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あの夏の海には帰れない  作者: 葉方萌生
エピローグ

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おかえり



 春風が、窓を開けた部屋の中に舞い込んできて、どこか懐かしさを覚えた。

 もう何度迎えたか分からない春なのに、今年はなぜか特別に感じる。

 友達の理沙ちゃんが目を覚ましたと聞いたとき、私は嬉しくて部屋で飛び上がった。


「夏海、何しようと? そんなに飛び跳ねて、良いことでもあったん?」


 ちょうど朝ご飯の支度ができたと私を呼びにきたお母さんに飛び跳ねているところを見られてしまい、私はさっと身を小さくする。


「う、うん。理沙ちゃんが起きたんだって。さっき理沙ちゃんのお母さんから連絡が来たの。私、病院行ってくる!」


「え、ちょっと、学校は?」


「体調不良で休みって言っといて!」


 私のこの突飛な行動を、お母さんは「はあ」と呆れながらも優しく見守ってくれていた。


「行ってきます!」


 足早に自宅を飛び出した私は、理沙ちゃんが入院しているという病院に、一目散に向かっていく。

 理沙ちゃんは、高校二年生の春に、年上の男の人と結婚すると言って学校を辞めてしまった。一年生の頃から仲良くしていた私は、突然のことで上手く思考が追いついかなかった。

 理沙ちゃんは私にも他の誰にも、何も相談をしてくれなかったから。

 だから、彼女がその一年後にマンションの屋上から飛び降りたと聞いた時、私はひどく後悔していた。

 もっと理沙ちゃんの話を聞いてあげれば良かった。

 相談するに値する人間だと思われるように、もっと彼女に寄り添えていれば。

 もう、後悔はしたくない。

 理沙ちゃんのお母さんから今朝連絡が来て、私は彼女と向き合おうと決めた。

 私のこと、覚えてくれているかな。

 もし忘れてたら——もう一度、友達になろう。

 彼女の心を開いて、いちばん頼れると思ってもらえるような友達になりたい。

 できるかな、私に。

 不安だけど、心はずっと前向きだ。

 冬の海で、春樹くんと出会えてから、私は何にでもなれそうな気がしているのだ。


「理沙ちゃん——」


 彼女がいる病室の扉を開く。

 ベッドの上で身体を起こしていた彼女が、私の目を見つめて、驚いたように瞳を丸くした。


「理沙ちゃん、私と、もう一度友達になって」


 そして、私と春樹くんに会いに行こうよ。彼は千葉に住んでるんだって。この前海で再会したの。不思議と懐かしくて、彼のことを考えると私はあったかい気持ちになるんだ。

 ねえ、知ってる? Harukiっていうアーティストのこと。そのHarukiが春樹くんで、高校生なのに素敵な夢を追っているんだよ。

 理沙ちゃんもきっと、気に入ると思う。

 ていうか、もしかしてもう彼の歌を聴いていたりするかな?

 とっても素敵な歌声だから、私と二人でファンになるはずだよ。

 会いにいく時は、龍介も一緒に行こう。

 龍介から告白されたあと、何となく気まずいままだったけれど、やっぱり龍介は大切な友達だから。

 三人の輪が四人の輪になるのを、楽しみにしてるね。


「夏海っ」


 理沙ちゃんの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

 私はそんな彼女の珠のような雫を見つめながら、彼女に抱きついた。



「おかえりなさい」




【おわり】

 


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