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あの夏の海には帰れない  作者: 葉方萌生
第八話 秋の晴れ間に誓う

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いかないで


「りゅ、龍介、どうして!?」


 私の身体を抱き止めて、私が空へと昇っていくのを阻止したのは、紛れもなく龍介だった。


「どうしてじゃねえよ! 久しぶりにお前が学校に来たと思ったら、様子がおかしいから気になってたんだっ。大体、春樹もあの日からおかしくなっちまってよお……! どうして、って聞きたいのは俺の方だ。春樹の声が失われたのも、春樹が夏海を避けるようになったのも、俺と理沙と、お前たちと、四人でいられなくなったのも全部、なんでなんだよおっ!」


 悔しそうにそう叫ぶ龍介が、顔をくしゃくしゃに歪めながら床に拳を打ちつけた。彼の握り拳が赤く擦れて血が滲んでいる。


「やめて、そんなことしたら龍介が痛いよ……」


 私は、龍介の手を握って、彼が床を殴るのを止めようとした。


「……こんなの、こんぐらい、痛くも痒くもねえよ。それよりも、俺はお前がいなくなった未来の方が、ずっと痛い……」


「龍介……」


 胸に押し寄せる罪悪感が、私の心をどろどろに黒く塗りつぶしていく。あんなに青かったはずの空まで、灰色に曇っていた。


「俺、やっぱりお前が好きなんだ。俺が花火大会の日に夏海に告白しなければ、夏海が動揺して春樹に余計な心配をかけさえしなければ……春樹は夏海に打ち明け話をすることもなくて。声だって、そのままだったかもしれないのに。そう思うのに、まだお前のことが好きだ。まったく最低な野郎だな、俺は……」


 ぽつり。

 雨粒が頬に当たる。

 今日は、天気予報で晴れだって聞いていたのに、どうして今更雨なんか。


「俺はさ、夏海と同じ、|この世に生まれてこられなかった《・・・・・・・・・・・・・・・》人間なんだ」


 どくん、どくん。

 雨が落ちる音に合わせて、私の心臓が大きく鳴った。

 私と龍介の正体は、彼が言った通り、現実世界に生まれ落ちることのできなかった魂だ。

 誰にも打ち明けたことはない。ディーン高校に生きる人間の半分は私たちと同じ、生まれてこられなかった人たち。残りの半分は、春樹くんたちと同じ、現実世界に絶望して自ら命を絶った人たちだった。


「俺の母さんは四十歳で、不妊治療をしていたんだ。何年も治療してようやく授かった命が俺だった。でも結局流れてしまって……。まあ、流れること自体はよくあることらしいな。でもその後、母さんはやっぱり子供が諦められなくてまた治療に専念して、もう一度子供ができたんだ。それが、俺の弟。いや、俺は生まれていないんだから、弟でもねえかあ」


 龍介は灰色の空を見上げて、ははっと力無く笑う。

 龍介の無念が、どっと私の胸に押し寄せる。まるで自分のことのように感じられるその寂しさに、ずきんと胸が疼いた。

 私も、同じだから分かるよ。

 龍介の気持ち、たぶん私が一番分かってあげられる。生まれてきたかったのに、生まれてくることができなかった悔しい気持ち。生まれることができたのに、自ら命を絶った人たちと分かり合えない苦しみ。

 私が一番、感じていることだ——。

 でも……私はやっぱり、ダメなの。

 自分が生まれてくることのできなかった魂であることも、春樹くんや理沙ちゃんが自ら命を絶ったことも、全部忘れてしまうくらい、彼のことが好きなんだ。


「龍介……つらい、よね。つらかったね。私たちずっと、誰にも愛されないのかなって、思ってたよね。現世に生まれることのできなかった命だから、誰かに愛してもらいたいって願ってたよね。ねえ、龍介」


 龍介の目が大きく見開かれる。その瞳の奥にある痛みが、私の胸の痛みと溶けて、ひとつになった。


「私はこの世界で、龍介や、みんなに好きになってもらえて、すごく……幸せだって思えた。

現実では生まれてこられなかった命だったけれど、ここで、この世界で、みんなの魂と触れ合うことができて、愛されることができて、本当に良かった。龍介は最低なんかじゃない。だってこんなにも私を、幸せな気持ちにさせてくれたんだから」


「夏海——」


 たぶん龍介がいなかったら、私は本当の意味で孤独だっただろう。

 言葉にしなくても、自分と同じ寂しさを抱えた人が近くにいてくれる。その事実に、私はこんなにも救われていたんだな……。


「だから、ありがとう。たくさん、ありがとう。そして、ごめんね」


 龍介が、息をのむのが分かった。


「いくな、いくなよ……俺を置いて、いかないでくれ」


 龍介が、涙を噛み締めながらうめく声が、ずしんと響いた。

 私は、この場で空に飛び立つことができない。

 自分を好きになってくれた人の前で、命を投げ出すことができなかった。

 二度も龍介のことを振ることになって、少なからず罪悪感を覚える。でも、この気持ちは誰にも譲れない。私は春樹くんが好き。だから春樹くんの声を取り戻したいと思う。

 本当に自分は、わがままで、最低な人間だと思う。

 でも、どうか許してほしい。

 私がこの世界で愛を知って、精一杯考えて出した答えだから。

 ごめんね、龍介……。

 雲の切れ間から、晴れの空が覗いていた。雨が降っているのに、一部分にだけ光が差し込んで空気が煌めいている。幻想的な光景に、私と龍介は互いの呼吸を確かめ合うようにして並んでいた。



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