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あの夏の海には帰れない  作者: 葉方萌生
第十話 もう二度と届かないとしても

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潜在意識の中で


 胸に沁みるバラードが、彼の想いを私の胸にすーっと運んできて。


「壊れそうなくらい好きだ……」


 胸の奥の奥の方まで波が押し寄せてくるみたいに、ぶわりといろんな感情が湧き上がる。ちょうど目の前の海で、ひときわ大きな波がざぶんと打ち上がった。

 水飛沫が顔に飛散する。

 しょっぱい。

 こんなの、ずるいよ。

 こんなふうに伝えられたら私……。


「息が、できないよぉっ」


 隣に座る春樹くんの胸に、私は上半身をすべて預けて顔を埋めた。彼は、咄嗟にギターを胸から下ろす。握りしめたノートのページが、涙で濡れている。くしゃりという感触と共に、私の中で何かが決壊した。


「好きだなんてそんなの、知ってたけど、こんな、こんなこと……。私のために歌詞を書いてくれるなんて、歌をつくってくれるなんて、聞いてないよっ」


 いつも天真爛漫で可愛らしい女の子でいたかった。

 春樹くんに可愛いやつだって思ってもらいたかった。

 好きという言葉が聞きたかった。

 もう二度と彼の声でその言葉を聞くことができないと絶望していたのに。


「声が聞こえなくても、すごく、心に響いたよっ……! ありがとう、春樹くん。私も大好き」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔を見られないように、春樹くんの服に自分の顔を押し付けながら言葉を紡いだ。春樹くんは私の背中をそっとさすってくれる。あたたかい。この手のひらと、ずっと繋がっていたかった。


『よかった』


 彼の声が聞こえた気がして、私ははっと顔を上げる。

 優しいまなざしをした春樹くんの顔が、夕日に照らされて橙色に染まっていく。

 ああ、綺麗だ。

 私は、こんなにうつくしい彼の顔を最後に見られただけで、とても幸せだと思う。

 私のために、世界でたった一つの歌をつくってくれる人に出会えて、最高に幸せな人生だったと感じる。

 海の上を優雅に飛び回るうみねこが鳴く声が聞こえてきた。波の音が耳に心地よい。まるで、彼が奏でてくれたメロディーみたい。私は、先ほど春樹くんが弾いてくれたメロディーを鼻歌でうたう。

 春樹くんの瞳が、大きく揺れた。


「私ね、春樹くんに言わないといけないことがあるの」


 彼の目が「何?」と問いかけている。


「私さ、春樹くんの案内人だったみたい」


 ずっと、自分でも気づいていなかった。

 自分が春樹くんの案内人として、彼の行動を見守っていたこと。

 無自覚に、でも確実に私の潜在意識の中に、春樹くんの案内人としての意思があった。

 私の口から紡がれた真実に、彼が目を瞬かせる。


「自分でも、案内人として話している時の記憶はないの。でも、時々夢で見てた。あなたの案内人として話していた時の記憶を」


『どうして、きみが僕の案内人なんだ?』


 春樹くんから送られてきたメッセージを見て、私は覚悟を決めた。


「それは私が……私たちが、生まれてこられなかった人間の私たちの魂が、現実世界で自殺したというあなたたちに、もう一度『生きたい』と思わせるために、この世界をつくったから」


 そう。

 このディーナスの世界をつくったのは、他でもない私たち|生まれてこられなかった方の人間・・・・・・・・・・・・・・・だ。

 この世界には二種類の人間が存在している。

 私たちは最初に目覚めたとき、そういう説明を受ける。

 でも、本当は現実で自殺した方の人間の心を変えるために、現実では生まれてくることができなかった人間が生み出した、ひどく一方的なものだった。

 でも、龍介を初め、生まれてこられなかった私たちにも、この世界を生み出したという記憶はない。私も、今の今まで覚えていなかった。それが、最後の最後、この世界から退場しようという時に思い出すなんて、なんという皮肉なんだろう。

 私たち——つまり、生まれてこられなかった人間の案内人もまた、別の生まれてこられなかった人間が務めているということになる。もしかしたら私の案内人は龍介だったかもしれない。


「『Dean Earth』っていうこの世界の名前はね……本当は、Deanさんがつくった世界っていう意味じゃないの」


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