約束の地ヘの導き
戦闘が終わり、荒野には静寂が訪れた。
しかし、その静寂は重く、緊張感が完全に消えることはなかった。崩れ落ちた星喰いの巨体はレヴァンの一撃の影響で塵となって消え、まるでそこに何も存在しなかったかのように跡形もなくなっていた。
「無事に終わりましたね…。」
大剣を携えた屈強な戦士が大きく息をつきながら呟く。その顔には疲労が滲んでいたが、どこか安堵の色も見える。レヴァンは剣を鞘に収め、仲間たちの方を振り返った。
「他のみんなも、無事か?」
彼の無事を確認する問いに、仲間たちがそれぞれ頷きを返す。戦闘結果は、犠牲者0。戦闘による傷は軽傷で済んだが、精神的な疲労は大きかった。星喰いの威圧感と、戦いの激しさが彼らの心に重くのしかかっていた。
(星喰いとの戦闘経験が乏しい者ばかりが多かったとはいえ、犠牲者が出なかったのは、流石は星の光の戦闘試験を突破している者たち。というところか...)
「この村…昔は活気があったはずですが、今は見る影もないですね。」
大剣を携えた屈強な戦士が、荒廃した村を見渡しながら呟く。崩れた家屋や焼け焦げた畑、そして所々に散らばる瓦礫が、ここでかつて何が起きたのかを物語っていた。
「調査をしよう。」
レヴァンが短く言い放つと、仲間たちは頷いてそれぞれ村の中心部に向かって歩き始めた。瓦礫をかき分けながら慎重に進むと、ある建物の跡地で何かを発見した。
「これは…。」
他の戦士が指差した先には、学者風の装備を身にまとった遺体があった。防護用のローブはすでにボロボロで、長い時間が経過していることが伺える。その手元には古びた日記が落ちていた。
「学者か?星紋術士のようだな。」
レヴァンが日記を拾い上げると、手のひらにかすかにザラザラとした感触が伝わってくる。表紙は擦り切れ、かつては鮮やかな色だったであろう装丁が褪せていた。彼は慎重にページをめくる。
日記には星紋術士としての研究内容や、かつての学園生活の記録が書かれていた。その文体から察するに、若い術士だったのだろう。ページをめくるたびに、星喰いについての記述が増えていく。
「この村で星喰いが異常発生しているとの報を受け調査に訪れたが、手に負えない規模だった。」
その記述を読み上げるレヴァンの声が低く響く。仲間たちが彼の周りに集まり、その内容に耳を傾けた。
「だが、この場所には『約束の地』に通じる何かがあるように思う。」
その一文が書かれていたページの端には、地図の断片が描かれていた。詳細は不明だが、確かにこの村を指しているようだ。
「約束の地…?」
近くにいた星紋術師が疑問の声を上げる。他の仲間たちも顔を見合わせた。この言葉が何を意味するのか、誰も答えを持ち合わせていない。
さらにページをめくると、日記の最後にはこう記されていた。
「ヴァルストラ共和国のルナエティカ星紋学園には、星喰いの本質やその起源についての新たな手がかりがあると聞いた。もし、星喰いに関する情報を知りたい者がいるなら、ぜひ学園を訪れてほしい。」
「ルナエティカ星紋学園…。」
レヴァンはその言葉を反芻した。その名は彼にとって聞き覚えがあった。失われた記憶の中から、微かな光が差し込むような感覚を覚えた。
「学園か…。」
彼の言葉に、仲間たちは興味がなさそうであった。無理もない、彼らはギルドの依頼をこなすだけで十分生活ができる。
しかし、レヴァンにとって、この場所で得た手がかりは、確かに次の目的地を指し示しているようだった。
(星喰いの討伐完了とこの村の状況をギルドに報告しよう。これ以上、留まる必要はない。)
そう結論づけたレヴァンは、日記を大切に抱えながら仲間たちとともに村を後にした。
ギルドの建物は石造りの威厳ある佇まいで、荒野の中で異彩を放っていた。報告をするために足を踏み入れると、中には戦士や術士たちが多く集まり、喧騒が広がっていた。受付には壮年の男性が座っており、手早く書類を捌いている。
「討伐報告に来た。」
レヴァンがそう告げると、受付の男が顔を上げた。
「最近連絡のなかったあの村か…。星喰いが異常発生危惧されていたが、どうだった?」
「二体の強力な星喰いが確認された。全滅させたが、村の被害は甚大だった。」
男が眉をひそめ、手元の記録用紙に書き込む。報告を終えると、レヴァンは村で拾った日記を取り出し、受付に差し出した。
「これを見てほしい。遺体の傍らで見つけたものだ。」
男は興味深そうに日記を受け取り、ぱらぱらと目を通す。
「約束の地…そして星紋学園。面白い話だな。」
彼は意味深に微笑みながら日記を閉じた。
「お前は次、どうするつもりだ?」
「ヴァルストラ共和国の学園を目指す。この日記が指し示しているものを確かめたい。」
その言葉に、受付の男は深く頷いた。
「無理をするなよ。最近は異常発生が多い。お前ほどの腕が必要になる局面も多いだろう。事実、今回の依頼はこのギルド支部からの指名依頼だったからな。」
本来、各ギルド支部では、手練れの星紋術師や戦士を多く抱えている。しかし、ここは各国家の中立地帯。国家というものがなく、国家に縛られることを嫌う流れ者も多い。そのためか、星紋を持たないものも多い。ここにギルド支部を構える戦闘特化ギルド「星の光」でさえ人員不足の状況であった。
短い会話を終え、レヴァンは仲間たちに目を向けた。
ギルドの外で再び顔を合わせると、短い静寂が流れた。
「ここで、解散だな。」
槍を持つ戦士が苦笑いを浮かべながら言う。
「今回は助かりました、レヴァンさん。あなたがいなきゃ、正直俺たちだけじゃ全滅だった。」
「そうだな。あの星喰いは手強かった。」
拘束術を使用していた星紋術死も同調するように頷く。
「またどこかで会いましょう。…と言っても、この世界じゃそう簡単にはいかないですけどね。」
レヴァンは静かに微笑みながら答えた。
「それでも、生きていればまた会えるさ。」
それぞれが短い別れの言葉を交わし、各々の目的地へと散っていった。
レヴァンは背後で仲間たちの足音が遠ざかるのを聞きながら、ギルドの建物を後にした。
遠くには星が輝き始め、夜の帳が降りる中、レヴァンの胸には確固たる意志が宿っていた。
(この学園で、すべての答えを見つけてみせる。)
夜空を見上げながら、彼は静かにそう誓った。