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あの夏の海には帰れない  作者: 葉方萌生
第七話 誰かの希望の光になって

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戸惑い


 放心状態のまま自宅へと帰宅すると、NPCの母が「おかえりなさい」といつものように出迎えてくれた。ここが現実世界ならば、真昼間の時間に家に帰ってきた息子に対して、「どうしたの?」と驚いて聞いてくるに違いない。母の簡素な反応が、ディーナスの世界で生きる僕の胸に深く突き刺さった。

 けれど声の出ない僕は、母に何も返すこともできず自室へと向かう。

 案内人っ!

 僕は、心の中で目一杯、やつの名を叫んだ。

 ……。

 しかしどういうわけか、案内人の声は聞こえない。思えばこの真っ昼間の時間帯に案内人を呼びつけたことはなかった。時間帯によって出てくる・出てこないが関係しているのか分からないが、僕はどうすることもできず、ベッドに身体を沈めた。

 さっき、夏海の口から聞いたことが、どうか間違いであってほしい。

 そう願うと同時に、きっと真実なのだと確信する気持ちがどんどん強まっていく。

 僕が、今いちばん大切だと思うものは、間違いなく夏海だ。

 案内人に、もう一つ大切なものというのが、「人」か「モノ」か限定されているのかなんて、聞かなくたって分かる。きっと、『春樹がいちばん失って辛いものだ』と答えるだろう。それが人であろうと、モノであろうと、この前みたいに「声」であろうと関係ない。

 僕は、どうすればいい……?

 初めて出会った頃から、さらさらの黒い髪の毛を靡かせて、榛色の瞳をくるりと動かしながら、いつも笑顔で接してくれていた夏海。この世界に来て間もない僕に、一番に話しかけ、学校案内をしてくれたり、仲間に入れてくれたり。彼女が親切にしてくれたこと、初めて彼女の手に触れたときのことがフラッシュバックする。僕は、自分の人生にもまだこんな人の温もりが存在していたことを、思い知ったのだ。

 僕は夏海が好きだ。

 彼女の明るいまなざしに、「教師になりたい」というまっすぐな夢に、ずっと前から惹かれていた。彼女を失う未来は考えられない。彼女が僕にとって、今いちばん大切なものだというのなら、|彼女が一番じゃなくなれば《・・・・・・・・・・・・》、彼女を失わずに済むのか。たとえば、適当にブランド物の服なんか買って、大切にして、大切だと思い込むようにすれば。そいつを捨てれば彼女を失わず、僕は自分の声を取り戻すことができるのだろうか。

 そうだったらいいのに。

 そうだったら、簡単なのに——……。

 この問いに、答えは出ない。僕は、ベッドに身体を埋めながら、声にならない嗚咽を漏らす。鶏の首を絞めたみたいな醜い呻き声は、誰にも、案内人にすら届くことなく、静寂に包まれた部屋に溶けて消えた。


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