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 あの日から、学校に行くのが苦痛だった。生まれてはいけない感情を押し殺す日々。殺しきれないことで身を焼く熱情が苦しくて痛かった。


 私は出来るだけ普段通りに振る舞うことを心がけた。サキに心配をかけたくなかった。サキの心を揺るがすものは私であっても許せない。

 だけれど、平静を保てるなら、こんな状況にはならなかったのだ。


 私は案外感情が顔に出てしまうらしい。最近、サキは困ったように私の顔を覗き込む。

 それを直視するのが嫌で、サキといる時間を極力少なくするようになっていた。


「顔色悪いよ。無理してない?」


サキのその言葉が私に刺さる。サキに気遣われるのはとても居心地が悪い。


 サキは、私を呆れたように笑ってみているくらいがちょうどいい。

 私に影響など受けず、凛と真っ直ぐに立っていて欲しい。

 彼女は誰にも穢されない。ずっと変わらず、正しいまま。

 そんな人間がいると示してくれた彼女にどれだけ救われたかわからない。黒に染まらない彼女が、真っ白なままの彼女が、受け入れてもらえるという感覚を教えてくれた。

 だから、自分を否定することも、この能力を忌避することも、ない。煩わしくは感じるけれど。


 人として在るということ、曳いては、生きるということ、それが私に向いていないことは知っている。そんな純然たる事実を否定することはしない。

 だからこそ、美しい彼女の軌跡が愛おしい。私には到底できない生き方でなお失われない、彼女の清廉さ。それが、私の思考がおかしくない、と肯定してくれた。私のこれまでが、過ちでないと認めてもらえたように感じた。

 変わらないことは正しいと、不変を願って生きることがおかしくないと、私はバケモノなんかじゃないんだって、サキだけがーーー。


「リリ?」


サキの呼びかけにハッとする。返事をせずに、自己の中に沈み込んでしまっていた。

 なによりもサキを優先したいのにこの体たらく。結局、大嫌いで仕方ないのに自分が大切だ、なんて普通のニンゲンのような矛盾を抱え込んでいる自分がひどく惨めだった。


「大丈夫よ」


サキに得意げに笑って見せる。虚勢だろうがなんだろうがそんなのなんだっていい。サキに縋り付くことだけはしたくなかった。


 サキがこちらを見ている。その見透かすような目がリッカとかぶった。怖い、そう思った。


 サキと初めて会ったときの恐怖を思い出す。あの時も、今も、自分の中身を暴かれるような感覚がするのだ。サキの真っ直ぐな視線は、ニンゲンモドキの私には毒だった。


 もしかしたら、今の私にとって、サキだけじゃなく、ニンゲンという生き物全てに、ダメージを受けるのかもしれない。サキとの関わりしか持たないので、わからないが。

 なんにせよ、らしくない自分を見られることが苦痛で、あの男への感情も相まって、私の外面はズタズタだった。中も外も傷つくはずなんてないのに。

 そんな弱い私は、もう存在していない。だから、社会不適合者であるのだ。

 弱かったなら、人間の中に紛れてうまく擬態していたはずだから。


「…リリ。そんなに、私は頼りないかな?全て話して欲しいとは言わないけど…だけど、完璧である必要はないんだよ?」


なんの濁りもない完璧なニンゲンがそれをいうのか。憎悪にも似た感情が湧き上がった自分に幻滅する。


 サキが私を救ってくれたのに。完璧であることで、私の心を守ってくれたのに。サキはそんなこと微塵も知りはしないけれど。

 それでも、サキのお陰で、私はニンゲンとして生きていられる。ニンゲンであることをやめないでいられた。

 私はリッカとは違うのだ。アイツはとっくにバケモノとして生きていくことを選んでいる。バカだ。大バカものだ。そんなものを選ぶから、私はアイツが嫌いで、あの男も嫌いで。受け入れることができないのだ。


「私はサキが完璧であることに安心したの。だから、許すわけにはいかないのよ。完璧は不可能じゃない。それをもう知っているもの」


疑っていたときとは違う。間違わずに生きることはできるのだ。全て正しいままで。美しいままで。


「リリはそう言ってくれるけど…。私は完璧なんかじゃないよ。嫌いなことだってあるし、どうして私が、って思うこともある。普通の人間だよ」


リリは私を買いかぶり過ぎだよ、そう困った顔で告げるサキにたじろぐ。

 そんなこと聞きたくない。

 サキは稀有な存在だ。全然普通なんかじゃない。誰よりも真っ当で、誰よりも清廉だ。



ーーー本当に?



脳内でアイツの声がする。うるさい。サキは正しい。全てにおいて正しくいられる人がいるということは私が間違っていないということだ。そう間違ってなんかいない。



ーーーそう思いたいだけでしょう?



うるさい!私はサキを言い訳になんか使ってない。違う。そんなことない。サキの在り方が私の希望で。肯定してくれて。それで。



ーーーバケモノはバケモノにしかなれないんですよ



うるさい。うるさい!うるさい!!


「リリ」


「うるさい!!!」


耳を塞いでしゃがみ込む。何も聞きたくなかった。誰の声も、自分の声でさえ、認識したくはなかった。脳内で聞こえるアイツの声も、頭痛を引き起こすタネでしかない。


「リ、リリ…?」


驚き、戸惑うようにこちらを伺うサキが見えた。


「あ…」


身体中を恐怖が支配する。どうしよう。だって。そんな。私がサキに。

 こんなの嘘だ。嘘だ嘘だ、嘘だ!

 違う。こんな現実あるはずない。サキを困らせるなんて。サキに当たり散らすなんて。


 サキと目が合う。


「っ」


私はその場から逃げ出した。何も考えたくなかった。











 何があったって、朝はやってくる。だけれど、学校に行く気になんて、これっぽっちもならなかった。

 子供か、と思う。自分の嫌なことから逃げて、殻に閉じこもって。

 それは、この家に来てすぐの頃より酷い。あの頃もすぐには学校には行けなかった。けれど、今のように全てを拒絶していたわけではない。ただ、心を整理する時間が必要だった。“私”という強い自分を形成するための空白。

 だけれど、今はどうだろう。ただ、見たくない現実を追い出すためだけに、外界を遮断している。益になるはずもない逃避だ。拒絶だ。

 そんな、時間を無為にするような行為。普段の自分が嫌悪していることなのに。


 だけれど、今は、そんなことすらどうでもいい。もう、何も、考えたくない。

 布団を頭まで被って、胎児のようにまるまる。

 サキの顔が頭に浮かんだ。それを無理矢理打ち消す。ぎゅっと目をつぶって、何も見えないと自分に言い聞かせた。

 そんなものに効果があるわけないことを私はよく知っていたけれど、そうせざるを得なかった。

 最後に見たサキの表情が脳裏にチラつくことに耐えられなかった。


 あの時の、サキの感情が、私を蝕んでいる。サキの心が一から十まで流れ込んできた。失敗した。上手く閉じることができなかった。

 それは、まるで私が体験したことのように鮮明で、それ故に、自分の身勝手さがよくわかる。

 人間になりきれないニンゲンの私が、温かい陽だまりのような彼女に傷をつけた。何が起ころうと、それこそ自分が死んだって、してはいけない行為だったのに。


 だって、救ってもらったのだ。生きたくないと希う心を、死にたくないと叫びだす心を。否定しないでくれた。それが、冷たい世界で生きてきた私に与えられたたった一つの温もりだった。


 彼女がいれば、まだ頑張れると思った。ニンゲンであることを。理不尽に負けてたまるか、と思うことを。

 それなのに、恩を仇で返すように、当たり散らした。自分のことしか考えずに、耳を塞いだ。

 結局のところ、私は人間になんてなれやしないのだ。独りよがりのバケモノでしかない。

 そう生きることしかできないことが分かっていたからリッカはヒトであることを諦めたのだろうか。つまり、アイツの方が賢かったわけだ。

 きっとリッカは自分をバケモノだと定義することで自身を守っていた。近づきすぎなければ、傷つけることも傷つくこともない。

 わかりきった事実を見ようとしなかったのは私だ。そうすることでしか、サキといることができなかった。バケモノを尊いあの子の近くに置くなど耐えられない。だから、私はバケモノであってはいけなかったのだ。


 ニンゲンもどきでも正しく在れば許せた。少し歪でも正しいは正しいだ。

 だけれど、私は間違えた。サキを傷つけ、自身を守り、外界を遮断した。

 あぁ、なんて愚かなことだろう。そんなことをすればどうなるかなんてわかりきっていたのに。

 私は私ではなくなり、ただのバケモノに成り果て、そして、自身を壊しながら矛盾を産み続けるのだ。











 消えてなくなりたかった。死にたい訳では無い。だけれど、生きていたくもなかった。どうして、誰も私を壊してくれないのだろう。こんなにも醜いモノなのに。


 昔より酷くなった自己嫌悪が頭の中でひしめいている。こんなことに意味なんてないなんてわかっている。どれだけ自分を詰ったって自身がバケモノに転落した事実は変わらない。自身の力でどうにもならないことは、考えても仕方がないのだ。諦めるなり、忘れるなり、した方がいい。けれど、それができれば苦労はしない。

 これは、自分の中で完結して、自分の中で解決しなければいけないことだ。けれど、私は自分のことを自分で割り切るのが苦手だった。だから、いつも問題を先送りにした。それを続けた結果、この体たらくだ。

 全く、バケモノ以前に生き物として不適な自分に嫌気がさす。

 こんな気持ちを理解してくれるのはアイツだけだ。きっとアイツも今の私のように考えたことがあるだろう。


 嫌いで嫌いでたまらないのに、何かがあれば必ずリッカを思い浮かべてしまうのは、もう癖のようなものだ。こんな時リッカはどうするのだろうか、と。

 別にそれで何をどうする訳ではないのだけれど、どうしても考えてしまう。そして、その思考の最後に嘲笑するリッカが脳裏に浮かべる。私も同じように嗤って、今までの無駄な思考を無かったことにする。

 言い聞かせれば、心を鎮め、多少は自分の嫌な所を忘れることができた。けれど、今回ばかりはそんなふうに問題を先送りになど出来なかった。

 私は大切な人間を傷つけた。害意ある何物からも、守りたかったのに。


 そしてなにより。



ーーーアイツが訪ねてきてしまったから



 初めての事だった。私が向こうに通うばかりでリッカは一度だってここを訪れたことはない。だからそれは、天変地異の前触れか、と思うほど衝撃的な出来事だった。


 そもそも私は誰も屋敷に通さないように言い含めていた。誰にも会いたくなかった。いや、誰にも自分を見られたくなかった。

 だから、きっと来るだろうサキを通さないように、何人たりとも連れてくるな、と使用人に言っていたのだ。


 実際、私はあんな酷い態度をとったのに、サキは見舞いと称して私を訪ねてくれている。一度だけではなく何度も。けれど、私はどうしたって会う気はなかった。会えるわけがない。そして、会うことが出来ない罪悪感に耳を塞いだ。


 そうして、閉じこもっていれば誰にも会わないで済む、はずだった。けれど、残念ながら1人だけ例外がいた。

 来るはずがないから頭から排除していたけれど、私がアイツの家に好きに出入りできるのと同じように、アイツも私の家に好きに出入りできる。だから、誰も通すな、と私が言っていても、誰も止めることはしない。

 他家のお嬢様を無碍に扱うことが出来ないのだ。


 まさか、嫌いなモノのところにわざわざやってくるなんて思いもしなかった。けれど、よく考えれば、他人のためならば躊躇わずになんでもやってしまうヒトだ。

 サキが困っていたら助けるだろうし、もしかしたらあの男が何か余計なことを言ったのかもしれない。だから、ここに来ることはなんら不思議なことではないのかもしれなかった。

 納得はしたくないけれど。


「引き篭もるなんていいご身分ですね」


部屋に入って早々、リッカは責めるように言う。布団に潜っている私は、顔を出すことも、返事をすることも、しなかった。

 リッカが訪ねてきたことが腹立たしかった。これが私のためであったなら、もう少し違った感情を覚えたのかもしれないけれど、私以外の誰かのことを慮って来たことがわかっているだけにやるせない。


 こうやってしたくもないことを続けて、そして最後に、リッカ自身が跡形もなく居なくなる。そんな未来が見えるようだ。

 それを悲しむ心はもう残っていない。ただ、あの時に殺してしまえばよかった、とそう思う。

 手を首にかけて、ゆっくりと力を入れ、歪んでいく顔を瞬き一つせずに見つめる。そんな妄想を何度したことだろうか。

 頭を掠める妄想を後ろめたく思って、口なんか開けなかった。


「サキさん、心配していますよ。あのバカだって、萎びています」


責める響きは無くなっていた。優しくなった声色が恐ろしい。

 リッカが私に向けるはずのないモノを渡されてもどうすればいいかわからない。だって、それは私のためのモノではない。


 コイツから向けられるのは、怒りや憎しみでいい。それが、私たちの関係なはずだ。

 絶望しか共有出来ないのだから、優しさなんて必要ない。


「傷つけたのがそんなにショックですか。まだ、好きだと言えないのに?」


リッカは色を無くした声でそう言った。誰にも言ったことがない心の内をコイツだけは知っていた。

 心を読めるなんて馬鹿なこと以外の、バケモノである所以。


 私の中には好きという言葉は存在しない。愛や恋だけではなく、友情だって本当はあってはいけない。誰のことも好きになんてならない。

 そうでなければ私は、哀れな子供になってしまう。それをずっと恐れ、拒絶しながら今日まできた。


 愛が存在するのなら、私は親に愛されない可哀想な子で。恋があるのなら、人間はどれだけ想いを通わせても嘘ばかりだということで。友情があるのなら、私は独りよがりな愚かモノで。


 だから、認めたくなかった。


 認めたら、苦しくて辛くなる。自分が可哀想だ、と思ってしまう。それに、同じようにアイツの心からも血が出ているのに、私では治せないことを理解してしまう。


 自分が誰からも求められないことなんて、知りたくなかった。

 だから、存在しないことにした。そうすれば、心をさは守ることができる気がして。全てを拒絶すれば、苦しくないはずだった。

 サキという例外が出来てしまったけれど、他は全ていらないモノと定義すれば問題ない。

 これは、私がニンゲンであるために必要なことだった。 

 けれど、あの男をきっかけに瓦解してしまった。


「外界を絶って1人に戻ったら満足ですか。何もかもを捨てて?」



ーーーあなたは僕を引きずり出したのに?



最後だけ、憎しみにも似た感情を感じた。押し込めようとして、けれど漏れ出てしまった感情だった。その感情が、鋭く刺さる。

 リッカは今、美しいブルートルマリンを怒りで揺らめかせているのだろうか。そうだったら、痛くて、そして、嬉しい。

 リッカが素直に怒りを滲ませるのなんて私くらいのものだろうから。それはとても素敵なことである気がした。


 とち狂った感情で現実逃避をしてみるも、湧き上がった恐怖が消えなかった。今度こそ見捨てられてしまう、というよくわからない焦りが迫り上がってくる。

 嫌いな相手にどう思われようが関係ないはずなのに、心臓が壊れそうなほど脈打っている。

 今まで、他人からどう評価されても傷ついたことなんてない。だから、体の反応が不可解すぎて頭が白くなる。この鼓動が少しでも落ち着かせようと胸元を握った。


 返事をしなければいけないとは思う。けれど、何を言えばいいのかこれっぽっちもわからない。心許なさを誤魔化すように唇を噛み締める。

 そんなことしても血が出るだけで何も得られないのに。


「…あなたは残酷ですね。誰の気持ちも受け入れず、逃げてしまうんですね」



ーーーなんて哀れな



どの口がいうのか。自分にも当てはまることに気がついていないのだろうか。多分そうなのだろう。真に残酷なのはリッカの方だというのに。


「…あんたに言われたくないわ」


その声は掠れていた。ちゃんと聞こえたかはわからない。けれど、続ける。


「…それに」



ーーー諦められたのはあなたがいたからよ



あの時の意趣返しだ。実際に、全てを投げ捨てて自分がバケモノである、と認めたのはコイツの存在も大きい。これは、責任転嫁だろうか。


「…それはサキさんがいても、変わらないですか。あなたが胸を張って好きだ、と言えるたった1人の人でしょう。それも、認められませんか」


傷つけたのに、そんなこと認められない。今更、認めたところで、遅い。手遅れだ。


「…バケモノをあの子の側に置きたくないのよ」


「バケモノだったらいけないんですか?同じ生き物だから関係ない、と言ったのはあなたでしょう?」


初めて会ったあの日の言葉を引用してくるなんて、本当に嫌なやつだ。


 それは、ヒトにこだわった私の最大限の背伸びだった。

 リッカをヒトに留めたくて願った言葉。そんな言葉をコイツに言われてしまうと、私は言い返せない。

 私は、この願いの切実さを知っている。この祈りの必死さを知っている。どれだけ澄まして言おうとも、荒れた心が在ることを私は知っているのだ。


 この言葉で、リッカも苦悩しながら生にしがみついていることがありありとわかった。あんなにも、無気力だったのに。

 そんな姿を見て、私が頑張らないことは罪であるような気がした。


 ヒトだろうがバケモノだろうがどちらでも良い。サキの側に居ることを、自分が認められるようになればいい。きっとそんな自分になるために私は努力すべきだった。


 言葉にすれば、そんな簡単なことだ。

 達成は大変であっても、手順は単純だ。


 けれども、やっぱりサキにバケモノとして会うことは怖かった。壊れたモノを元通りにすることは出来ない。そんな当たり前のことが酷く恐ろしかった。


「…他人との縁は修復できますよ。仲違いしたままでいなければいけない理由なんてない。願うなら………望むなら」



ーーー仲直り、など簡単でしょう



言葉にされるとなんだか、とても陳腐なモノに思える。けれど、私にとってはとても難しいことだ。他人に謝るなんてしたことがない。だというのに、リッカは簡単なことだという。

 けれど、リッカが言うならそうなのだろう。リッカの思考は私の思考で、リッカの答えは、私の答えでもある。

 本当に簡単だというのであれば、手始めに蟠っている全てを解くところからはじめればいいのだろうか。


 私は布団から這い出た。リッカは嗤うでもなく、眉をひそめるでもなく、ただじっと私を見つめている。


「…簡単だなんてよく言うわ。経験なんてない癖に」


「仲直りはありますよ。謝罪だけが、仲直りではないので」


その言葉が、自分たちのことを指している気がして、居心地が悪い。

 仲違い、なんていう可愛らしいモノではなかったと思うけれど、普通に話ができる程度には、修復されているのだから、あながち間違いではないのかもしれない。


「サキに嫌われてたら責任取りなさいよ」


横暴な言葉だけれど、コイツが怒ったりはしないから、遠慮なく言う。

 自分を鼓舞するための言葉だった。卑怯な私は、逃げ道を用意しておかないと、不安を抑えられない。これは、今の私の精一杯の回答だった。


「そんなもの、アレに取らせない。元を正せば、アレが悪いのですから」


やれやれといった風に肩をすくめて、リッカは口の端を上げる。安堵が伝わってきて、なんだか逃げたくなった。


「じゃあ、帰ります」


リッカはくるりと背を向けて、部屋を出て行く。あの日々の焼き増しのようだ。配役は逆だけれど。

 久々の会話はとても疲れた。それもアイツとの会話だから余計だ。けれど、認めるのは癪だが、アイツのおかげで、学校へ行こう、と思えた。それが、少し腹立たしい。







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