5
早朝の学校はいつだって澄んでいる。
校内はいつも通り誰もいない。久々に感じる静かな空気が私の心を落ち着けてくれるようだった。
私は、はやる気持ちを抑えて、サキを待っていた。
昨日、覚悟を決めてサキに連絡を入れた。謝罪と明日投登校するということのみを記した簡素なモノだ。
スマホは苦手だった。だから、基本的に通知は切ってあるし、見もしない。今回だって、電源を切っていたから、サキが沢山連絡をくれていたことを知らなかった。それを申し訳なく思った。
サキは、思った以上に早い時間に登校してきた。心の準備は終わっていなかったけれど、今話さなければ、一生声をかけられない。そんな予感がして、急かすようにサキを屋上へ連れていった。
屋上は陽の光がキラキラと溢れている。その光に背中を押された気がして口を開く。けれど、サキのことを直視出来なくて、目線を下に向けた。
「酷いこと言って、ごめんなさい」
子供のように謝った。仲直りといえば、謝罪は定石だったし、それ以外に言う言葉が思い浮かばなかった。
「リリ、私、怒ってないよ」
その言葉に顔を上げると、サキは優しく微笑んでいた。その姿に少しホッとする。
「けど、避けられたことは悲しかった」
静かな声はスッと耳に入ってくる。サキは、どうしてこんなにも柔らかく話せるのだろう。痛む胸を紛らわせるように、そんなことを思った。
「リリが他人と関わることが苦手なこと、知ってた。だから、心の整理がつかないんだろうこともわかってた。でも、リリに会えなくて、私寂しかったよ」
寂しい。それは、あまり馴染みのない感情で、困ってしまう。その感情は遠い昔には存在していたかもしれないけれど、とっくに捨て去ってしまっている。だから、理解しようとしても、難しい。
「リリがそんなに悩んでることに気がつかなくてごめんね」
考え込んでいると、謝罪の言葉が聞こえて、目を見張る。まさか、謝られると思わなかった。思わず固まってしまう。何か言葉を返さなければ、と焦っているうちにサキは続ける。
「私、嬉しかったの。サクくんのことで、悩んでいたでしょう?あの時、私やリッカさん以外に興味を向けていることが嬉しかった」
サキは遠くを見ていた。何を考えているのだろう。パニックになった頭では、理解が追いつかない。
「サクくんがリリに気をかけて、声をかけている姿が、とても大切にしているように見えて、お似合いだって思っていたの」
サキからはあの男がそう見えていたなんてショックだ。私には到底、そう思えなかった。どちらかというと、いじめだったり弄びだったりの類だった気がする、とぼんやりとしている頭で思う。
「だから、サキを助けなかった。本当にごめんなさい」
サキに2度も謝らせてしまった。失態だ。私はこれっぽっちも、サキが悪いなんて思っていないのに。これは、私の問題だった。私の不甲斐なさが招いたモノだ。
だというのに、サキは。
誠実で真っ直ぐなところは美徳だけれど、私に向けられると途端にどうしていいかわからなくなる。
「そんなの、サキが謝ることじゃない!」
そのまま私は一度口を閉ざした。サキは私の言葉を待ってくれている。
私は自分の話をするのが苦手だった。
「…私、サキを傷つけたことが怖かった。サキは私の神様なのに。そんなサキを傷つけた自分が許せなかった。だから、逃げたの」
これは誰にも聞かせるはずのなかった懺悔だ。今になっても許しを乞おうとしている自分が嫌になる。これだからバケモノは、と頭の中の私が言い捨てた。
「外に出なければ、誰にも迷惑なんてかけないと思ってた。サキが私のことを心配するなんて少しも思わなかったし、アイツがわざわざ私を訪ねてくるなんて予想もしなかった」
そうだ。自分1人がいなければ、丸く収まると思っていた。人の社会にバケモノはお呼びじゃないから。
だから、心配してくれる人がいるなんて、想定外もいいところだった。
「私はサキの心を蔑ろにしてた。謝らないといけないのは絶対に私。ごめんなさい」
今度はしっかりと目を見て言えた。いくら謝ったって足りないと思う。けれど、伝えることができた。
サキが、穏やかな感情でこちらを見ているのがわかって安堵した。きっとこれで元通りだ。
「ふふっ。じゃあ、お互い様ってことにしよう?きっと私もリリも言葉が足りなかったんだよ」
サキは柔らかく微笑む。そして、心の中を見透かすように続ける。
「それで、外に出なかったもう一つの理由はやっぱりサク君?」
私が話すのを当たり前だというようにサキは尋ねる。
そう自信満々に問われてしまうと、口を噤むことが出来なかった。
「…ねぇ、サキ。好きってなんだと思う?」
唐突な問いにサキは驚いたようだった。私はその様子に反応を返さずに続ける。
「私は、好きという感情を認めたくないの。少なくとも、私の中では存在しない」
そうであってほしかった、と往生際悪く思う。
こんな風に、胸の内を吐露することのなんと怖いことか。だけれど、言葉は止まらなかった。
きっと私は誰かに話を聞いて欲しかったのだ。
「サキだけなの。サキだけは胸を張って好きだと言える」
サキだけのはずだった。後はどうでもいいか、よくて大嫌い、だ。そう思わないとやってこられなかった。
「なのに、あの男は私があの男のことを好きだと言うの」
ーーーそんなの認められるはずないじゃない
もっと他人事のように話そうと思っていた。けれど、激情を乗せた言葉になってしまった。まだ、割り切れていない証拠だ。
「本当にあの男のこと嫌いだったの。いっそ憎くすらあった。だけど、それはあくまで他の感情から派生したモノだって、…ほんとは分かってた。だからってそれを自覚する意味があるとは到底思えない。知らなければ、無いのと同じだもの。そんな心を惑わす感情なんて私は欲しくない!」
苛立ちが戻ってくる。
普段感じているより、もっと強いモノ。あの男に感じる、堪えようの無い感情が喉を詰まらせた。
「リリは真面目だね」
サキはそう言って優しく笑う。なぜそんなことを言うのか、全くわからなかった。
反射的にサキの心を読もうとしたけれど、激情にかられた頭では、理解することが出来ない。
普段ならそれが怖いはずなのに、今はニンゲンになれたようでどこかで嬉しく感じていた。
サキは柔らかい表情を崩さず、言葉を紡ぐ。
「別にね。好きっていう感情がすべてじゃないよ。恋情も友情も、好きって気持ちだけで成り立つわけじゃなくて、負の感情を沢山抱くことだってある。だから、好きっていう感情を別の言葉に置き換えたっていいと思うの」
ーーー例えば大切っていう言葉とか
サキは恐ろしいことを言う。アイツが言ったように、私が好きなのはサキだけで良いと思って今日ここにきたのに。
「そうすれば、サクくんのこと、悩まなくて良いでしょう?」
どんな名前だってつけられるんだから、とサキは得意げに笑った。
そんな年相応な姿を初めて見た気がして、思わず私も笑ってしまった。サキはいつも大人びていたから、その姿が嬉しい。
サキは正しい。間違わない。だから、この言葉も正しい。なら、心を疲弊させても選ぶべきだろうか。認めるという選択を。サキのことが好きだ、ということ以外に、誰かへの思慕だったり、憧れだったり、を抱いている自分を。
「そうかな。…………私に出来るかな」
「うん。きっと出来る。だから、ちゃんとサクくんと話すんだよ?」
サキは今までと変わらぬ笑みで、酷いことを言う。
いつか話さなければ、とは思っていたことではあるけれど、逃げたい自分もいて。だから、もう少し時間が経ってから、なんて甘いことを考えていた。
弱い自分が、逃げよう、と嗤っていた。
「…わかった。出来るだけ早く声をかける」
そっか、とサキは呟いて、私の手を取った。そして、教室に戻ろう、と私の手をぎゅっと握ってから、手を繋ぐ。そんなことしなくてもちゃんと教室に向かうのに、と思ったけれど、それが嫌ではなくて私は何も言わなかった。
サキと教室に戻ったその足で、あの男に声をかけた。あの男に声をかけるのは、思った以上に簡単だった。
いつもは誰かと話しているのに、今日は誰とも話していない。声を掛けられてはいるようだけれど、全てを拒絶していた。
珍しいと思いながら、放課後屋上に来て、と言い捨てて席に戻る。
緊張で吐きそうになりながら、1日を過ごした。
屋上で待つ時間は地獄のようだった。だから、ひたすらサキの言葉を反芻して、自分を鼓舞していた。
これで、あの男に対する苛立ちを忘れることができるかもしれない、なんてきっと叶えられない願いを思いながら。
やってきたサクは今までと変わらない何を考えているかわからない表情で、私を見る。緊張でどうにかなってしまいそうだった。
「まどろっこしいことは苦手だから、単刀直入に言うわ。私は、…あなたに焦がれている。あなたを想って身を焼いているの」
こんな詩的な表現なんて私らしくはない。けれど、身のうちにある熱を、伝える術を私は知らない。
これは私の精一杯の告白だった。
それ以上の言葉は見つからない。この感情は、大切、という気持ちとはどこか違うのだ。いや、大切ではあるのだけれど、そう呼ぶには鋭すぎる。
「あの日のことを認めたわけじゃないわ。だけど、これが私の答え。お気に召すかはわからないけれど、私の本心よ」
私はサクを睨むように見ていた。
しおらしい態度は私には似合わない。それに、この告白は私にとって、自身の罪を告げているようなモノだ。サキのように柔らかく伝えるなんて出来なかった。
「別に、アンタとどうにかなろうなんて思ってないわ。アンタが…リッカを好きなことは知ってるから。そのことで、リッカを害したりしない。それは、約束してあげる」
ーーーだから、放っておいてくれない?
そんなことが言いたかったのか、と聞かれたら多分違う。もっと言葉を尽くして、伝えて、今とは違う何かになりたかった。けれど、サクの顔を見ていると、出来なくなくなった。
サクは表情を消して、目線を下げていた。疲れているように見えるその姿が、私を苦しくさせる。
全てを語ることなんて到底出来なかった。
「リリちゃんは、真面目だね」
サキと同じことを言われてドキッとした。こういうことが時々あった。サキとサクがダブって見える、そんな時が。
「そこまで、悩ませるつもりはなかったんだ。いや、そこまで悩んでくれると思わなかった、が正解かな」
落ち着いた様子で口を開いたサクは力無く笑った。
「これからはもっと優しく、なんて反省してたんだけど…そっか。そんな風に思われてたんだね」
これから、があると思っていたことに驚いた。
だって、そうだろう。壊されてしまった私が、リッカに何かすることなんてありえないのに。
「俺、リリちゃんがリッカを傷つける、なんて心配したことないよ。リリちゃん、実はリッカのこと結構好きでしょう?他の人が、リッカのこと悪く言ったらいっつも怒ってるじゃん」
怒った記憶が私にはなかった。
きっとこの男の願望なのだろう、と思う。もし私がリッカのことを好きであるのならば、サクの世界はとても平和で幸せだろう。
けれど、私はリッカのことが嫌いだ。リッカがどんな目に遭おうがどうでもいい。いっそ殺してしまいたい、そう思うくらいなのに。
だけれど、否定を口にすることは出来なかった。サクがゆっくりと視線を合わせたからだ。それだけで、身動きが取れなくなってしまった。
心臓がドクドクと脈打って痛い。ぎゅっと胸元を掴みたかったけれど、動揺を悟られたくなくて、出来なかった。
こんな狂おしい気持ちを抱えているなんて知られたくない。そこまで強い気持ちだと伝えたくなかった。
困惑も、否定も、怖かった。
「そんなところが愛おしいなって思ったんだ。何かに怒るのって大切なモノでも大変でしょ。普通、他人にそこまで労力割けないもん」
何を言われているかわからなかった。ただ、文字の羅列が耳を通り過ぎていく。
「だから、この子生きるの下手くそなんだろうなって。もっと肩の力を抜いて楽に生ればいいのにって思ってた。なんなら少し馬鹿にしてた」
馬鹿という言葉にホッとする。さっきの言葉はきっと聞き間違いだ。彼にとって、私は、いじくりまわしていいおもちゃなのだ。
それが、少し哀しい。
リッカにはこんなことしないのに、なんてアイツと比べる自分が嫌になる。他人との比較なんて愚かモノがすることなのに。
「だけどさ。どうして必死なのかはわからないけど、もがき苦しんでいる姿を見てたら素敵だなって思うようになったんだ」
ーーー悪趣味でしょ?
フリーズした私を見てサクは少し笑った。
確かに悪趣味だ。悪趣味がすぎる。
私がそんな風に見えていながら興味関心を持っているところとか。それが素敵、と面と向かって言うところとか。
それに、こんなに性格の悪い男だったとは思わなかった。ただ、他人に興味がないだけだ、とそう思っていたから。
この男の利己的で、何の含みもないところを、私は初めて見た。やはり、本性を見たところで喜ぶことは出来なかった。私がおもちゃであるという事実が、私の感情の全てを邪魔する。けれど、仄暗い優越感を感じる自分もいてゾッとした。
「だけど、それが悪いことだなんて1ミリも思ってないんだ」
ーーーごめんね?
悪びれる様子もなくこの男は謝る。私は何を聞かされているのだろう。
まるで、素晴らしいことを話しているかのように快活に笑う話では、きっとない。だというのにこの男は、一点の曇りもない顔で形だけの謝罪をする。
その姿のせいで、こちらが悪いことをしているかのような気分になった。
「こんな俺に好かれて、引っ掛けられてるリリちゃんは、可哀想だなって思うよ。けど、リリちゃんも俺のこと憎からず想ってくれてるみたいだから」
ーーーいいよね?
何がいいのか、私には全くわからない。けれど、本能が、頷いてはいけない、といっているような気がして、返事ができない。動くことさえ、できない。
きっと、酷いことを言われている。横暴で私を傷つけるだけの言葉。だけれど、この男に魅了された私には、甘美な言葉に聞こえるから怖い。
今更ではあるかもしれないけれど、他人に侵食されていく感覚なんて知りたくなかった。
「俺のとこまで堕ちてきてよ。それで、リリちゃんの全部、ちょーだい?俺のぜーんぶあげるからさ」
堕ちる?あげる?馬鹿馬鹿しいことこの上ない言葉だ。
私は、この男が他人に興味がないことを知っている。誰の言葉にも心を揺らさないことを知っているのだ。そして、私は興味も湧かない他人で良かった。それが良かったのに。
見逃してもらえなかった。わざわざ、私が嫌がることをして、壊そうとする。そんなに、私という存在の崩壊を望んでいるのだろうか。
リッカのことだけじゃない。きっとこの男は私自身に苛立ってこんな馬鹿げた茶番をしているに過ぎない。私を揶揄って、壊して、飽きたらぽいっと捨てるのだ。
被害妄想だと言われても仕方がないくらいの想像しか、茹った頭では出来ない。
この男に何を言われても信じられる気がしなかった。私にとって悪い言葉であるならば、疑うことなく信じられるのに。
「あー!その顔は信じてないでしょ」
「…信じられる要素がどこにあるのよ」
声は震えなかっただろうか。平静を保てていただろうか。誰にも見せたくない矮小な自分が出てきていないことを祈った。
私は臆病者だ。他人を受け入れることが怖くて怖くてたまらない。だから、本当の意味ではサキのことさえ、受け入れることができていない。
自分から何かを差し出すのはいい。けれど、他人から何かを渡されても、嬉しくない。はじめに感じるのは、嫌だな、という嫌悪にも似た恐怖だ。それは、サキからのモノでも一緒で、望んでいない。欲しくない。
だから、何も返ってこないならば、サクに自分の全てを渡してしまってもいいはずだ。自身の恐怖を見ないふりさえできれば、今までの苛立ちだって消えてなくなるに違いない。
けれど、全てを受け取ったサクが他人に心を割いているところを見るのも嫌だった。
全てを差し出すのなら、捨てられたくない。大切にされたい。それは、誰しもが持っている感情なのかもしれない。
こんな、苦しい気持ち知りたくはなかった。矛盾にまみれて、溺れそうな自分など見たくなかった。
嘘か本当かもわからない言葉を囁かれて、その真偽を見ないことにして、お人形のように隣に並ぶ。そんな幸福で最悪な未来。それを幸福と思える自分が気持ち悪いし、最悪と思う正常さが残っていることに絶望を抱く。
もうどうしていいかわからない。感情は昂っているのに、言葉を聞けば聞くほど、心の奥が冷たくなっていく。
「泣かないで、リリちゃん」
泣いてない、そう言いたかったけれど、柔らかく抱きしめられて、何もかもどうでも良くなった。
この腕の中から逃げ出さなければいけないと思う。けれど、少し高い体温が私を抵抗できなくさせる。なぜだか、とても安心できる場所のように錯覚してしまう。
「リリちゃん、ごめんね」
さっきとは違い、申し訳なさを滲ませてサクは謝った。何に申し訳なく思ったのか全くわからない。けれど、それを問う前にサクは言葉を続けた。
「色々言った後だから信じてもらえないかもしれないけど、本当にリリちゃんが好きなんだよ」
ーーー心臓の音聞こえるでしょ?
言われてから、心配になる程心臓が動いていることに気がついた。私の胸から聞こえるのと同じくらい速い音に思わず聞き入る。
何も言わない私に何を思ったのか、抱きしめる力が強くなった。
「何も言わないでね。リリちゃんがなんて答えても、諦められないから。だから、言わないで」
途方に暮れた声だった。
いつもは、なんでも分かってます、というように自信満々なくせに、今は叱られる前の子供のようだった。
そんな声が聞こえて、毒気が抜かれてしまう。色々考えていたことが全てどうでもいいことに思えた。
きっとサクも同じなのだ。私なんかを気に入って、未知の感情に振り回されているのだろう。
この男はらしくなく、私の答えに一喜一憂している。答えを聞きたくて聞きたくてたまらないくせに、聞くことを怖がっている。それが、執着の現れな気がして、笑いそうなほどおかしく感じる。
この男に執着なんて似合わない。リッカ以外を排除した世界で生きるこの男が、私を求めるだなんて愉快じゃないか。
だから、きっと。今だけは真実の言葉なのだろう。私のことを、馬鹿だと言ったり、全部くれると言った全ての言葉もきっと本当だ。
だから、勘繰る必要はない。そんな気がした。
こんな一瞬で、私の心が変形してしまったことが、なんだかとてもむず痒い。
きっと、サクに魅入られた時から、自分の世界の崩壊は始まっていて、それを認めてしまえばなんてことない。以前よりも、儚さを増して、美しくなった世界が私の世界になった。ただ、それだけだった。
「ねぇ」
「ダメ。喋っちゃダメ」
顔を胸に押し付けるように、手で押さえられる。それが無性に腹立たしくて、私はサクの体を押して顔を上げた。
「ちょっと、自分勝手がすぎるんじゃないの!好き勝手に言ってその上、話すなって?なら、隣に人形でも置いておきなさいよ!」
そうだ。私の意見を求めないのなら、それは私でなくてもいいということだ。
ようやく、心が現実に戻ってきた。いつもの自分らしい怒りが腹の底から湧いてくる。
大体、元から可笑しいのだ。私が、しおらしく怯えている時点で可笑しい。それに、いくらこの男と関わってからの自分が弱くたって、逃げるのは性に合わない。昔ならいざ知らず、今の私は何かから逃げなければ生きられないほど、子供じゃない。
引きこもっていたことは棚に上げているけれど、過去は過去。今は今、だ。
「……いいわよ!アンタのこと死ぬほどムカつくから、一緒に堕ちてあげるわよ!全部なんてくれてやらない。けど、アンタは全部よこしなさい!」
一息で怒鳴ってやった。いや、怒鳴ろうとしただけで、涙交じりの鼻声であまり上手くできていないかもしれないけれど。
全部壊してやろうと思った。私が壊されたように、この男のことも壊してやろう、と。受け入れることが怖い、とかもうどうでも良かった。
私が怖がらなくてもいいくらい、この男を変えてしまえばいいと思った。この男の言葉が本当ならば、私に全てをくれるらしいから。
生かすも殺すも私次第。それは、とても愉快だった。
「……リリちゃんの方が、勝手じゃん」
サクは、虚をつかれたような顔をしてから、へにゃりと顔を歪ませた。泣きそうで、笑うことを失敗したかのような顔だった。
「私はいいのよ。私は!」
胸を張って、堂々と言い切ってやる。開き直りは大事だ。
大体、全部この男が悪い。私が自分勝手になるのはこの男が自分勝手だからだ。諸悪の根源はこの男。私は悪くないのだから、好きに振る舞ったって問題ない。
責任転嫁、そんなこと知ったことではない。
「そっかあ………。そっかぁ…」
サクは噛み締めるように頷いて、もう一度私を抱きすくめた。仕方がないから、大人しく腕の中に閉じ込められてやる。
サクは、なんだかとても嬉しそうで、それが妙に擽ったくて困ってしまう。
これから恋人という関係で付き合っていくのであれば、聞かなければいけないことも、話したいことも、色々ある。けれど、そんなモノ全部全部後回しで、今はこの空間に酔いしれていたかった。
ここには邪魔なモノなんてなくて、まるで2人だけの世界のようだ。それが、ロマンティックで素敵、なんて頭が花で出来た女のようには思わないけれど、これから2人で過ごすことは限りなくゼロに近いだろう、と予想はつく。
私はサキといたいし、サクはリッカといたい。だから、2人だけの世界なんて今後無い。別にそれが嫌なわけではないけれど、今だけはこの空間を楽しんでいたいと思った。




