは軽く頷き、「俺の力が役立ったなら、それで十分だ。」と静かに答えた。
その言葉に、男性は深く頭を下げ、感謝の気持ちを伝えた。
その時、馬に乗った巡回兵が集落に駆けつけてきた。
「遅れてすまない! 国境近くで別の星喰いが発生していて、こちらに来るのが遅れた。」
巡回兵は周囲を見渡し、星喰いの残骸がないことに驚きの表情を浮かべた。
「ここはもう大丈夫なのか?」
「はい、あの手練れの星紋術士の方がすべて片付けてくれました。」
男性が答えると、巡回兵はレヴァンに視線を向けた。
「そうか。だが、旅を続ける星紋術士というのは珍しいな。大抵は報酬や安定を捨てた変わり者だと聞くが…。」
その言葉に、レヴァンは表情を変えずに答えた。
「安定を求めることだけが生きる道ではない。それぞれの理由がある。」
巡回兵は少し黙り込んだ後、
「そうだな。この集落を救ってくれたのに大変失礼した。我々が戦うべきであったのに、間に合わなかった。戦ってくれて感謝する。」と謝罪した。
そして、集落周辺の安全確認と被害状況をまとめた後、兵士たちは国境へと戻っていった。
その後、少し休憩をしたレヴァンは、国境を目指して森の中を駆け抜けていた。
(あの集落で遭遇した妙な星喰い、中立地帯での強力個体...星喰いに何か起きているのか。)
考え事をしながら移動していると、いつの間にかヴァルストラ共和国の国境近くに到着していた。
星喰いとの戦闘に備え、警戒はしていたが襲われることはなかった。
集落で巡回の兵士が別の星喰いを討伐したと言っていたので、それもあるのだろうとレヴァンは考えていた。
国境の関所では、兵たちが厳しく目を光らせていたが、レヴァンが星紋術士であることを告げると、比較的スムーズに通過することができた。
「共和国へようこそ。ただ、ここではあまり目立たない方がいいぞ。」
一人の兵が忠告するように言う。
「旅を選ぶ者は大抵、報酬や安定性を捨てた変わり者だ。まあ、好きにするといい。」
彼の言葉には、旅の星紋術士に対する微かな侮蔑が込められていた。
その言葉を受け流しながら、レヴァンは共和国の領内へと足を踏み入れた。
都市部に近づくと、そこには活気ある市場や独特な街並みが広がっていた。
星紋術を応用した設備が目を引き、都市の活力を象徴している。
だが、何より彼の目を奪ったのは、ルナエティカ星紋学園の壮麗な姿だった。
「ここが…。」
広大な敷地と荘厳な建物。
その威厳に圧倒されつつも、レヴァンは足を進め、受付へと向かった。
学園の受付は広いホールの中央に位置しており、天井には星々を象った壮麗な装飾が輝いていた。
数名の職員がカウンターの向こう側で書類を整理しながら、訪問者たちと応対している。
その一角に足を踏み入れたレヴァンは、一瞬その威圧感に呑まれそうになるが、すぐに気を引き締めて進んだ。
「どうされましたか?」
受付に立つ中年の女性が、事務的な口調で尋ねた。
その視線は冷たく、レヴァンの旅人としての服装を見て、ほんの僅かに眉をひそめた。
「この学園に入学を希望します。」
レヴァンが静かに言うと、女性は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻し、目の前の書類に視線を落とした。
「入学には試験が必要です。戦闘試験と知識試験、両方を合格する必要があります。」
女性が淡々と説明する中、レヴァンは真剣な表情で頷いた。
「わかりました。試験を受けます。」
その毅然とした態度に、受付の女性は少しだけ興味を引かれた様子だったが、それでもなお、どこか冷ややかな目を向け続けていた。
この世界では、自分が所属する国家を少しでも良くしたいと考える人が多い。
この学園で得た力をヴァルストラ共和国のために使わないと思っているが故の態度であろう。
レヴァンは、そう考えることにした。
「では、この書類に記入してください。戦闘試験のスケジュールと場所はここに記されています。」
女性が差し出した書類に目を通し、レヴァンはそれを受け取って記入を始めた。ペンを走らせる手に迷いはなく、彼の決意を物語っていた。
「記入が終わったら、案内係が試験会場をお見せします。」
女性の指示に従い、レヴァンが記入を終えると、近くに控えていた案内係の若い男性に導かれ、学園内を歩き始めた。
学園内は広大で、いたるところに星紋術を活用した装置や建物が並んでいた。
案内係が説明する中、レヴァンの目は次々と新しい光景に吸い寄せられる。
「こちらが戦闘試験の会場です。」
男性が指し示したのは、大きなアリーナのような施設だった。
その中心には広々とした訓練場があり、すでに何人かの学生が星紋術の訓練をしている様子が見えた。
「試験は明日の朝から始まります。戦闘試験と筆記試験、どちらも重要ですが、特に戦闘試験では星紋術が使えるかが重要です。私は旅の星紋術師に偏見はないですが、この学園には多くいます。実力を見せつけることをおすすめします。」
案内係の言葉を聞きながら、レヴァンはその広場をじっと見つめた。自分がここでどんな戦いを繰り広げることになるのか、期待と緊張が胸の中で入り混じっていた。
「助言、ありがとうございます。準備はできています。」
静かにそう告げたレヴァンに、案内係は少し驚いた表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。
「その意気込みなら、きっと良い結果を出せますよ。では、明日に備えてしっかり休んでください。」
案内係に別れを告げた後、レヴァンは学園内の宿泊施設へと向かった。その夜、彼は試験への決意を胸に、静かに目を閉じた。。