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あの夏の海には帰れない  作者: 葉方萌生
第十一話 春を待ち焦がれる

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海の匂い


 僕はそれから、一ヶ月ほど入院して退院日を迎えた。

 僕の入院していた病院は都内の総合病院だったが、僕が眠っている間、母さんは定期的に地元千葉から東京まで通ってくれていたようだ。いつ目覚めるかも分からない僕のために、献身的に見舞いに来てくれた母さん。父さんは仕事の関係で母さんほど頻繁には来られなかったようだが、それでも休みの日には時折二人で僕の顔を見に来てくれていたという。

 そんな二人の愛に感謝しつつ、僕は前だけを向いた。

 長いこと眠っていたので、毎日リハビリをしてなんとか一人で歩けるように回復した。他に異常なところはなかったようで、あとは筋力さえ戻れば以前のように普通に運動もできるのだと医者から言われている。

 僕はしばらくの間、怖くてネットは開けなかった。どうしても、僕が自殺未遂をすることになったあの事件のことがフラッシュバックするのだ。

 だけど、立ち止まってはいられない。

 僕を彼女の元へと導いてくれるのは、ネット以外にありえないから。

 僕は退院してからひたすら一人暮らしの自宅に篭り、春木夏海がどこにいるのか手がかりがないか、ネットで検索をした。

 なんとしてでも、夏海のことを見つける。

 たとえ春木夏海がディーナスの夏海とは別人だとしても、僕はどうしても彼女に会わなければならない気がするから。

 自室のパソコンで「Haruki 自殺未遂」「Haruki 事件」などというワードで検索をかける。僕が昨年のお盆に湘南の海で真夜中に入水自殺を図ったという記事が、ずらりと出てきた。

 SNSでの誹謗中傷、クラスでのいじめが原因かと、的を射たコメントが並べられている。とても抵抗があったが、SNSでも同じように「#Haruki #自殺未遂」と検索すると、ネットで調べたものと同じ記事がたくさん見つかった。

 当時は僕のことを揶揄するコメントも多く散見されていたが、今となってはもうほとんど僕を悪く言う言葉は見当たらなかった。

 所詮、人の噂なんてそんなものだ。みんな面白半分で、時事ネタについてコメントをする。それがどれだけ、当事者を傷つけるかなんて考えずに。嵐が過ぎ去ったあと、心配してくれるのは僕のことを好きでいてくれた人たちだ。僕はそんなことにすら思いも及ばず、簡単に命を捨てようとしていた。なんて愚かなんだろう。この世には、生きたくても生きられない、産まれたくても産まれることができなかった命が溢れているというのに。

 身体中に走る痛みを思い出しながら、僕はなんとか「春木夏海」について触れられている記事を発見した。


【Harukiさんが海で溺れそうになっているところを助けたのは、たまたま近くを通りかかった高校生の春木夏海さん(十八)。偶然にもHarukiさんと同じ苗字である春木さんは、『彼を見つけた時、なんとかして助けなきゃと瞬時に思った』『教師を目指す自分が、ここで誰かのピンチを救えなかったら後で絶対に後悔するって思って』と当時の心境を語っている】


「夏海……」


 記事を読んだ瞬間、頭の中に鮮烈な光が走る。


——私ね、学校の先生になるのが夢なの。


 ミラーボールの光が弾けるカラオケの部屋で、きらきらとしたまなざしを僕に向ける夏海の顔が思い浮かぶ。

 夏海だ。

 夏海が、この世界でも先生になるという夢を追っているんだ。

 ディーナスの夏海と春木夏海は別人であるはずなのに、僕の胸の期待はどんどん大きく膨れ上がっていく。

 夏海はとても恍惚とした表情で夢を語っていた。僕は、彼女の夢が叶ってほしいと心の底から願った。

 やっぱり偶然とは思えない。

 僕は、むさぼるようにして春木夏海のことをさらに調べた。彼女が同じ高校生だとすれば、SNSをやっていてもおかしくない。

 インスタグラムやTikTok、Xを順番に検索して、僕はようやくめぼしい人物のアカウントを見つけた。それは、Xで「夏海」というユーザー名の女の子だった。

 名前だけなら同じ名前を使っている人がたくさんいて、彼女が本当に夏海なのか、分からなかっただろう。

 でも、彼女と思われるアカウントのプロフィールに、「教師になるのが夢」という一文が書かれていたのを見て、確信する。

 この人が、春木夏海だ。

 Xの「夏海」は公開アカウントで、「今日は友達とカラオケに行ってきた」とか「近所の野良猫を飼うことになって嬉しい〜」とか、日常的なことばかり呟かれていた。

 プロフィールを見ると、彼女が福岡市に住んでいることが分かった。


「福岡か……」


 千葉から福岡まで、かなり距離はある。でも、僕は彼女に会いに行かなくちゃいけない。

 どうやったら会えるだろうか。 

 この「夏海」のアカウントにDMでも送るか?

 そんなことをしても、普通は怪しいやつだと思われて、無視されるかもしれない。

 僕の「Haruki」のアカウントは公式マークのついたフォロワー百万人の大きなアカウントだ。いたずらだと思われて終わってしまうかも。

 でも……でも、やっぱり。

 僕は彼女に会いたい。

 その一心で、DMを送ろうかと悶々と悩みながら一日中、彼女のポストを眺めていると、夕方ごろ、彼女がこう呟いた。


『今週末の日曜日は海に行く。毎月行ってるけど、やっぱり海が気になっちゃう』


「海……」


 日曜日に、夏海が海へ。

 僕はいてもたってもいられなくなった。

 夏海が行くという海に行けば、もしかしたら彼女に会えるかもしれない——。

 僕は生唾をゴクリと飲み込んで、暴れる心臓の音をずっと聞いていた。


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