表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの夏の海には帰れない  作者: 葉方萌生
第十一話 春を待ち焦がれる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/70

残酷なほど美しい


 満月になる前の、左側が少しだけ欠けた月が、頭上に浮かんでいた。十月の夜の海は、だいぶ気温も下がり、肌寒いくらいだ。本格的に秋が訪れようとしていた。僕は、この世界で秋を感じる前に、退場する。 

 現実世界で自殺をしようとした時の記憶が、否応なく蘇る。

 たった一つの動画投稿で、めちゃくちゃになってしまった僕と、『SAESON』の未来。

 仲間に迷惑をかけてしまったやるせなさと、もう二度と自分の夢を叶えられなくなるかもしれないという絶望。

 誹謗中傷の声やクラスメイトが僕を馬鹿にする言葉は、今でも頭の中にこびりついている。

 そんな現実世界に戻るのは、はっきり言って怖い。

 でも、夏海が消えてしまうことの方がもっと、何倍も、何百倍も、怖かった。

 それに僕は、やっぱり現実世界でもう一度人生をやり直したいと思う。

 大勢の人の前に出るのは、怖くて足がすくんでしまうだろう。また、心無い言葉を浴びせられるかもしれない。それでも、僕は前に進まなくちゃいけない。

 生まれてくることができなかった夏海たちの魂が、生きたいと願ったように。

 僕は、生きたい。

 泥沼にはまって、上手く前に進めなくても。

 もがいてもがいて苦しんだ先に、必ず光があると信じて。

 だから僕は、やり遂げてみせるよ——。



 波の音が、いちばん近くで響いている。

 砂を撫でるざらざらとした感触を思わせるその音を聞くと、僕が抱えている不安を全部かき消してくれる。

 よく晴れた空の下で、朗らかに笑う彼女に、僕は憧れていた。

 白いうなじや細い腕がこの世のものではないかというぐらい、太陽の光に反射して神聖なもののように見える。たとえ彼女と僕の生きる世界が違っても、生きる意味や目的が違っていても、僕は彼女の白い肌を目で追わずにはいられない。

 太陽の光が水面で反射して、きらきらと輝くあの海は、宝物みたいな幸福と、だからこそ思い知らさられる絶望を、一度に運んできてくれた。

 だけど、コバルトブルーに染まるあの夏の海に、僕はもう二度と、帰ることができない。

 彼女の笑うこの世界から、僕はもうすぐいなくなるのだから——。



 孤独の海で見上げる月は、やっぱりこの世界でも美しかった。

 冷たい水に全身が浸され、身体の体温調節機能が低下していくのが分かる。歯がガチガチと震え、意識が朦朧とし始めた。

 死ぬ時まで、現実でもディーナスでも変わらないんだな。

 僕は、すっとまぶたを閉じて息を止める。

 さようなら、夏海。

 理沙、龍介。

 半年間だったけれど、とても楽しかった。僕の高校生活が、こんなに輝かしいものに変わるなんて思わなかったよ。

 今まで本当にありがとう。

 彼女たちの願いが、たくさん詰まったこの『Dean Earth』の世界から、僕はいなくなる。

 ありがとう。

 もう一度、僕に命をください。

 

 秋の夜空に浮かぶ月を目に焼き付けて、僕は海にこの身を沈める。

 ディーナスでの命の終わりにも、残酷なほど美しい月の輝きを目にすることができてよかった。もし本当に現実世界に戻ったら、その時はまた、夏の海で月を眺めたい。

 彼女の存在をいちばん近くで感じることのできる、波の音に包まれて。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ