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悠久の星紋剣士  作者: 蒼野 レイジ
旅立ちの決意
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49/69

荒廃した集落

――星喰いとの激しい戦闘から数日が経過した。

レヴァンとセリーネは、広大な荒野と森を進む旅を続けていた。


夜は満天の星空の下で焚火を囲み、昼間は次なる目的地を目指してひたすら歩き続ける。

その道中には不安と期待、そして緊張が入り混じっていた。


夜の闇に包まれる中、焚火の揺らめく明かりが二人を照らしていた。


薪が弾ける小さな音と、遠くから聞こえる風の音が静寂を彩る中、セリーネが地図を広げた。

彼女の指先が地図上を滑り、特定の場所を指し示す。


「フィディア聖国よね……学園の襲撃事件で明らかになった星喰いの進化。その原因の手掛かりが、あそこにあるかもしれない。」


彼女の声には冷静な分析が滲んでいたが、その奥には不安が潜んでいた。

レヴァンは焚火の明かりに照らされる剣を研ぎながら、彼女の言葉に応じた。


「聖女アリセアとエリオンが直接動くほどの異変が、あそこでは起きていた。それをこの目で確かめたい。」


フィディア聖国は、星神信仰を中心に形成された神聖な地だ。

古代の星紋術に関する知識や遺跡を数多く保有し、国中に点在する聖堂や祈りの地では、聖職者たちが星紋術の安定化に努めているという。


セリーネが広げた地図にも、その特徴的な地形が描かれていた。


「星喰いの進化が、この世界全体にどれだけの影響を及ぼすか。もし、フィディア聖国が保有する古代の記録や星紋術の遺産に、それを止める方法があるなら……行く価値は十分にあるわ。」


セリーネの声には決意が込められていた。


レヴァンは一瞬剣を研ぐ手を止め、炎の揺れる光の中で彼女を見た。

その真剣な横顔に、これまで彼女がどれほどの覚悟を抱えてきたのかを感じ取る。


彼は静かに頷き、再び剣に目を落とした。


「『星の試練宮』という場所がある。そこでは星神に関する情報や、星喰いの謎を解明する鍵が眠っているという伝説があるらしい。」


レヴァンの言葉には、星紋術と精霊の契約者である自分がこの旅を続ける理由が込められていた。



焚火の炎が静かに揺らめき、薪が弾ける乾いた音が夜の静寂に溶け込んでいた。

セリーネはその光を背に、じっと地図を見つめていた。


地図上に記された線や点、そして国境を示す部分が、まるで彼女の行く先を試すかのように浮かび上がる。


冷たい夜風が髪を揺らし、肩を包むマントの端をそっと掠める。

その瞬間、彼女の目に浮かんだのは、遠い故郷と家族の記憶だった。


セリーネはアルヴェリス家という、王国を守る使命を代々受け継いできた名門家系に生まれた。

誇り高い家系であることは疑いようもなく、その使命は王国を守る盾としての役割を課されたものだった。しかし、その栄光の裏で、彼女自身の自由は常に犠牲にされていた。


幼い頃の記憶が彼女の心に浮かぶ。

広大なアルヴェリス家の庭園。母と共に過ごした最後の日々。母の穏やかな笑顔、そして彼女を抱きしめる温かさ。それは、彼女が最後に感じた「自由」の象徴だった。


だが、母が亡くなってからの日々は一変した。

愛情の代わりに、彼女には家族や家系への期待が重くのしかかるようになった。


彼女は剣術を学び、星紋術を鍛え、幼い心で必死に「完璧」であろうと努力した。

周囲の称賛や期待に応えるたび、心のどこかが少しずつ閉ざされていく感覚に気付いてはいたが、それでも立ち止まることは許されなかった。


(使命を全うするだけが私の人生なの……?)


焚火の光が地図に揺れる影を作り出し、セリーネはその影の中に自らの過去と未来を重ねた。


それでも、レヴァンと出会ったことで彼女の中に変化が生まれた。

孤独だった日々に、一つの疑問が芽生えたのだ。


彼は使命や重荷を背負いながらも、自分の意思で未来を切り開こうとしている。

その姿は、彼女の心に小さな火を灯した。


アルヴェリス家の重圧から解放されることを夢見る自分がいることに、初めて気付いたのだ。


今、自分の意志で旅をしているという事実。

それは彼女にとってこれまで感じたことのない解放感をもたらしていた。

だが、その一方で、星喰いの進化という未知の脅威が、確実に彼女の心に影を落としていた。


「星喰いは確実に進化してる。何で急に進化が加速しているのか……。その真実を解き明かす必要があるわね。」


彼女は地図に指を置きながら呟いた。

セリーネは深く息を吸い込むと、自分に言い聞かせるように静かに心の中で呟いた。


(この旅が、私に何をもたらすのか……それを確かめたいわ。)


彼女は地図を閉じ、その指先をそっと膝の上に置いた。

だが、目を閉じた瞬間、彼女の胸の奥にはまだ小さな迷いが残っていた。


アルヴェリス家という枷を捨てきれない自分がいる。

だが、その枷を抱えながらも、前へ進むしかないと知っている自分もいる。


「私はアルヴェリス家の娘……。でも、それだけでは終われない。」


セリーネは小さく呟き、自分を奮い立たせるように焚火を見つめた。

その炎の中に、母の笑顔がぼんやりと浮かんだ気がして、彼女は一瞬だけ目を伏せた。


焚火の明かりに照らされる彼女の横顔を、ふとレヴァンが見た。

その視線には声をかけるべきか迷いがあったが、彼女が地図を閉じて顔を上げた瞬間、その迷いは消えた。


「明日も早い。休めるうちに休んでおけ。」


レヴァンの言葉にセリーネは微笑を浮かべ、静かに頷いた。


「ええ、そうね。」


焚火の音と共に夜の静けさが二人を包み込む中、セリーネは心の奥で自分の進むべき道をもう一度確かめていた。



――夜が明け、二人は広大な荒野を進んでいた。

朝の冷たい空気が頬を撫で、霜が草木に白く残っている。


遠くに見えるのは、深い森とその奥にそびえる険しい山々だ。

その向こうに、フィディア聖国の国土が広がっているはずだ。


レヴァンはふと足を止め、遠くを見つめながら呟いた。


「フィディア聖国……あそこには、答えがあるかもしれない。」


セリーネがその言葉に静かに頷いた。


「でも、あそこにたどり着く前に、越えなければならない試練があるわ。」


彼女の指が示す先には、国境地帯に広がる深い森が見えた。

その中には、星喰いが潜む危険な気配が漂っている。


レヴァンは剣の柄を握り直し、前方を睨むように見つめた。


「何が来ようと、進むしかない。」


彼の決意に満ちた声が、冷たい空気の中に力強く響いた。



――旅を続ける中、二人は広大な森を抜けた。

その先に広がっていたのは、かつて人々が暮らしていたであろう集落の跡だった。


しかし、目に映るのは焼け跡と崩れた建物ばかり。

破壊された家屋の骨組みがむき出しになり、すすけた木材が無造作に積み重なっている。風に乗って焦げた木材の臭いが漂い、どこか冷たく乾いた空気が集落全体を覆っていた。


「ここも……やられたのか。」


レヴァンは一歩足を踏み入れ、剣を握る手に力を込めながら周囲を見渡した。

彼の視線は、散乱した家具や壊れた食器、そして地面に転がる子供のおもちゃに注がれていた。それらは、つい最近までここで生活していた人々の存在を物語っている。


しかし、この集落にはただの生活の痕跡だけではなかった。

所々で散らばる軍の紋章が刻まれた金属片や、折れ曲がった槍、盾、そして破損した甲冑が目に入った。


それらは、この地で戦闘が行われたことを如実に示していた。


「軍がここで戦っていた……星喰い相手に?」


セリーネが低く呟き、地面に埋もれるように横たわった剣を拾い上げた。

その刃には焦げ跡と深い傷が刻まれており、激しい戦闘の痕跡を物語っていた。


彼女はその剣を指先で軽く撫でながら続けた。


「星喰いの侵攻範囲が、これほど広がっているとは思わなかったわ……。」


その言葉には驚きと危機感が滲んでいた。

セリーネの視線がふと先に向けられると、荒れ果てた集落の中にぽつりと並ぶ土の盛り上がりが目に入った。


それは粗末ながらも人の手によって作られた墓であり、いくつかの木製の簡易な墓標が立てられている。


墓標には名前や祈りの言葉が刻まれているものもあれば、ただ一本の木の棒が無造作に突き刺されているだけのものもあった。


「……残された人たちが、せめてもの弔いをしたのね。」


セリーネが険しい表情で呟き、その場に静かに膝をついた。

周囲に漂う空気の重さに、彼女の心も沈むようだった。


「それでも、ここに留まれなかったんだろう。」


レヴァンが低く言葉を漏らす。

その視線は墓標のさらに奥へと向けられていた。


荒れ果てた地面に残る深い爪痕。

巨大な星喰いの存在を示唆するそれは、住民たちが命がけでこの地を守ろうとした証拠でもあった。


風が吹き抜け、墓標にかけられた布切れがかすかに揺れた。

そこに記された文字は、すでに読めなくなりかけていたが、かすかに「希望」と書かれているように見えた。


「進もう。ここに長く留まるのは危険だ。」


レヴァンの声には、静かながらも決意が込められていた。

彼は剣を握り直し、警戒するように視線を走らせた。


セリーネも静かに立ち上がり、気持ちを引き締めるように深呼吸をした。


「ええ、行きましょう。」


彼女の声は冷静だったが、その奥には何かを振り払うような意志が込められていた。

二人は慎重に歩を進め、崩れた家々の間を抜けて集落の奥へと向かっていく。



――静寂を引き裂くように、荒廃した集落の瓦礫が軋んだ。

レヴァンは剣の柄を握り直し、周囲を警戒する。

風の流れが微かに変わり、どこか不穏な気配が漂い始める。


「……気配がする。」


低く呟いたその瞬間、遠くから不気味な唸り声が響いてきた。

野生の獣とも違う、獲物を見つけた肉食獣のような殺気が交じる音――星喰いだ。


セリーネも即座に動いた。


彼女は背筋を伸ばしながら細剣を抜き、戦闘態勢を整える。


彼女の武器は細身の剣――華奢な武器に見えるが、ただの飾りではない。

細身の剣は軽く、彼女の流れるような剣技と星紋術を最大限に活かすためのものだ。


「この気配……数は少なくないわね。」


「だな。こっちを囲む気か。」


二人の視線が交差した。

すでに戦闘は始まっている。


直後、茂みの奥がざわめき、鋭い音と共に影が飛び出してきた。


「四体――いや、六体か。」


レヴァンは一瞬で敵の数を数え、次の動きを考えた。

星喰いたちは全方位から飛びかかるようにして包囲を狭める。


「セリーネ、左!」


「ええ!」


セリーネは低く構え、地を蹴った。


彼女の動きは水流のように滑らかで、まるで舞うように敵の懐に飛び込む。

レヴァンはそれを横目で見ながら、彼女の戦闘スタイルを思い出していた。


セリーネ・アルヴェリス――学園ランキング3位の実力者。


彼女は水属性を操る星紋術の使い手でありながら、その戦闘スタイルは典型的な水属性術士とは異なっていた。


本来、水属性の使い手は遠距離戦や中距離での防御・支援に秀でるが、セリーネは違う。彼女は前線に立ち、剣と星紋術を駆使しながら敵を仕留める。


その最大の特徴は、彼女が「突き」に特化した剣技を駆使することだった。

星喰いの固い皮膚を貫くには、力技ではなく正確な一撃が必要だ。


そして、セリーネはそれを誰よりも理解している。


蒼流穿突(そうりゅうせんとつ)!」


青白い星紋術の光が細剣に宿る。


次の瞬間、鋭い突きが放たれた。

青い光が空間を裂き、星喰いの喉元を正確に貫く。


まるで水流が鋭く突き破るような一撃――

星喰いは悲鳴を上げる間もなく絶命した。


だが、彼女はもう次の敵を見据えていた。


白波の刃(しらなみのやいば)!」


セリーネの足が地を蹴る。


次の瞬間、彼女の姿が白波のように揺らぎ、星喰いとの距離を一瞬で詰めた。

鋭い水の気流が彼女の動きに沿って巻き上がり、まるで波が押し寄せるかのように敵を包み込んでいく。


星喰いが牙を剥き出しにし、咆哮とともに迎撃しようとする。


しかし、セリーネの動きは止まらない。

疾風のように滑るような一歩を踏み込み、迷いなく剣を振るう。


「これで終わり。」


剣閃と共に、水の力が弾けるように炸裂した。

荒れ狂う白波の如き衝撃が敵の急所を捉え、鋭く切り裂いていく。


刹那、星喰いの体が弾かれたように仰け反り、そのまま崩れ落ちる。


白波は一瞬にして形を成し、そして消える――まるで何事もなかったかのように。

だが、その軌跡は確かに敵を断ち切っていた。


「レヴァン、右を頼むわ!」


「任せろ!」


レヴァンは風を纏いながら、一瞬で星喰いの動きを捉えた。


風刃一閃(ふうじんいっせん)!」


彼の剣から放たれた風の刃が星喰いを正確に切り裂く。

悲鳴のような声を上げ、その場に倒れこんだ。


しかし、まだ終わりではない。


「前方、二体来るわ!」


「セリーネ、合わせるぞ!」


二人は既に動き出していた。


セリーネは低い姿勢のまま、星喰いの動きを見極める。

水属性の星紋術が細剣を伝い、流れるように刃を強化する。


「水月牙!」


刃が星喰いの胸元を貫くと、叫びながら絶命した。


その直後、もう一体の星喰いが横から襲いかかる。


「レヴァン!」


「わかってる!」


レヴァンが剣を振り上げ、その刃に激しく燃え上がる炎を纏わせる。

駆け抜けるその姿は、まるで烈火そのものだった。


業火裂刃(ごうかれつじん)!」


炎を宿した剣が振り下ろされると、灼熱の刃が空を裂き、敵を包み込むように広がる。

燃え盛る業火が星喰いの体を飲み込み、その場に断末魔の悲鳴が響き渡る。


瞬く間に燃え尽きた星喰いの残骸は灰となっていた。



静寂が戻る。


二人はお互いの息遣いを感じながら、辺りを見渡した。


「……終わったわね。」


セリーネが細剣を納めながら呟く。

その額には汗が滲んでいたが、その瞳には確かな自信が宿っていた。


「そうだな。」


レヴァンは剣を鞘に納め、短く息を整えた。

周囲にはすでに星喰いの気配はなく、静寂が戻っている。


「あなた、火属性の方が得意なんじゃない?凄い威力だったわよ?」

セリーネが、先ほどの戦闘でレヴァンが放った火属性の星紋術を思い出しながら尋ねた。

その声には、驚きと感心が混じっている。


レヴァンは肩をすくめながら答えた。


「いや、火属性が得意ってわけじゃない。風も火も、どっちも同じくらい使えるんだ。」


「……同じくらい?」


セリーネは眉を上げて問い返す。

その言葉が信じられないというような表情だった。


「最近の術士で、二つの属性を同等に扱える人なんてほとんどいないわよ?せいぜい補助的にもう一つの属性を少し使う程度が普通だもの。」


レヴァンは少し考え込むようにしながら、冷静に言葉を続けた。


「まあ、どちらかに偏るものなのか?俺の場合、どちらの属性にも適性がある。だから同じレベルで扱える。」


セリーネは腕を組みながら、彼をじっと見つめる。


「同じレベルで扱えるなんて、かなり特殊ね。才能だけじゃなく、相当な訓練を積んだんでしょう?」


レヴァンは少しだけ笑みを浮かべた。


「そうなのかもな。でも、俺にとっては特に不思議なことじゃない。どちらの属性も自然に使えたから。」


セリーネはその言葉に小さく息をついた。


「自然に、ね……。最近の術士は一つの属性に特化して、それを極める傾向が強いわ。でも、あなたみたいに二属性を同じレベルで使えるなら、戦術の幅は相当広がるわね。」


彼女は感心したように頷きながら続けた。


「それに、戦いの中でどちらの属性を使うか切り替えられるのは、本当に大きな強みよ。火は攻撃力が高いけれど、制御が難しい。一方で風は速度と精密な制御に向いている。両方を同じくらい扱えるなら、まるで二人分の術士がいるようなものね。」


「そう言われると、悪くない気分だな。」


レヴァンは淡々としながらも、少しだけ嬉しそうに言った。


「でも、勘違いしないで。」


セリーネは少し意地悪な笑みを浮かべる。


「二属性扱えるからって油断すると、私みたいな術士に負けるかもしれないわよ?」


「そう簡単に負けるつもりはないさ。」


レヴァンは軽く笑いながら答えたが、その瞳には確かな自信が宿っていた。


セリーネは彼の言葉に満足したのか、少し微笑みながら小声で呟いた。


「二属性を扱う剣士か……珍しい人と一緒に旅をするものね。」


彼女の呟きは、微かに風に乗って流れ去ったが、レヴァンはその言葉を聞き逃していなかった。



――レヴァンの身体には、まだ微かに風の力が纏わりついていた。

戦闘中とその直後まで発動する「風の癒し」――


それは自動で傷を癒す術だが、万能ではない。


小さな切り傷や浅い刺し傷なら徐々に閉じるが、大きな傷には到底追いつかない。

それに、マナを消費し続けるこの術は、長時間の戦闘ではむしろ負担になることもあった。


「……痛みは少し収まるけど、完全には治らないか。」


レヴァンは自分の手を見る。

拳に刻まれた浅い傷は、ゆっくりと癒えていく最中だったが、その進み方は鈍かった。


一方、セリーネは傷口を確認すると、短く息を吐き出した。

彼女の腕には小さな切り傷があり、滲んだ血が目立っていた。


だが、彼女は迷わず手を掲げ、星紋術を発動させる。


清流の癒し(せいりゅうのいやし)!」


淡い水の光が彼女の手元に生まれ、ゆったりと流れるようにして肌を包み込む。

水は傷口を優しく洗い流しながら、血と痛みを取り去っていく。


たちまち傷は消え去り、彼女の肌は元の滑らかさを取り戻した。


「これで良し、と。」


セリーネは腕を軽く振りながら、冷静に呟く。


そんな彼女の様子を見ていたレヴァンが口を開いた。


「水属性の癒しは優雅だな。」


その言葉に、セリーネは微笑を浮かべた。


「あなたも風の癒しがあるじゃない。それで十分じゃないの?」


「いや、これは自動で働く分、治りは遅い。戦闘中は痛みを緩和させて、癒しながら戦えるから助かるが、戦いが終わった後に無意識下でじっくり治すことはできない。戦闘が終わって少ししたら意識して使わないと止まってしまうんだ。自分で意識して使う時のマナ制御は精密だ。慎重に風を当てないと、傷口を広げてしまう。」


レヴァンは拳を開きながら続けた。


「それに、風の癒しはマナを消費し続ける。戦闘が長引けば長引くほど、マナ切れを起こしかねないんだ。」


その説明に、セリーネは軽く頷いた。


「なるほどね。自動で働く分、便利だけど万能ではないのね。でも、こうして戦闘中の痛みを緩和させつつ癒せるのは、やっぱり凄い力ね。」


レヴァンは少しだけ苦笑した。


「まあ、そうだな。ただ、セリーネの癒しの術には勝てないよ。あれは傷が完全に消えるし、使い手の技量次第でどんな傷にも対応できるだろう?」


セリーネは満足げに胸を張った。


「当然よ。でも、安心して。もしその『風の癒し』でどうにもならない傷を負ったら、私がきちんと回復してあげるわ。」


彼女の言葉に、レヴァンは短く笑った。


「頼りにしてるよ。」



――戦闘を終えた二人は、集落を抜けて丘の上に辿り着いた。

朝霧が薄く漂い、地平線の先には険しい山脈がそびえている。


朝陽がその稜線を淡く照らし、山々の輪郭が浮かび上がる。

それが、フィディア聖国へと続く道だった。


レヴァンは丘の端に立ち、遠くの山並みを見つめながら呟いた。


「ここを越えればフィディア聖国だな……。」


その声には微かな緊張と期待が交じっていた。


「ええ。でも、この道のりは簡単じゃないわ。」


セリーネが地図を広げ、指で山脈の先を指し示す。

その手元には、学園を出発する前にまとめた情報が書き込まれている。


「星喰いの巣食う未開の地帯を通らなきゃいけないし、古い遺跡が点在している場所でもあるわ。」


「遺跡か……。」


レヴァンは少し考え込むように地図を覗き込んだ。


フィディア聖国――それは、星神信仰を基盤とする国だ。

その信仰は国中に広がり、多くの星紋術の記録や古代の遺産が残されていると言われている。

そして、彼らが最終的に目指している場所は、その中でも最も重要とされる「星の試練宮」だった。


「試練宮には、この星の歴史や星紋術に関する情報があると言われている。そこに行けば、何かしらの手掛かりが得られるかもしれない。」


レヴァンの言葉には、抑えきれない希望が滲んでいた。


セリーネも頷きながら地図を折り畳む。


「ただ、試練宮に辿り着くだけでも簡単じゃないわ。あそこに入るには特別な許可が必要だもの。いくら私たちが学園の生徒であっても、それが保証されるわけじゃない。」


「知ってる。聖女アリセアが、ランキング戦の景品にしていたぐらいだからな。でも、許可がなくても立ち寄るだけの価値はあるはずだ。周辺の情報を集めれば、それだけでも進展はあるはずだ。」


レヴァンの瞳には確かな決意が宿っていた。


セリーネも同意するように微笑む。


「ええ、立ち寄るだけでも有意義なはず。試練宮には入れなくても、何か情報を手に入れられるかもしれないわ。」


二人の間に静かな決意が流れた。

彼らは星喰いの進化を探るため、その原因を突き止める情報を得るためにフィディア聖国を目指している。


そして、試練宮を中心に調査を進めるという目的が、旅の指針となっていた。


丘の上で一息つきながら、レヴァンがふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、最近の星喰い、妙だと思わないか?」


「妙、というと?」


セリーネが彼を見やる。


「学園で特異個体を倒した時、あいつらの動きが普通の星喰いと違っていた。それに、最近の星喰いは以前よりも組織立って動いているように感じる。」


セリーネは顎に手を当てながら考え込む。


「私はあなたほど星喰いとの戦闘経験はないけど、確かに......この前のヴァルストラ共和国周辺の襲撃時も、単なる本能で襲ってきたわけではないように見えたわ。一斉攻撃や退却。あれは……何かに指示されていたような動きだった。星喰いは、人間を見たらまっ先に襲って来るものだったし、退却しないわよね。」


「あぁ。もし星喰いが進化しているなら、それを裏で操る存在がいる可能性がある。」


レヴァンの声は低く、それでも鋭い洞察が含まれていた。


「操る存在……もしそんな存在がいるとしたら、星喰いの進化の根源かもしれないわね。」


セリーネは小さく息を吐く。


「その可能性を確かめるために、まずはフィディア聖国で調査したい。星喰いの進化、その原因、そして今この世界で何が起きているのかを確かめるために。」


レヴァンの声には、明確な使命感が宿っていた。


「でも、調査だけでなく……もし何かを発見しても、それをどうするかも考えておかなければならないわ。」


セリーネの言葉には、冷静さと慎重さ、そして未来への準備を怠らない思慮深さが(にじ)んでいた。



――丘を下りて再び歩き始めた二人。

だが、空模様が急変するのに時間はかからなかった。遠くの空が灰色に染まり、冷たい風が吹きつけてくる。木々のざわめきが次第に強まり、不穏な雰囲気が漂い始める。


「風が変わったな。」


レヴァンは剣の柄に手を添え、足を止めた。

その瞳は周囲を鋭く見回している。


「星喰いの気配ね……ただの星喰いじゃないかもしれない。」


セリーネも細剣を引き抜き、冷静に構えを取る。


「空気が重い……。」


レヴァンが呟く中、低い唸り声が風に混じって聞こえてきた。

それは、ただの星喰いのものではないような、異質な気配を含んでいた。



重い空気が二人を包み込む中、その先に待つ新たな戦いが静かに幕を上げようとしていた――。

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