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あの夏の海には帰れない  作者: 葉方萌生
第一話 春風がさそう出会い

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世界のルール

「現実と変わらないんだ」


——はい、その通りです。あ、この世界に運ばれてくるのは皆さん、高校生なんですよ。街には大人や子供もいますが、みんな本当の人間ではありません。よくゲームの世界でNPCと言うでしょう? それと同じで、話しかけるとそれなりの反応はしますが、プログラミングされている通りにしか動いたり喋ったりしません。


「なるほど」


 案内人の説明を聞いていくうちに、僕はあやふやだったこの世界の輪郭がだんだんと形づくられていくのを感じた。とはいえ、まだまだほんの一部分しか形は完成しないけれど。

 案内人は僕が説明をしっかりと噛み砕き、思考をめぐらせるのを待ってくれているように、一つ一つの説明の後にしっかりと余白の時間を設けてくれた。


——高校生活の中では、基本的に何をしていただいても構いません。勉強もテストも部活もあるので、ご自身で必要な分だけ取り組んでください。家に帰ると家族のNPCも存在しています。会話はできますが、先程言った通り、必要最低限の話しかできません。


 草木がざわざわと揺れる音のする草原の真ん中で、僕だけがぽつりと存在しているのに、案内人の声がすっと頭の奥で響いている。「高校生活」という響きに、胸が草木と同じようにざわりと揺れる。


——高校に通っている生徒は基本、あなたと同じようにこの世界に連れてこられた実際の人間です。ただし、先程お伝えした通り、この世界には二種類の人間がいます。

 

 案内人はそこでたっぷりと間を置いてから、次の言葉を紡いだ。


——一つ目は、あなたと同じように自ら命を終えようとした人。つまり、自殺者です。そして二つ目は——こちらは、今お伝えすることはできません。


「え?」

 てっきり今、もう一方の種類の人間について教えてもらえるのだと思っていた俺は、拍子抜けしてしまった。


——私の口から伝えることもできませんし、学校生活で出会う人たちに聞くこともできません。反対に、自分が「自殺者だ」ということを、誰かにバラしてもいけません。より正確に言えば——お互いの正体をバラすと、罰が与えられます。


「罰?」

 突如飛び出してきた罰という重たい響きに、僕はお腹の底にぐっと力が入るのを感じた。


——はい。もしあなたが自分の正体をバラせば、あなたは自分の大切なものを失います。ただし、バラした相手が自分と同じ種類の人間——つまり、自殺者である場合には、罰は与えられません。罰を与えられたら、罰を解除する方法もありますが、解除するのには気力と労力が必要になります。


「はあ」

 分かるようで分からない説明だ。 

 自分の正体を他人にバラしてはいけない。でも、僕と同じように現実世界で自殺をした人間相手にはバラしても罰は与えられない。


「よく分かんないけど、それって、相手が自殺者だって分からない状態で打ち明けることになるだろ? それじゃもしかしたらこの人に話したら罰が与えられるかも……ってビクビクしながら自分の正体を打ち明けなきゃいけないわけ?」


——おっしゃる通りです。打ち明けるのにはリスクが伴います。だからこそ、誰にも打ち明けないのが一番賢明な判断です。


「そうだよなあ」


 そもそも、自分の正体を誰かに打ち明けるメリットが分からない。でも、話したくなるんだろうか。誰かと心を通わせていくうちに、もしかしたら自分のことを伝えたくなるのかもしれない。だけど僕が、そんなふうにこの世界で深い人間関係を築けるとは思えなかった。

 生前ずっと、家族や他人と向き合うことを避けてきた僕が——。


——私が知る限りでは、これまで自分の正体を誰かに話した人は一人もいません。だから、真田春樹さん。きっとあなたも普通に高校生活を送っていくでしょう。この世界には終わりはありません。あるとすればそう——もう一度命を絶つことぐらいでしょうか。でも、どうせ命を失ったところで、また今回みたいに別の世界での生活が始まるだけかもしれませんけどね。


 ふふ、と案内が小さく笑ったような気がするのは気のせいだろうか。

 ここが死後の世界ならば、自殺するなんて確かにあまり意味があるようには思えない。命が終わると、みんな暗闇の大海原に放り出されるのだと思っている。でも実際は、こんなふうに別の世界に飛ばされたのだから、人間の想像は間違っていたということか。

 だんだんと自分の思考が、案内人の説明する『Dean Earth』の世界に順応していることに苦笑した。


——それでは早速始めますね? あ、私はもうほとんど出てくることはないので。あなたがどうしても、どーしても、どおおおしても気になることがあると言った場合には、呼びかけに応じることもあるかもしれません。でも、昼間は基本出られません。こう見えても私、忙しいので!


 いやに自分が今度出てこられないことをアピールし、案内人は僕の頭からドロップアウトしようとした。いや、ちょっと待ってくれ。まだ聞きたいことがたくさん——。


——真田春樹さん。さあ、もう一度青春時代を謳歌して。私たち案内人があなた方に求めることはただ一つ。失った命ともう一度真剣に向き合うことです。それでは、いってらっしゃい。


 どこかで聞いたことのある「いってらっしゃい」という言葉と共に、僕の意識はまた引きずり込まれるようにして急速に鈍っていく。ああ、僕はこれから一体どうなるんだ……? 声を上げる間もなく、草原での光景はそこでふっと途切れた。



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